【PSU】新ジャンル「パシリ」十六体目at OGAME3
【PSU】新ジャンル「パシリ」十六体目 - 暇つぶし2ch350:極めて平凡な一日2
08/05/13 03:55:48.29 LaqCg9lv
パルムに着いた私とご主人様はメルトンさんの前で仲良くこんなポーズをしていました。→ orz
交換に必要だと言われたアイテムの数々は「いらねっ」と捨ててきたり、
「いらねっ」とNPCに売り払ったり、ダン・ボウルに「ゴミ」と書いてテロしたりと
とりあえずとにかく持ってませんでした。
なんとか持っていたアイテムや近くにいた子供から拝み倒して頂いたコルトバ・ヌイミ、
都合よく鉄道強盗があったのでその解決をして集めたインバータサーキットで
フェイクドアとフェイクシェルフを手に入れました。
かわいいです。ほくほくです。
…べ、別に私がわがまま言って手に入れて貰ったんじゃないですからねっ!

部屋をオリエント・ブラックにして今日の戦利品を並べます。
私のナノトランサーに仕舞ってあったニューデイズ・イスとかも一緒にセットして…っと。
す、素敵すぎます!!
このオリエンタルな空気、この場に居るだけで私の気品が数倍上がりそうな空間になりました。
るんらら~♪(両手を広げてくるくると回る私)
そんな風に舞い上がってると扉の方からしゅこーっと音がします。
「すんませーん、グランドクロスの赤いの売って欲しいんですけどぉ~」
あ、お客様です。これは新しい部屋で私を素敵に見せるチャンスです!
私はツインセイバーをだらりと手に持ち、振り返りながらこう言います。
「イ尓好們好(にーめんはお)」
「す、すみませんでしたぁぁぁ!!!」
どうしてでしょうか?猛烈な勢いで逃げられました。
「そりゃツインセイバー持ってる時点で怖いのに無表情でニイハオじゃ逃げるだろうて…」
ご主人様がため息混じりにそう言いますが、私にはさっぱりわかりません。
人間って難しいですね…(遠い目)

351:極めて平凡な一日3
08/05/13 03:56:56.16 LaqCg9lv
逃げてしまった客に後悔しても遅いので、反省もそこそこにちょっと遅いですがお昼ご飯にする事にしました。
素敵だと思ったんだけどなぁ…。
さて今日のメニューはコルトバ・フォアでステーキです。
素敵な部屋で素敵な私とステーキを食べれば、ご主人様も素敵に私にメロメロになってくれるはず!
…と、思ったのですけどご主人様には何の変化もありません。
『バーニンレーンジャッ!かーがやくガオゾランに~』
いつも通りご主人様はテレビから流れるバーニングレンジャーに夢中でした。
ハッピージュースが足りなかったみたいです。メモメモ。
次回はもうちょっと増やす事にしましょう。
しかしバニレンに負けた私、ちょっとセンチになりそうです。
切なさ炸裂すっぞ!しぎゃあああ!!

お昼ごはんを食べてまったりタイムです。
私はいつもご主人様がいないこの時間はClosedの看板をぶら下げてサボ…
ってはいないのですがお客が来なくて暇だったのでお昼寝をするのが日課だったので眠くていけません。
かくーん。かくーん。
私の首が時を刻んだのを確認したご主人様が優しく
「そろそろお昼寝の時間だろう?」と言ってくれたのでお昼寝する事にします。
滅多に無いご主人様との時間を大切にしたいのですが、眠気には勝てません。
しかし何故ご主人様は昼寝の時間だと知っているのでしょうか?
いつも夜に戻って来て共有倉庫からアイテムを取り出してから、
私のナノトランサーに仕舞っていたので気付いているはずが無いのですが…?
そんな事を考えていると眠気が更に増してきした。
おやすみなさい、ご主人様…。
「相変わらずかわいい寝顔だなぁ…」
かわいい?そんな言葉が聞こえた気がしましたが、私の意識は夢の中へと落ちていくのでした。


352:極めて平凡な一日4
08/05/13 03:57:29.34 LaqCg9lv
「おーい、そろそろ夕方だぞーいい加減起きろー」
私がご主人様とうふふ☆きゃっきゃっ☆な夢を見ていたら邪魔が入りました。
しかもご主人様の声真似までしてやがります。こりゃ絶命して貰うしかありません。
私は右手に持ったブラックハーツを正面に突き出します。
「我が眠りを妨げる者!何人たりとも許しはせんぞー!!」
「はうあっ!危ないって!なんだよ!そのタイラー並の技の切れは!!」
その声を聞いて私の意識は覚醒します。
私とした事が寝ぼけてご主人様に刃を向けてしまったみたいです。
「ああああ!私とした事が何て事を!このままではご主人様に顔向けできません!こうなった上は潔く腹を…!」
「いい!いい!そんな事で腹を切るな!寝ていたのを起こそうとした俺が悪かった!こうなった上は潔く腹を…!」
「そんな!ご主人様が腹を切る必要はありません!全て私の不心得がしでかした始末!だから私が…!」
と、そんな押し問答を10分程繰り返していたら、
お互いに不毛だと気付いたので「おはようございます」をしました。
ご主人様がお腹を切らなくて良かったです。もし死なれてしまったかと考えると。
目から涙が零れそうになります。
涙どころでは無くて滝になりそうです。
「えっと、いきなり泣き出してどうしたんだ?」
気付けば本当に涙を流していたみたいです。
妄想も現実になると怖いですが涙で水溜りが出来るのもかなり怖いです。
「えっと、ああそうだ。色々ありすぎて忘れるところだったけど、これ行かないか?」
やっと普通に話が出来るようになった私にご主人様は一枚の紙切れを差し出してくれます。
何々?『ニューデイズ花火大会』のお知らせ。ってちょっと季節早すぎませんか?
確かに夕飯の買い物なんかに行った時にもう花火売ってるのかい!と突っ込みを入れた事もありましたけど、
まさか打ち上げ花火まで作ってるとは…。ニューデイズ、恐るべし。
「ん?どうした?嫌なら無理にとは言わないが…」
「行きます!是非とも行きます!」
ご主人様がせっかちに結論を急ごうとしたので私は大きな声で行くと宣言します。
「お、おう…」
こんなチャンス逃してなるもんですか!さっきのとっておきは失敗しました。
次は失敗しません!乙女の意地を見せてあげますわ!

353:極めて平凡な一日5
08/05/13 03:58:49.77 LaqCg9lv
夜のニューデイズ、川辺に佇む二人。
仲良く手に持つは線香花火。よく読まなかった私が馬鹿でした。
まさか『(線香)花火(どれだけ長持ちさせられるか)大会』だったとは思いませんでした。
これならご主人様と素敵な家で素敵なディナーで素敵な夜を過ごしたほうが良かったと言う物です!
だいたいご主人様も私を子供扱いしすぎです!
私がこんな物で…!こんな物で…!
あ、落ちました。悲しいです。でもこの儚さが何処か私達みたいで。
とても綺麗です。暗闇の中で煌くその姿が永遠に続く時間の中で一瞬煌く私達みたいで。
永遠に存在しないからこそ、この世界は輝いているんだと思います。
そういえばいつだかご主人様がこんな事を言っていたのを思い出します。
「人の一生なんて短いもんだよ。でもさその短い間で一瞬でも輝こうと頑張るんだよ。
その輝こうとしてる命をさ、俺は守りたいんだ。SEEDとかの訳のわからない物で壊されたく無いんだ。
そんな人たちの為に俺はガーディアンズになったんだよ」
ご主人様の顔を見ます。かっこいいです。他の誰にも負けません。他の誰でも勝てません。
私にはご主人様しかいないのです。私だけのご主人様です。
私だけの…うふふ、思わず顔がにやけてしまいます。
私の視線に気付いたご主人様が口を開きました。
「時々思うんだ。俺のやってる事なんて無駄なんじゃないかって。
俺如きじゃなんにも出来ないんじゃないかって」
「そんな事はありません!ご主人様は一生懸命です!だって…!だって!」
急に弱気になったご主人様に不安になった私は一生懸命言葉を紡ごうとします。
だけども私の中にある言葉はとても少なくて、言葉の変わりに涙が出ました。
私の瞳から零れる涙を拭ってくれながらご主人様は言葉を続けます。
「あ、いや泣かせるつもりはなかったんだ。ごめんな。
でもお前が居てくれてよかったよ。多分一人だったらとっくにダメになってたと思う。
帰る場所があるって幸せなんだなって最近思ったよ。
だからこそ俺は皆を守りたいって強く思うんだ」
―私が居てくれて良かった―
その言葉を聞いた瞬間私の目からは再び涙が零れます。
今度の涙は悲しいから流すのではありません。嬉しくて嬉しくて、凄く嬉しいから流れる涙なんです。
顔をくしゃくしゃにして泣いてしまった私にご主人様はおろおろします。
そんな優しいご主人様が大好きです。そんなご主人様に思われてる事が幸せです。
私の思いは届いていたのですね!私が欲しいだなんてそんな!
それなら私はいつでも準備OK!ベッドメイキングだってばっちり習得済なんですから!

