07/03/13 18:55:00
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だから、UFJの件についても三菱自工の件についても僕についても忘れてくれたまえ。
だがそのまえにぼくのために「ヴィクター」でギムレットを飲んでほしい。
それから、こんどコーヒーをわかしたら、ぼくに一杯ついで、バーボンを入れ、
タバコに火をつけて、カップのそばにおいてくれたまえ。
それから、すべてを忘れてもらうんだ。羽生健治のすべてを。
ではさようなら。
ドアにノックが聞こえる。ボーイがコーヒーを持って来たのだろう。もしそうでなかったら
ピストルが鳴ることと思う。ぼくは韓国が好きなのだが、韓国の留置所はきらいなんだ。
さよなら。
羽生健治
私は永いあいだ、手紙を見つめていた。手紙を書状箱にしまってから、
羽生さんが注文したコーヒーをわかすために台所へ行った。
注文どおりに二つのカップにコーヒーを注ぎ、羽生さんのコップにバーボンを加えて、
飛行機に乗せるためにつれだした朝に羽生さんが座っていた場所に置いた。
タバコに火をつけて、カップのわきの灰皿にのせた。
私はコーヒーから立ちのぼる湯気とタバコの煙の細い糸を見つめた。
窓の外では、小鳥がときどき羽根をはばたきながら、低い声でさえずっていた。
やがて、コーヒーの湯気が立ちのぼらなくなり、タバコの煙も消えて、
灰皿の端に吸殻だけが残った。私は吸殻を流しの下のごみ入れに捨てて、
コーヒーをあけると、カップを洗って、片づけた。
それだけだった。五千ドルのためにすることにしては、充分ではないような気がした。