354:極めて平凡な一日6
08/05/13 03:59:31.54 LaqCg9lv
…ってアレ?
違和感。身体がいつもと違います。
身体中の全機能が低下していく感覚、眠りと似ているけど何処か違う。
声も出す事が出来ません。…怖い!
ご主人様に会う事が出来なくなる!そんな恐怖が私を襲います。
嫌だ!そんなのは嫌だ!ああ…!
だけども私はその感覚に逆らう事は出来ず、眠りとは違う意識の暗闇の中へと落ちていきました。



気付けば私はご主人様に背負われて、家への帰り道の途中でいました。
「いきなり気を失うからびっくりしたよ。ルウに聞いてみたら、
それはただのオーバーヒートでしょうからなんら心配はありません、だってさ」
ご主人様の背中の上に居る事に気付いたそれ所ではありません。
トク、トク、トク、トク。
心臓の音がいつもより速く聞こえて、ご主人様に気付かれやしないかと少し不安になります。
だって気付かれたら恥ずかしいじゃないですか。
あ、そういえば私マシナリーでした。よく考えたら心臓ありません。
この鼓動はご主人様の物なんですね。
ふふ。ちょっと残念な気がしましたけど安心しました。
「私マシナリーで良かったです」
「なんだそりゃ、変わった奴だな」
ご主人様は笑います。
…トクン、トクン、トクン…。
だってそうでしょ?
こうしてご主人様に背負われていても、マシナリーである私ならこの小さな鼓動を聞かれなくて済むのですから…。

355:名無しオンライン
08/05/13 04:00:49.40 LaqCg9lv
勢いだけでこんな長文を書いてしまった。スレ汚し正直すまんかったorz

356:名無しオンライン
08/05/13 18:20:35.65 Md4+f45s
うむ、パシリはやっぱ黒可愛いくないとな
キャラが生き生きしてて読んでておもしろかった、GJ!

357:EPX 10章「a decisive battle(前編) 1/5」
08/05/13 22:15:19.48 m0koaUhk
身にまとう、漆黒のボディースーツが闇に溶け込む。
ガジェット量産基地の薄暗い通路が私の黒尽くめの身体を覆い包み、敵の目をくらます役目を担う。
駆ける。ただ駆ける。
狙うはガジェット生産工場、そしてその制御装置。

基地の場所は、イルミナスの拠点を潰していく過程で比較的早くに判明していた。
が、うかつに手を出すと誘爆システムにより大量のAフォトン爆弾が一度に爆発し、
メルボア・シティの悲劇を再発させてしまいかねない。
その解除を行う手立てが見つからずに今まで手をこまねいていたが、ある情報が私に決意させた。

今日、この日。あのハウザーが視察のため基地を訪れるという情報。

ハウザーは、単なるイルミナスの幹部ではなかった。
SEEDフォームを操るその一点だけでも、プラントで出会った時から異質なものを感じてはいたが。
実際にイルミナスに入り、彼の直属の部下として働いたわずかな期間で、それはよりはっきりと感じられた。
他のイルミナスの面々とは、明らかに一線を画した存在であることを。

イルミナスの首領であったルドルフ・ランツの死と、それに代わる新首領の誕生。
その本当の意味を知っている人間で、「自分の意思を持っている者」は恐らく私一人だろう。

ヒトとヒトとの争いの範疇を抜け出した、より根本的な脅威。
イルミナスの力を根こそぎ奪い取ったハウザーを評すに、この表現は決して大げさではない。
私を陥れた私怨を抜きにしても、グラールそのものの滅亡に関わる存在を見過ごす道理はなかった。

たった一つ。
メルボア・シティの悲劇を再現せずに、ガジェット基地の破壊とハウザーの抹殺を同時に果たす方法がある。
図らずもハウザーの力の一部を分け与えられることになった、私にのみ行使できる方法が。

「…最後の確認に、おあつらえ向きの相手ね」
こちらを捕捉したマシナリー、GSM-05シーカーが通路の奥から3体、機械音を響かせて迫ってくる。
私はこの期に及んでなお躊躇っていたが、やがて意を決して右手の手袋を外す。
あらわになる自らの掌から、意図的に目をそらす。

シーカーが狭い通路にも関わらず、側面に回り込もうと虚しく壁に機体をこすりつける仕草をよそに、
私は一気にその内の一体目掛けて突進する。
発射される頭部ミサイルを横目にやりすごし、あらわにした掌を機体の中央に接触させる。

358:EPX 10章「a decisive battle(前編) 2/5」
08/05/13 22:18:36.27 m0koaUhk
素手でマシナリーを破壊することなど、当然私にはできない。
その代わり、狙いを定めたその一体は、やがて私を付けねらう動きをやめていた。

「さあ、動きなさい…私の意思に従って」
言葉と共に、力強く念じる。
それに呼応するように、狙いを定めた一体は他の2体に向けて攻撃を始めた。

私の体内に蓄積されている、膨大な量のSEEDウィルス。
有機物、無機物を問わないイルミナスの新型SEEDウィルスは、私の皮膚を通していとも簡単に感染をとげる。

あのモトゥブで散布されたSEEDウィルスは、私の身体をも蝕んでいた。
防護スーツの隙間から入り込んだウィルスに感づいた私は、イルミナスを抜ける前にある場所に立ち寄った。
ハウザーの指揮の元、SEEDウィルスの研究を行っていた研究室。
そこに放置されていた、試作中の抗SEED剤…これが、単なるSEEDフォーム化抑制の薬でないことは、
ハウザーから直接聞いていた。

『私がプラントでSEEDフォームを操っていた、その理由の一端がここにある。
きっかけは、とある事故に私自身が巻き込まれた結果、私の中に特別な抗体ができたことから始まる』
『…抗体?』
『そうだ。本来SEEDフォーム化してもおかしくなかった私は、何故か逆にSEEDを操る術を身に着けていた。
いくつもの偶然が重なった奇跡と言えるが…それで終わらせるのは惜しいと思ってね。
研究班に、私の抗体を基にしたある薬を量産するよう、命じたのだ』

その薬こそが、私が研究室から持ち出し、私がヒトの姿と意思を保つため常に携帯している抑制剤だった。
この薬の服用により、私は体内のSEEDウィルスによる変異を抑えるだけでなく、
元々ウィルス自身が持っている、感染者への意識干渉に方向性を持たせることができるようになるという。
その代わり、試作中のためか強力な副作用があり、服用者は確実に寿命を縮めることになる。

SEEDへの干渉能力より、もっと安全性を重視した薬を作ってはどうかと提案したが、ハウザーは無視した。
今思えば、当然のことだった。
ハウザーにとってイルミナスは使い捨ての駒であり、安全性などは考慮する必要のない事項だったのだから。

私は今まで、ヒトとしての最低限の尊厳は忘れまいと、このSEEDへの干渉能力はないものとして封印してきた。
が、他ならぬハウザーを倒すために、私はその尊厳すら捨てる決意をしたのだ。

実験の結果は良好だった。
SEED感染させたシーカーは私の意思を受け、最後には自爆して他の2体を巻き添えにし、その機能を停止していた。

「…本番は、これからね」
たどりついた、ガジェット生産工場。そこにたたずむ制御装置を睨み、私は一人呟いた。

359:EPX 10章「a decisive battle(前編) 3/5」
08/05/13 22:24:11.13 m0koaUhk
「くっ…さすがにGRMの最新技術で作られているだけは」
制御装置へのSEEDウィルス感染を試みた私は、改めてGRMの技術の程を見せ付けられる結果となった。

ガジェットの誘爆システムを管理する、集中管理システム。
それを私のSEEDウィルスに感染させれば、私の意思一つでシステムの解除は可能となるだろう。
それだけではなく、ガジェットの爆発の規模すらも調整し、この基地のみを跡形なく破壊することもできる筈だった。
その爆発にハウザーを巻き込み、全てを終わらせる。それが私の狙いだった。

だが、GRMそのものがSEEDウィルスの研究を行っているだけあって、それに対する防備も優れていた。
通常、ウィルスは感染媒体の中でどんどん自発的に増えていくのだが、それが装置に影響を及ぼす前に、
内蔵されているセキュリティシステムがウィルスを駆逐してしまうのだ。

もっと、一度にたくさんのウィルスを送り込むことができれば話は別だが、
掌からの接触感染だけではどうしても、これ以上のウィルスを一気に送り込むことはできない。

どうすれば、GRMのセキュリティシステムを上回るウィルスを一度に送り込むことができるか。
少し考え、やがてまた一つの案が思い浮かぶ。今まで覚悟していたより、さらに絶望的な案が。

試作の抗SEED剤は、体内のSEEDウィルスが心身に影響を及ぼすのを防ぐことはできるが、
ウィルスの増殖そのものを抑えることはできない。
増殖の一途をたどるウィルスを抑えるため、身体にかかる負担も比例して高まる。
それが服用者の寿命を縮める要因となるのだが、私はこれを逆用することを思い浮かべていた。

例えば、爆薬などで私の身体を開き、体内のSEEDウィルスを一気にばらまけば。
接触感染に加え、空気感染により周辺もろとも感染させられる可能性は高い。
いわば、この部屋全体を小型のHIVEと化するのだ。私の意思を乗せた、特殊なHIVEに。

自分で考えておきながら、思わず身を震わせる。
要するに、自爆と同じことなのだ。自らの命を自分で絶つ、生命の本能に逆らう行為。
元々、この甚だ完成度の低い薬を服用している時点で、死は避けられないものと覚悟はしていた。
が、今ここで命を絶つことを考えた時点で、その覚悟がまだ非常に弱いものだと思い知らされた。

今、ここで死ぬ。
いつか、どこかで死ぬという漠然としたものでなく、目の前につきつけられた事実。
こんな擦り切れた命でも、それを失うとなると自分でも驚くほどにそれを拒む気持ちが頭をもたげる。
死にたくない。そう思うのは命あるものの本能であり、恥ずべきことではない。
しかし、命に代えてもという決意が、目前にある死のイメージを前にこれほど揺るぐものとは。

理屈も何も超えた、本質的な恐怖。
「怖い」ただその原始的な感情一つが今、私の心、信念、理想の全てを黒く塗り潰そうとしていた。

360:EPX 10章「a decisive battle(前編) 4/5」
08/05/13 22:26:36.19 m0koaUhk
別に、ハウザーなど自分がやらなくとも誰かが倒してくれるかも知れない。
自分の道を違えることになろうと、生きてさえいればやり直せる。
そんな自己保身の本能から来る言葉を否定しようと、私は必死に己を叱咤する。

ここで自分がやらなければ、ハウザーによってさらなる不幸が撒かれる。
モトゥブの民を苦しめたより、さらに大きな悲劇が引き起こされてもいいのか、と。

ダグオラシティで見た、大勢の苦しむ人々の姿を思い出す。
彼らは皆、今の私と同じように突然の死の恐怖にさらされたのだ。
何の覚悟も持たされないまま、何の選択の余地もなく。
それを引き起こしたのは自分だ。自分が彼らの顔を恐怖に歪めたのだ。
ここで自分が死の選択肢に屈して道を違えたとしたら、彼らは何と言うだろうか。

彼らを否応無く殺しておいて、自分が同じ立場に立ったら尻尾を巻いて逃げ出すのか。
それでは私が彼らにやったことを、自分で肯定することになる。
彼らにやったことを悔いてなどいないと、証明することになってしまう。

私が見たかったのは、彼らの苦しむ顔なのか?
違う!
私はいつだって、彼らの笑顔が見たかったのだ。守るべき人々の、心からの笑顔が。

ならば、比べてみるがいい。
ハウザーによって将来苦しめられるであろう、大勢の守るべき人々。
彼らの苦しむ顔と、喜ぶ顔。どちらが見たいのか。
自分一人の死の恐怖と引き換えに、彼らの恐怖の顔を笑顔に変えることが許されるのならば。

私の信じた道は、そのために今まで築かれ、踏みしめられてきたのではないか。
あらゆるものを奪われ、汚され、それでも唯一残された、心の財産なのではなかったか。

いつの間にか、膝を抱えてうずくまっていた。
顔を上げた時、私は改めて決意していた。

私は、ここでハウザーを倒す。
グラールの民に振りまかれる恐怖の種を、私の手で取り除いてみせる。
そうして私は、唯一の財産を心に抱いたまま彼らに会いに行こう。
私の手で殺めた、私の守りたかった、モトゥブの罪なき大勢の人々に。

361:EPX 10章「a decisive battle(前編) 5/5」
08/05/13 22:32:46.48 m0koaUhk
死の直前に込めた意志でウィルスに干渉できる時間は、そう長くないだろう。
まして相手がハウザーなら、時間をかければ逆にSEEDの制御を奪われかねない。

視察に来るなら、ハウザーは必ずこの生産工場を訪れる。
それまでじっと身を潜め、彼がこの部屋に来る気配を感じ次第、直ちに作戦を決行する。
誘爆システムの解除、そして必要な分のガジェット起爆。
一瞬のうちに行えば、さすがに制御を奪われる暇はない筈だ。

残りわずかとなっていた抑制剤を服用し、じっと息を整える。
心の中で、繰り返し体内のSEEDウィルスにやるべきことを呼びかける。
自爆によって振りまかれるウィルスに、自分の意志を十分に乗せるために。

ハウザーはかつて、SEEDも使い方によっては人類のためになり得ると言った。
もちろん彼は口から出任せのつもりだったのだろうが。

「…皮肉なものね。私は貴方を殺すことによって、貴方の言葉を証明するのよ」

恐らくは最初で最後の、SEEDウィルスを真にヒトのために使う機会。
それを、既にイルミナスを抜けている私が、「SEEDの有効活用」を口にするハウザーに対して使う。
何とも皮肉な話だった。

一方で別の妄想も、脳裏に浮かんでいた。
間一髪のところで、私に差し伸べられる救いの手。
常に私を慕い、後ろをついて来ていた、私の無二の相棒。その成長した姿。

こんなことを考えること自体、まだ未練がある証拠だと、再び自分を叱りつける。

迫り来る、死の足音。心が挫けないよう、固く目を閉じる。
やがて、入り口の扉が開いた音を耳にした時には、思わず心臓が跳ね上がる心地がした。
覚悟の時は、今。
イルミナスより渡されていた、自決用の小型爆弾を飲み込もうとしたが、その手がぴたりと止まる。

私はまだ、妄想を見続けているのか?
ありえないはずのその光景は、自分が夢を見ているかと錯覚するに十分なものだった。

懐かしい、しかし一回り大きくなったシルエット。
臆することなく真っ直ぐに自分を見つめてくる、よく見知った眼鏡の奥の瞳。
一目で成長の程がうかがえるその姿に、私は目元が潤むのを必死に抑えなければならなかった。

私の相棒、GH-412。彼女は、間に合ったのだ。

362:EPX作者
08/05/13 22:36:13.39 m0koaUhk
ついに再会を果たした、半端者の主従。
GH-412は、果たして彼女の主人を止めることができるのか。
中編へと続きます。

363:名無しオンライン
08/05/13 23:11:36.61 hYMN+z+7
うわ、もう少しで終わるのかと思いきや「前編」ときたか…
しかも「中」編へ続く…

面白いんだけど、自分の設定とキャラクターにそこまで思い入れがあるなら
他の投稿方法をとった方がより高い評価と敷居をゴニョゴニョ
スレッドはみんなで使ってね

364:名無しオンライン
08/05/13 23:57:39.87 m8RLGvZz
途中で投稿方法を変えると携帯の人とか困るから、ここまで来たらこのままで良いんじゃないかね。
最後にzipで一括うpとかもしておくと良いかとも思うけどね。

365:名無しオンライン
08/05/14 01:34:57.09 U3UkKYAg
>>364に同意~
ここまで来て他に変えてとかってのは、
正直困るからこのまま最期までやって欲しいな~

366:名無しオンライン
08/05/14 10:12:48.00 pkhgTSBy
ただでさえ超過疎だから
スレ投下のが良いかな、とは1意見

367:EPX作者
08/05/14 20:15:37.42 BM/baiaC
>363
もっともなご指摘に、何だか色々な意味で恥ずかしさをおぼえ、
残りはうpろだにまとめてあげて終わらせようかとも思いました。

ですが、後2回分でもあることですし、>364~>366さんの意見もありますので、
このままあげてしまおうと思います。

今後、二度とこのような無謀な長編は投下しませんので、
今作だけは皆様方、堪忍袋の緒をきらさずこらえていただけるようお願いいたします。

368:EPX 10章「a decisive battle(中編) 1/7」
08/05/14 20:17:23.90 BM/baiaC
かつてのマスターとはかけ離れた姿。
それでも、紛れもない私の主人。丸玉の状態から私を育ててくれた、あのマスターだった。
再びマスターにまみえることができたというだけで涙が溢れそうになるが、ぐっとこらえる。
私がマスターを取り戻すには、まだやらねばならないことがあったからだ。

「…会いたかったです。マスター」
どう声をかけようかしばし迷ったが、結局は正直な気持ちが口をついて出た。

「ここへ、何をしにきたの」
マスターのいらえは感情が感じられず、普通ならばすげない反応と思われるものだった。
顔すらも布を巻いて覆い隠し、表情が読み取れなかったが、私は何も気にならなかった。
マスターがマスターとして今、ここにある。それ以上、何も望むことはない。

「もちろん、連れ戻しにです。ガーディアンズに」
「私は戻れない。それだけの罪を犯してきたのだから」
「いいえ、戻れます。どんな罪を犯そうと、それを償う気持ちがある限り」
「罪を償う。そんな都合のいいお題目に酔いしれる内、結局己の幸せに帰結するのは、私が許せない」
「ありません。マスターなら、そのようなことは」
「ヒトは、弱いものよ…ついさっきだって、私はもう少しで挫けるところだった」

マスターが何に挫けるところだったのか、それは気になったが。
私の返す言葉は、決まっていた。

「ヒトは、一人では弱くて当たり前なのです、マスター。私も一人では弱いままだった。
ガーディアンズで見つけた、多くの仲間…それに支えられて今、私はここにいるのです」
「…あなたは、見つけたのね。心許せる仲間を」
「はい。マスターにも、私がいます。マスターが挫けそうな時は、私が支えます」
「言うようになったわね。『私がついています』とは昔から言っていたけど。
『支える』なんて言ったのは、これが初めてよ」

しばし、沈黙が部屋を支配する。
Aフォトン爆弾『ガジェット』の駆動音が静かに響き渡る。

「…これから私が、ここで何をしようとしていたか…聞きたいかしら」
やがて口を開いたマスターに、私は黙ってうなずいて返す。

369:EPX 10章「a decisive battle(中編) 2/7」
08/05/14 20:18:53.89 BM/baiaC
マスターの話によって、私はマスターの身に起こったこと、何をやろうとしていたかを知らされた。
私の予想を大きく上回る、苦難と試練の連続。
それに今まで独りで耐えてきたことを考えただけで、マスターの胸に飛び込んでしまいたくなる。
が、今ここでそんな甘えを見せては、マスターは決して救われることはないだろう。
感情のまま泣き声を張り上げた所で、マスターの心が癒されることはない。

「……マスターは、間違っています」
マスターが、心の奥底で望んでいる筈の言葉。意を決して、口にした。

「マスターは、独りで事を成そうとしています。だから、命と引き換えにしかハウザーを倒せない。
ガーディアンズの力を合わせれば、ハウザーにも勝てます。相討ちを狙う必要もありません」
「私に、自らの責任を他人に押し付けるようなことをしろと?」

「ガーディアンズを、他人と思わなければいいだけのことです。
それに、力を合わせた結果導き出されるものも、れっきとした自分自身の力です。
私は、それを学んできました。一つの小さな命を…心を失うのと引き換えに、学びました。
マスター、これだけは言わせて下さい。
理想とは、人と分かち合って薄れるものではありません。むしろ、より強固なものへと変わりうるのです」

じっと私を見つめるマスター。
表情は伺えないが、私にはマスターが、目を細めて喜んでくれているように感じられている。
また、沈黙が続く。
私はただ耐え、マスターの出方を待つ。

「…あなたの言いたいことは、分かったわ」
再び沈黙を破ったマスターの言葉に、何かをふっきったような力強さが感じられた。
「ならば、証明してちょうだい。あなたがそうやって築いてきたものの力を。
私を止め、私に代わってハウザーを倒しうる強さを、あなたが手に入れたという証を」

私は、返答の代わりに、今まで絶えずかけていた眼鏡を、自らの手で外した。
「マスター…この眼鏡は、私がマスターに憧れてつけたものです。
常に、マスターの後をついていこうとした心の表れ…私は今、敢えてこれを外します。
マスターを救うために、マスターを越える…その決意の証として」

「そして、今こそ私は、誓いを果たします」
ナノトランサーから取り出した、二振りの小剣。
封印を解かれた真紅の刃は、私の小剣を振るう動きに合わせて幻想的な赤い羽を舞い散らす。

「『Dear My Partner』この文字と小剣に込められた、マスターの思いに応えるため。
マスターの心の半分たる私の力をもって、マスター…貴女を、止めて見せます」

370:EPX 10章「a decisive battle(中編) 3/7」
08/05/14 20:20:21.43 BM/baiaC
ガジェット生産工場からはなれた、基地内の一角。
その小部屋で、私とマスターは相対していた。
ガジェットの傍では万一を思って全力で戦えないだろうとマスターが言い出してのことだった。

互いに双小剣を構え、じりじりと距離を測ったまま時計回りに歩を進める。
半円を描いたところで足を止め、次の瞬間。
私とマスターの双小剣が、円の中央でぶつかりあっていた。

フォトンの干渉波がきらめく中、私は赤い羽を舞い散らせて次々と刃を繰り出す。
それをことごとく阻むマスターの双小剣は、しかしそれもこちらの身体に届くことはなかった。
手数が勝負の、双小剣のぶつかり合い。
赤と紫の二色のフォトンは、一歩も譲り合うことなく幾筋もの軌跡を絡み合わせていた。

やがて、マスターの攻撃にわずかな歪みが生じる。
キャスト特有の精密な動作を身上とする私の攻撃が、
そのわずかな隙に付け入ろうとマスターの左脇腹に延びていく。
が、それが届く前に、マスターは私の腹部を蹴り飛ばし、距離を取っていた。

ラインによるフォトンの干渉波が、蹴りのダメージをほぼ無効化する。
互いに離れて仕切り直しかと一瞬気を抜きかけたが、本能によって咄嗟に武器パレットの変更を行う。
出現したマドゥーグに、すぐさまテクニックの行使をさせる。
繰り出した火球は、間一髪のところで相手の火球を相殺していた。

右手に小剣、左手にマドゥーグをセットしたまま、二人で平行に部屋の中を駆け巡る。
飛び交う火球が或いは脇をかすめ、或いは互いにぶつかり合って爆音と共に視界を塞ぐ。
何度目かの火球の激突にタイミングを合わせ、私は小剣を手にマスター目掛けて懐に飛び込む。

「舞転瞬連斬!」
「飛懐蹴破斬!」

炎の幕を割って入ってきたマスターが、横回転の末体重をかけた小剣を振り下ろすのが垣間見えた。
フォトンアーツによって一時的に強化された脚部がマスターの刃とぶつかり合い、押しのけあう。

息をつく間もなく、マスターは大振りの槍を取り出し、頭上でひと回しした後真っ直ぐに突いてくる。
対して私は武器を双剣に切り替え、2本の刃で槍による鋭い一撃を脇へとそらす。
そのまま再び、フォトンの光の交錯が二人の間に繰り広げられる。

2本の刃で攻撃と防御を使い分ける私に対し、マスターは或いは刃で、或いは柄の部分で防ぎ、なぎ払い、
突き崩そうとしてくる。
やがて頭上に振り下ろされる槍を、交差させた双剣で受け止める形で二人は足を止めた。

371:EPX 10章「a decisive battle(中編) 4/7」
08/05/14 20:21:42.66 BM/baiaC
「ここまで成長していたなんてね。驚いたわ…本当に」
マスターが槍を引き、後方に飛びすさる。
もしかすると、これで終わるのかと一瞬思ったが、さすがにその考えは甘かった。

「だけど、成長しているのはあなただけじゃない」
そう言ってマスターが取り出したのは、三叉に分かれたフォトンの刃を取り付けた、手甲のような武器。
双鋼爪と呼ばれるそれをマスターが装着しているのを見て、私はある違和感を思い出していた。

440の映像記録でも、最後にマスターは双鋼爪を取り出していたが、私の知る限り。
マスターは鋼爪や鋼拳といった、素手に近い武器で敵を引き裂いたり殴りつけたりする武器は好まなかった。
そうであったが故に、私自身もその手の武器には詳しくなく、当然扱いにも長じていない。
あの時は、映像の中のマスターに対する懐かしい思いが大半を占めていたが、今思えば確かに疑問だった。

「生き残るため、こういう武器も使わざるを得なかった。あなたにこれが受け切れるかしら」
言い終わるや否や、懐に飛び込んでくるマスターの動きは、私の所有するデータにないものだった。
双方向からの爪の攻撃に加え、蹴りも含めた変幻自在の連続攻撃に翻弄され、
さらに下方向から振り上げられる爪の一撃に空中へと打ち上げられる。
体勢を整える間もなく、後を追って跳躍してきたマスターの一撃で強く地面に叩きつけられてしまう。

立ち上がろうとする私に、マスターの更なる追撃が容赦なくふりかかる。
突き出した両の手から放たれる、球状に圧縮されたフォトン弾。
身体のひしゃげるような感覚と共に、私は後方の柱に打ち付けられるように吹き飛ばされていた。

「【連斬星弾牙】…単体の敵用に特化した双鋼爪の奥義。生き残れたなら、覚えておきなさい」

柱を背に身を起こした私の身体に、鋭い痛みが走る。
今の技で大きなダメージを受けたのは確かだが、それとは別に、異質の痛みがあった。
身体の内部で、自分に対して反乱を起こされているような、不快な痛み。
原因は明らかだった。
ヤマタミサキ。敵の自滅をうながす感染効果を付与する武器の一撃を、私は受けてしまったのだ。

このままじわじわと命を削られる状態で、まともには戦えない。
私はすぐさま武器パレットを切り替え、状態異常治癒テクニック「レジェネ」を使おうとする。

「そんな暇を、私が与えると思う?」
冷たく言い放つマスターが、いつの間にか持ち替えていた杖を振り下ろした。
途端に、私の周囲一帯に降り注がれる、白色に近い輝きを放つ雷の槌。
地面への着弾と同時に稲妻を周囲に撒き散らす雷系の範囲テクニック「ラ・ゾンデ」は、
私の多少の回避も物ともせずに、周囲ごと私を巻き込んでしまう。

372:EPX 10章「a decisive battle(中編) 5/7」
08/05/14 20:22:40.21 BM/baiaC
幾度となく降り注がれる、雷の槌。
転がり回って直撃だけは避けるものの、感染による侵食作用と併せ、確実にダメージは蓄積していた。

何としても、マスターの攻撃をしのいで回復処理をしなければならない。
そんな私の目に映ったのは、先ほどしたたかに背を打ちつけた、部屋を支える柱の一つだった。
咄嗟に私はその柱の影に飛び込む。
範囲系テクニックといえど、視界をふさぐ柱の向こうの敵を巻き込むことはできない。
事実、やむことなく注がれていた雷の槌は、私が柱の影に隠れた途端ぴたりと止んでいた。

ほぅ、と一息を入れ、おもむろに回復杖を取り出す。
そんな私の背後から、柱越しにマスターの悲しそうな声が届いた。

「それで、防いだつもり?」

眼前に突きつけられたそれを見て、私はようやく思い出した。
440の映像記録で、キャストfGと戦った際に見せた、マスターのある戦法を。
柱の影に隠れて射撃を防いだ上で、マスターは何をしていたか。

ふわふわと漂う、黄色く発光する稲光をまとった光の球。
すでに柱を回りこみ、私の周囲で今か今かとその瞬間を待っていた。
私が柱の影から飛び出す前に、それは眩い光を放って爆発していた。

障害物をも回り込む、高性能の誘導弾とも言える雷系のテクニック「ノス・ゾンデ」
一度映像記録で見ておきながら、私はむざむざ同じ手をくらってしまったのだ。

回復もできないまま、身体の損傷も限界にきていたところにこの一撃は致命的だった。
急激に視界が暗くなり、身体の力が抜けていく。
震える足を何とか踏ん張り、柱によりかかって倒れることを拒否するが、
無慈悲にも2回目の雷球が視界をよぎった時、私は悟った。

この一撃に、耐えることはできないと。

ノス・ゾンデの破裂する音が、不自然な程遠くで聞こえたような気がした。
足の感覚がなくなり、ずるずると背中を擦る柱の感触も消えていく。
一瞬尻餅をつく感覚が脳を刺激するが、それもすぐに掻き消えていった。

真っ暗な空間に一人取り残されているような感覚だけが、ぼんやりと残されていた。
それもすぐに曖昧になり、やがて意識も大いなる闇の中に飲まれていった…。

373:EPX 10章「a decisive battle(中編) 6/7」
08/05/14 20:23:40.46 BM/baiaC
412は、本当に成長していた。
様子から見て、キャストへの強化措置を受けたのは明らかだが、そこから手に入れた強さは、
まぎれもなく412自身のものだった。

私と同じ、WTの機能を付与することを選んでくれたことも嬉しかった。
私の後をついてくるだけでなく、私を越えると言い切った時には、思わず抱きしめてやりたくなった。
戦い方も単なる私の猿真似でなく、WTとして真摯に鍛え上げ、自分なりに物にしたことは明らかだった。
私の一方的な【約束】を【誓い】にまで昇華させ、ここまで追いかけてきてくれた。

それだけで、十分だった。
誰に対しても恥じることない、自慢の相棒と胸を張って言えた。

「本当に…よく、ここまで…」
最早動くことのかなわない、412の冷たい頬をそっと撫でる。
あと、一歩。
私を止める、あと一歩が足りなかったことを責める気持ちなど毛頭なかった。

待っていて、412。あなた一人を、逝かせはしない。
ハウザーの野望を道連れに、私は私の道の最後の一歩を踏み出すから。
向こうに行ってから、好きなだけあなたの文句を聞いてあげる。
さびしかったでしょう、辛かったでしょう、痛かったでしょう。
思う存分、私にぶち撒けて構わないから。

先ほどまで、死の恐怖に必死に耐えながらどうにか覚悟を固めていたのとは、まるで違っていた。
向こうで412が待っている。そう考えると、死ぬのもそう悪くはないとすら思えてしまう。
そういう意味では、412の言っていた「一人では弱い」という言葉も、真理をついていたのかも知れない。

柱にもたれかかった格好の412を、静かに寝かせてやる。
眠ったような顔の412の顔を思い残すことなく見つめたあと、すっくと立ち上がる。

後は、やるべきことをやるだけだ。
そう心の中で呟き、412に背を向けようとした時のことだった。

412の首にかかっていた、見覚えのないお守りのようなもの。それが、異常な光を放ちだした。
何事かと見入る私をよそに、そのお守りはますます光を強め、ついには音を立てて砕け散った。
その次の瞬間、私は目を疑った。

完全に機能を停止していたはずの412が、ゆっくりとその身を起こし始めていたのだ。

374:EPX 10章「a decisive battle(中編) 7/7」
08/05/14 20:25:06.87 BM/baiaC
目を覚ますと同時に、私は自分の身に起こっていたことを思い出していた。
私は、マスターとの戦いに敗れ、その機能を停止した筈だった。
それが、今こうして、身体に何の損傷もない状態で身を起こすことができている。

「な、何故…完全に、機能を停止していたはずなのに」
マスターの狼狽する声を耳にしながら、私はある物に目をとめた。

fGが言っていた、母からもらったお守り。それが、見る影もなく砕け散っていた。
散乱している中身の破片を一つ手に取り、私は思わず息を呑む。

「これは…スケープドール…」
ナノトランス技術を利用した、最新の携帯医療装置。
所持者の命を奪うほどの傷や損傷を、自動的に完全回復させて砕け散るというこの道具は、
ガーディアンズでも然るべき階級の者が、大規模な作戦の際にのみ携帯を許される程の貴重品だった。

この小さな人形のような道具が、私の命の身代わりになったことは明らかだった。

ありがとう。貴方のおかげで、私はもう一度チャンスを与えられた。
母からのお守りを惜しげもなく託してくれたfGに、私は深く感謝した。
同時に、私の背中を押すいくつもの大きな思いが私を突き動かす。

「これが、私の得た強さです」
なおも狼狽の意を隠せないマスターに、私は立ち上がって言った。
「私一人なら、あの時点であなたに敗れていたでしょう。でも、私には彼らがいる。
私を隊長と慕い、彼らよりあなたを取ることを選んでなお、その帰りを待っていてくれる彼らが」

「あなたが…隊長ですって」
「ええ。でも、最初は周りを全く見ず、独りで空回りしているだけだった。
独りで戦うことだけが、自分の強さと疑わず。
そうしなければ、マスターに追いつくことはできないと思っていたのです。でも」

「本当は、逆だった。
マスターに足りない唯一のものを手に入れることで初めて、私はあなたの前に立つことが許される。
そうしてマスターにないものを補うこと…それこそが、唯一無二の相棒として必要なことだったのです」

「戦いはこれからです。私は、彼らが私に託してくれた力を駆使して、今度こそ。
あなたを、越えてみせます」

375:EPX作者
08/05/14 20:33:16.17 BM/baiaC
一度はマスターに敗れた、GH-412。
しかし、仲間の思いに背中を押され、再び立ち上がります。
今度こそマスターを止めることはかなうのか。そして、二人を待つ運命は。

次回、最終回。ご期待ください。

376:名無しオンライン
08/05/14 22:06:59.26 3kp6u3YF
あえて言おう!
wktkがとまらねえ!

377:名無しオンライン
08/05/15 15:59:52.85 K/GuCdjN
面白いからいいんだけどね、自分でも言ってるけど長すぎです
長くなっていいなら、いろんな場面が盛り込めるわ好きな所で切れるわで
面白くできるのは当たり前かも

378:名無しオンライン
08/05/15 16:45:10.97 PakZGzpw
面白いんだからいーんじゃない?
書きたい物が膨らんじゃったならしょうがないと思うけどなぁ

379:名無しオンライン
08/05/15 18:36:49.83 0aVyST0q
ちょいツン気味な>377の長編に期待汁!
って、ばっちゃが言ってた

それはそうと俺もwktkが止まらねぇ!
377も頑張れ!主に俺の為に!

380:名無しオンライン
08/05/15 18:44:26.28 P/i22ZtP
当たり前とは言うけど、人に理解して貰えるように適切で正確な言葉を選んで書こうと思えば、それなりの知識も時間もかかるだろうに
面白くできるのは当たり前、と簡単に言うには、どうかと思う出来だとは思うけどなぁ

俺も短いやつなら何度か書いて投下したことあるけど、長いやつは1話分書くのに5時間かかった上に、意味不明な文脈になったからやめたw
まぁ、俺がバカでアホなだけなんだろうけど('ω')

381:名無しオンライン
08/05/15 19:57:11.76 0aVyST0q
>380
いやここは一つ>377にお手本を示して貰おうじゃないか
当然、自分では書けないのに
「長ければ面白く書けるのは当たり前!」
なんて言わないだろうしさ!
面白くて長いSSって言うかLS!期待してるぜ!377!

382:名無しオンライン
08/05/15 19:58:21.56 S3G1sUzj
>>377
ダレさせないってだいぶ技術が居る事だと思うけどなぁ。
まぁ、期待して待ってるぜ!

383:名無しオンライン
08/05/15 20:17:20.78 19UBCO9p
そんな気張らずに書きたいものを書けばいいと思うよ。
話がごちゃごちゃになりそうだったら、
ノートなんかにキャラクターのイメージとか話のイメージとか殴り書きしてイメージを固めていけばいいと思う。

…と言っても自分もそんなに数かいてないから偉そうな事いえないけどなぁ。

384:EPX 10章「a decisive battle(後編) 1/4」
08/05/15 22:01:35.77 icIXj89u
立ち上がった412は、何故か上級回復テクニック「ギ・レスタ」を使ってきた。
戦闘不能者を蘇生させるほどの強力な回復テクニックだが、今ここで使う必要があるのだろうか。

412の思惑はともかく、再び双鋼爪を装着する。
紫の飛沫を撒き散らしながら、412目掛けて間合いを詰める。
【連斬星弾牙】少なくともこの技を破らない限り、412に勝ち目はない。

412は、一歩退いたかと思うと、いつの間にか持ち変えていた双剣を低く構えていた。
私の見たことのない構えだった。
脇に抱え込むようにしていた双剣の一方を、私の最初の一撃に合わせて勢いよく体ごと突き出してきた。

槍のように突き出された双剣を、竜巻のようなフォトンの渦が覆い包む。
私の爪による飛沫をまとった斬撃の全ては、双剣を覆う膜に弾き返されてしまう。
さらに一瞬の溜めを置いた後の一撃が、私を後方へと押し飛ばしていた。

吹き飛ばされながらも体勢を整え、着地と同時に両の手を脇に添え、フォトンを圧縮させていく。
【連斬星弾牙】締めの一撃であるフォトン弾を放とうとした時、私は見た。

412が双剣を振り下ろした軌跡に沿って迫り来る、巨大な斜め十字のフォトンの刃を。

巨大な十字の刃は突き出したフォトン弾を飲み込むようにかき消し、さらに双鋼爪本体をも打ち砕いた。
私の見たことのない、双剣の奥義。
412がこんな技を身に着けていたことに、驚きを隠せなかった。

「ガーディアンの技は、日々進歩しています。マスターがいなくなった、その後も」
砕かれた双鋼爪の破片を呆然と見つめる私に、412が双剣を振り下ろしながら語りかけた。
「今の技は、『クロスハリケーン』…部下のfFが私に託してくれた、双剣の新奥義です」

「あなたに…託した?」
正直、412の言ったことはまだ理解しきれていなかった。

「ガーディアンズの規約を破ってまで、彼らは私にPAディスクを渡してくれたのです。
改めて言います。今の私は、独りで戦っているのではありません」

「…借り物の力で、私を倒せると思わないことね」
仲間の力を借りて戦う。言葉とは裏腹に、私はそう言い切った412に何ともいえない頼もしさを感じていた。
が、手を抜くわけにはいかない。
私は手近な柱の影に隠れ、ノス・ゾンデによる遠隔攻撃を図った。
一度は412の命を奪いかけた、このテクニック。これすらも、412が破れると言うのなら。

385:EPX 10章「a decisive battle(後編) 2/4」
08/05/15 22:02:17.55 icIXj89u
「fT。貴方のPAディスク、使わせてもらうわ」
駆けながらナノトランサーからディスクを取り出し、セットする。
そのまま片手杖を取り出し、柱の前で足をとめる。
柱の左側から回りこんできた雷球に素早く反応し、反対の右方向から柱の向こうへと飛び込んだ。

柱を背に杖を構えたままのマスターと目を合わせる。
雷球はすぐに柱を回りこんでこちらを追尾してくるが、その前に私は杖を突き出していた。

構えた杖を中心に、眩いばかりの白色光が放たれる。
白色光は私の身体をすっぽり包み、周囲へと広がっていく。
柱の向こうから回り込んできた雷球は、私の放つ光の奔流に包まれて空しく消滅した。
光の衝撃波はそのままマスターをも巻き込み、柱に磔の状態へと追いやる。

光属性、唯一の攻撃テクニック「レグランツ」
自らも光の衝撃波にさらされ、傷を負う事を厭わない精神力を持つものだけが行使できる、特殊テクニック。
その絶え間ない光の奔流は、完全にマスターを柱へと固定し、ダメージを与え続けていた。

やがて、柱の方が衝撃波に耐え切れずに瓦解した。
瓦礫の中からマスターが身を起こす間に、私は再び双小剣を取り出す。

「勝負です、マスター」
真紅の双小剣が舞い散らす赤い羽の渦を突っ切り、マスターの懐に飛び込む。
対抗して双小剣を取り出し、正面から切りつけるマスターが私を捉えることはなかった。

自分でも制御困難な、空中での複雑な軌道修正に内心悲鳴を上げながら、それでも果敢に斬りかかる。
すっかり翻弄されている様子のマスターの背後に、さらなる一撃を繰り出す。
背後からの一撃すら防ぐマスターを視界に納めたまま、上空後方へと退避した。

「それも、新奥義ね…どうやら、予測困難な軌道による一撃離脱の奇襲攻撃。でも」
マスターが片手杖を取り出すのを、空中から視認する。
「逃げたつもりでしょうけど、忘れないで。私はWT、遠距離攻撃もお手の物よ」

私の着地に合わせて、恐らくは強力な単体テクニックを叩き込むつもりだろう。
逃げ場はない。このまま私が何もせずに着地するのなら。

φGから授けられた、双小剣の奥義【連牙宙刃翔】
その真価は、この一見攻撃後の予備動作と見える、後方への退避から発揮される。
極めて強力、かつトリッキーなこの技に、さすがのマスターも裏をかかれた様子だった。
左右に携えた、浮遊しながら膨大な量のフォトンリアクターを纏わせる双小剣。
それを、一気に解き放った。

386:EPX 10章「a decisive battle(後編) 3/4」
08/05/15 22:03:02.37 icIXj89u
真紅の刃が圧倒的な量のフォトン光に包まれながら、真っ直ぐに私目掛けて襲い掛かる。
防御のためにかざした私の双小剣をいとも容易く斬り裂き、私の身体を激しく撃ち貫く。
ラインによる干渉波が大きく私を後方に弾き飛ばし、ぶつかった壁をも打ち砕く。

すさまじいばかりの、双小剣の新奥義。
412の一撃は、私を壁にめりこませ、身体の力を根こそぎ奪うに至っていた。
ラインによる干渉波が身体を両断されることから防いだ一方で、その衝撃は全身を駆け巡り、
指一本動かすこともかなわないくらいに私の身体を痛めつけていた。

薄れ行く意識を、死力を尽くしてつなぎとめる。
まだ、まだ自分は戦い抜いていない。
ここで倒れて納得のできるほどに、自分は力を出し切っていない。

瓦礫が巻き上げる煙の向こうで、自分を呼ぶ声が雄叫びとなって響く。
最後の決着を、つけようと言うのだ。
ならば、応えなければならない。

震える手に渇を入れ、ナノトランサーから槍を取り出す。
残された力を振り絞り、最後の一撃を放とうと、壁にめり込んだ姿勢のまま呼吸を整える。
煙の向こうできらめく、真紅のフォトン。
二筋の赤い閃光と化して迫り来る、その影の中心目掛けて、渾身の力を込めて槍を突き出した。

確かな手応え。致命傷ではなくとも、これで412は動きを止めざるを得ない。
後は、それを引き抜いてから止めの一撃を見舞うのと、412の反撃のどちらが早いか、その勝負の筈だった。

ところが、煙をかき分けて迫る412に、勢いの衰えは全くなかった。
代わりに、我が目を疑う光景がそこにあった。
脇腹を貫いたその傷口を、白い光が覆ったかと思うと、一瞬の間に癒してしまっていたのだ。
その光に、見覚えはあった。
それは、先ほど412が行使した回復テクニック「ギ・レスタ」と全く同じ光だった。

ギ・レスタに、多少の自動回復能力があることは知っていた。
だが、所詮それは雀の涙程度で、これほどの傷を一瞬で癒す力は無い筈だった。

まさか、これも私のいない間に開発された、私の知らない能力だと言うのか。
そんなことを考えている間に、412の小剣の一方が下方から突き上げられていた。
宙高く舞い上がる、私の槍。
そして、もう一方の小剣が、真っ直ぐ私の喉元へと伸びてくる。

412の刃は、私の喉元につきつけられる形で止められていた。

387:EPX 10章「a decisive battle(後編) 4/4」
08/05/15 22:03:46.60 icIXj89u
マスターの、最後の一撃。まさかの反撃に、私は完全に不覚を取っていた。
守ってくれたのは、GTの授けてくれた回復テクニック「ギ・レスタ」。
彼と、そして他の皆の助けがあって今。私は、こうしてマスターとの決着をつけることができたのだ。

私は真っ直ぐにマスターの瞳を見据え、成り行きを見守る。
マスターがこれで納得しないというなら、納得するまで戦うまでだ。
例えマスターが私の命を奪おうと、私がマスターの命を奪うことは有り得ない。
マスターを殺してしまっては、私がここに来た意味がないからだ。

しばしの沈黙の後。
マスターが、ゆっくりと手を伸ばし、喉元に突きつけている小剣に触れた。
されるがままに任せる。例え、このまま小剣を奪って私を刺そうとも、それがマスターの意志ならば。

「…『Dear…My…Partner…』」
マスターは、静かに私の指を開き、柄に刻まれた文字をなぞりながら、囁いた。

「ありがとう。約束を…いえ、誓いを、果たしてくれて。そして…言っていいかしら」
固唾をのんで、マスターの唇の動きに全神経を注ぐ。
心臓が高鳴り、手足が震え、息苦しささえどうでもよくなり、ひたすらにマスターの言葉を待つ。

そして放たれた、マスターの一言。

「…ただいま、412」

その瞬間、私は何もかもかなぐり捨ててマスターにしがみついた。
待ち望んだ言葉に対して用意していた一言もいえず、ただひたすらに声を上げる。
440を失った時も、マスターの病を知った時も我慢していた涙は、今や後から後からあふれ出し、
とめどなくマスターの胸を濡らしていた。

マスターが、そっと私の頭に手を乗せる。
その懐かしい、暖かい感触が一層私の声を張り上げさせる。

「おかえりなさい、マスター」
その一言すら泣き声にまぎれて言えないでいる私を、マスターはいつまでも優しく抱きしめていた。

私の任務は、完了した。
いや、任務でも、役目でもない。
私は、私自身の意思をもって。

ついにマスターを、この手に取り戻したのだ。

388:EPX 第三部エピローグ 1/4
08/05/15 22:05:08.47 icIXj89u
あの後、私達は丁度基地から脱出しようとしていた師匠とめぐり合い、その助けあって帰還を果たした。
すぐさま基地に引き返そうと総裁室に向かう師匠を尻目に、私はにマスターを集中治療室へと運んだ。
シドウ博士の治療を受けたマスターは、どうにかSEEDフォーム化は免れることができた。
が、やはり今まで服用していた薬の副作用のため、余命はいくらも残されていないとの結論だった。

それならそれで、残された時間をマスターと精一杯過ごすだけだ。
判決を待つ謹慎中の身であるマスターだが、私は片時も離れることなく付き従っていた。
互いのいない間のことを、語り合う。幾晩費やしても、尽きることがなかった。

マスターに関する、非常に悲しい事実が一点判明した。
マスターの身体は、既にSEED侵食と薬の抗作用のあおりを受け、見る影もないほどに崩れていたのだ。
黒とも茶色ともつかない斑紋が身体中を覆い、肌はぼろぼろにささくれ、干からびている。
およそ人相の変わり果てたその姿をマスターと見分けられるのは、私以外にはいなかったろう。
常に黒づくめの格好で肌を隠していたのは、ウィルスの感染を防ぐだけが目的ではなかったのだ。

それでもマスターは、二人だけの時は顔を覆う布を外し、素顔になってくれる。
その姿で私が何ら嫌悪の念を抱かないと、信じてくれているのだ。

マスターの療養を兼ねた謹慎中に、ガーディアンズでは次々と明るいニュースが飛び込んでくる。
イルミナスの壊滅。それと提携していた、GRMの一斉摘発とそれを継ぐ新社長の話。
かつてのお尋ね者、イーサン・ウェーバーのガーディアン復帰…これはまだ噂話の域を出ないが。
何より、マスターの宿敵であったハウザーが、師匠との死闘の末、見事倒されたという話。
ガーディアンズが、グラールの平和を守るに足る存在だと、マスターにも証明できたのだ。

もっとも、マスターは喜ぶ一方で懸念も抱いていた様子だった。
ハウザーは、本当に死んだのか。或いは、その背後にある何者かが残ってはいないか。
今は考えないようにと、マスターに勧める。
例え、その何かがあったとしても、今のガーディアンズならばきっと大丈夫だと私は確信している。
マスターも、穏やかな顔で同意してくれていた。

それらの情報を持ってきてくれたφG、それに他の第2小隊の仲間達も見舞いに来てくれた。
私が元PMだったと知ると皆一様に驚いていたが、それで失望する者は一人もいなかった。
イルミナス壊滅作戦での武勇談をfFが面白おかしく語る中、私はそっとfGに謝罪する。
母のお守りを壊したことを、fGは黙って微笑んで許してくれた。

元部下達とマスターの親交もつつがなく結ぶことができて、幸福感に満たされていた毎日。
そこに、突如水をさすものが立ちはだかった。
いや、水をさすなどと生易しいものではない。これまでの気持ちを一気に覆すに十分な事実。

「死刑」マスターに下される判決は、そう定められたのだ。

389:EPX 第三部エピローグ 2/4
08/05/15 22:06:09.47 icIXj89u
私が正式な裁きを受けた場合、死刑になることは分かりきっていた。
412は総裁に直談判までかけたらしいが、総裁一人の裁量でどうにもなるものではない。
私はパルムの囚人解放という、太陽系警察に真っ向から喧嘩を売るような真似もしでかしているのだ。
それを許していたら、グラール全体の秩序に関わる。見逃すべきではない。

或いは総裁は、途中から412に私の捜索を諦めるよう促していたことから、分かっていたのかも知れない。
私がイルミナスの然るべき立場にいたならば、それなりの情報と引き換えに刑を減じる、
いわば司法取引に似た処置が可能だったろうが、私は既に、かなり前からイルミナスを抜けていた。
死刑を免ずる程の情報は得られないだろうと判断してのことだったのかも知れない。

412は激昂のあまりイーサン・ウェーバーの件を引き合いに出すという暴挙にも出たらしいが、
逆に、彼については内部での問題として、ガーディアンズに裁決を任せてもらう代わりに、
私の件は太陽系警察に委ねざるを得なかったのだとも思える。

邪推をすると、総裁はモトゥブの同胞を殺めた私を最初から生かしておく気はなかった、という見方もある。
だが、それではさすがに412が哀れだ。
最初から、私を殺すつもりでいた総裁に踊らされた形となる。そうではないと信じることにする。

膝の上にすがりついて泣く412をなだめながら、窓から漏れる月明かりの元、ぼんやりと考える。
私は、不幸だったのか、と。
心ならぬ大量殺戮に手を染め、自身も病に侵され、女として見る影もない容貌に変わり果て。
それでいて、結局何一つこの世に残すものなく死んでいく。
人が耳にしたら、誰しも辿りたくない不幸な道だと忌み避けるだろう。

だが、私自身は、あまりその言葉に実感を感じていなかった。
何故だろうか、と考える私の手に、泣きつかれて眠っている412の頭が当たる。

ああ、この子のおかげだ、と合点がいく。
あのまま独りで死んでいたら、きっと不幸なまま終わっていたろう。
だが、この子が来てくれた。
目を見張る成長を遂げ、私を越える心と力を手にした姿を、見せてくれた。
他でもない、この子に止めてもらうことで裁きを受け、罪を清算できる。こんなに嬉しいことはない。

私は、幸せなのだ。

願わくば412には、私の道を継いでこれからも力強く生きてもらいたい。
だが、最早私を越えたこの子に、余計な口を出すべきではない。
412が選ぶ道ならば、黙って選ぶがままにさせてやろう。それが最後の、親心というものだ。

「それに、こう見えて頑固だしね、この子…私に似て」

390:EPX 第三部エピローグ 3/4
08/05/15 22:06:57.14 icIXj89u
マスターの刑が執行される、当日。
公開処刑場には、溢れんばかりのヒトが集まっていた。
中でもビースト達は、マスターが中央の処刑台に引き出される前から興奮のしどおしだった。

同盟軍を臨時に束ねているフルエン・カーツ大尉は、せめてもの便宜として、
マスターを元ガーディアンズの一員としてでなく、
既に死亡しているイルミナス工作員の別の一人として報告書を偽造していた。
これによって、マスターはガーディアン全体に不名誉な汚点を残すことはなくなったが、
代わりにマスターは、どこの誰とも知らない馬の骨として処刑されるのだ。
マスターを知る私にとっては、腹立たしいくらいに虚しい便宜だった。

刑場に付き添い、今も傍らにいてくれている師匠が、もう一度確認をしてくる。
本当に、いいのかと。
私は、既に決めたことです、ときっぱり返事をした。

私は、マスターの最期をこの目で見届ける。
見届けた後、私はマスターの後を追い、初期化してもらう。
その上で、永久に廃棄処分してもらう、と。

マスターは、或いは私に生きて欲しいと願っているかも知れない。
だが、もう決めたのだ。マスターを、独りでいかせはしないと。
最期まで忠節を尽くし、供をする。PM冥利というものではある。
だが、そんな概念などどうでもよく、ただ私は思うのだ。

誰にも真実を知られず、ひっそりと死んでいくマスター。
一人ぐらい、あの人の真実を知り、最期まで運命を共にする者がいてもいいじゃないか、と。

マスターは昨夜、そんな私の話を聞いて少し悲しそうな顔をしたものの、黙ってうなずいてくれていた。
私の決めた道を、尊重してくれたのだ。

第2小隊の皆への挨拶も、済ませておいた。
或いは涙し、或いは憤慨して止めようとするが、私の意思が固いと見て取ると、やがて諦めてくれた。
常に思慮深い、部隊の押さえ役であったfTが、皆を説得する役に回ってくれたのだ。
せめてもの手向けとして、彼ら全員とカードの交換をする。
私のカードが消灯する時、彼らには伝わるだろう。私の処分が、つつがなく済んだことを。

391:EPX 第三部エピローグ 4/4
08/05/15 22:07:38.74 icIXj89u
やがて、マスターが処刑台に引き出されてきた時には、場内の興奮は頂点に達した。
口々にマスターを罵り、唾を吐き、物を投げつける。
そのいくつかがマスターの顔に当たり血を流させるが、それで容赦するものではなかった。

マスターは、刑法によりあの変わり果てた顔を衆目に晒していた。
その容貌が、カーツ大尉の報告書偽造を容易なものにしたのは確かだが、
それで同情の余地が入ることはなく、むしろこの凶悪な犯罪にふさわしい顔として、
彼らの心に余計な火をつける結果となっていた。

ありったけの声で叫びたくなるのを、必死にこらえる。
誰も、マスターの真実を知らない。どんな思いで自分の罪と向き合ってきたのか、それすらも。

だが、マスターは全て覚悟の上だった。
自分に向けられるありとあらゆる罵詈雑言の全てを受け入れた上で、刑に服すると。
それで少しでも彼らの溜飲が下がるなら。このような犯罪に然るべき罰が下されることを示せるのなら。
マスターは、残り少ない命を、最期まで使いきろうとしているのだ。

マスターから預けられた、マスターのパートナーカードが久しぶりに点灯している。
このカードの点灯、それが再び消える瞬間。そして、その理由の真実。
恐らくは誰も気付かないだろう、虚しい明滅。せめて私一人だけは見届けたい。

いよいよ刑が執行されるにあたって、ようやく場内も静まりだす。
執行官が、最期に言い残すことはないか、マスターに尋ねる。
マスターは静かに首を振った後、毅然とした態度で空を見上げていた。
視線をたどり、私も空を見上げる。

澄み渡る、青い空。
きっとマスターは、あの時以来こんなに澄んだ空を目にしてはいなかったのだろう。
人目を忍び、闇にまぎれて地を這い回るマスターが久しぶりに見る、抜けるような青い空。
刑に服する、まさにその瞬間にそれを目に焼き付けるマスターの気持ちは、どんなものだろう。
考えると、どうしても涙が溢れ出てしまう。

視界がにじむ中で必死に目をこらす私に、ふとマスターがこちらを向いたような気がした。
遠目の上、涙でぼやけているにも関わらず、いや、だからこそ、その時見えたのだ。

マスターが、かつての綺麗な顔立ちのまま優しく微笑みかける、思い出の光景が。

感極まって意識が薄れ行く中、背後から師匠の声が遠くに聞こえたような気がした。
よく、がんばった、と。

392:EPX 終幕「総裁への報告書」
08/05/15 22:09:26.14 icIXj89u
以上をもって、一人のガーディアン、およびそのPMに関する報告を完了する。
かつての弟子を初期化するにあたって抜き出した記録の全てを、ここにまとめたつもりである。

今度の大規模な作戦に向けてキノコ狩りに従事する中、私はしみじみと考える。

無罪放免として華麗なる復帰を果たした、かつての英雄。
総裁の片腕として一躍脚光を浴びることになった、私。
それらの影に埋もれ、歴史の屑と果てた、知られざる一人のガーディアンのことを。

私や、イーサン・ウェーバー。彼女と何の違いがあったろうか。
同じガーディアンとして目指すものに、何ら変わりはない筈だった。
そういう意味では、彼女はもう一人の私-Another You-と言ってもいいのかも知れない。

さて、彼女自身が言っていたことだが、彼女は本当に、この世に何も残せなかったのだろうか?
それを語るにあたって、ある筋から聞いた逸話をここに記す。

ガーディアンズに憧れる子供達。
口々に、自分は将来何になるか語り合う。
ある子供はfFになって武器を振るいたい、またある子供はfTになって自在に法撃を操りたい、と。
しかし、ある一人の子供が、力強く語ったそうだ。

自分は、WTになりたいと。
かつて燃え盛る草原に取り残された自分を守ってくれた、力強くも優しさに満ちた背中に憧れて。
自分は、弱い者を守れるガーディアンになりたい、と。

私は総裁に、私が弟子と交わした約束を一点、敢えて破ることを提案したい。
かの子供がガーディアンとして成長するまで、このPMのコアを廃棄することは保留すると。
成長した彼と、このコアが出会った時。私は期待してしまうのだ。
二度とまみえることのない、かつての主従の再会、そして受け継がれ、紡がれる道という、奇跡を。

その時のことを考え、この報告書は厳重に保管しておくよう申請する。
そして、願わくばこの報告書は、秘密ではあっても、機密とはしないでおくことを。
そうすればいつか、成長した彼、或いは他の誰かががこれを手にし、知ることもあるだろう。

一人の、信念に殉じたガーディアン、そして最期までそれに尽くした、忠節無比のPMの真実を。

-アンドウ・ユウ-

393:EPX作者
08/05/15 22:14:32.95 icIXj89u
以上をもって、EPX ~Another You~ を完結とします。

呆れるほどの長編であるにも関わらず、応援や感想の言葉を下さった方々。
肌に合わない長編に堪忍袋の緒を切らさず、最後まで理性的に見守ってくださった方々。
勝手な引用を快く許してくれたばかりか、思わぬゲスト出演まで果たさせてくれた方。
スレのため、敢えて苦言を呈してくださった方々。

全ての方に、心から感謝の言葉を贈ります。
本当に長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。

394:名無しオンライン
08/05/16 02:14:43.37 2FnIdN0b
>>393
最後の最後で引用するのもアレだが、短編にて労いの一言を

395:名無しオンライン
08/05/16 02:15:56.21 2FnIdN0b
-Another Ending-



俺は今、412とコロニーの通路を歩いている。
買物の予定も何もないが、俺達はやらなければならない事があった。

もう1人の自分自身との挨拶を。

耳がどうにかなりそうなくらいの喚き声がこの場を支配している。
俺達のような現場の人間ならどうという事もないが、相手は一般人。
人を殺すその瞬間を公開すると言うなら、興奮して当然と言うものだ。
おまけに処刑されるのは、あの忌まわしきイルミナス…倍乗せと言うわけだ。

だが、俺達は知っている…処刑される人物の真実を。
こんな1枚の紙切れに頼らなくとも。

主人「分かるもんだろ…412? 同じ趣味の使い手の匂いって言うのがな」
412 「はい…どんなに頑張っても、PM時代の癖と言うのも中々抜けません」

412の"もう1人"は、今や輝けるポジション…いや、あの豚の片腕ではある意味不幸と言うべきか。
ともかくガーディアンズのエースと言われる1人の男の横で震えている。
412はそれを見て、声もかける事なく、ただ黙って頭を深く、そして静かに下げていた…。

俺はもう1人の自分自身を見つめていた。
それは最早人間とは言えないほどの異形のモノとなっていたが、俺には分かる。
例え他人に理解されない道であろうと、意地を貫き通した1人の戦士であると。
"もう1人の俺"もこちらを見つめているが、気付いてはいないだろう。
そんな事に構わず軽く敬礼をしながら、すぐに出た言葉は…。



主人「お疲れさん、~~~」



-完-

396:名無しオンライン
08/05/16 10:09:55.31 /Gv93VGq
※長編作者に対する一切の批評を禁じます。

397:名無しオンライン
08/05/16 18:55:33.56 hYhPl54j
批判禁止では無くて批評禁止ですか。
書き手にとって批評って気になる物だと思うけどね。

398:名無しオンライン
08/05/16 19:27:14.02 2Wno2RrN
いい作品に長さは関係ない!
良かった!いいものをありがとう!
EPXの作者殿!

399:名無しオンライン
08/05/16 20:09:07.91 B4CbL0QX
EPX作者様本当にお疲れさまでした!
楽しみに見させて頂いていましたよ~

感動をありがとー!

400:名無しオンライン
08/05/16 21:00:20.67 hKG/k6L7
>>398
同意。
長かろうが、短かろうが、面白い作品は面白いもんだ。
読み手は気に入った作品だけ読めばいい。
内容云々の批評でなく、ただ長いというだけでの批判するのはいかがなものかと思う。
書き手がいなくなったら、楽しむことも出来ないしな・・・

>>393
お疲れ様でした。非常に楽しめました!!
また機会があれば別の作品を投下してくださいな。

>>395
確かこのヒュマ男はレオには気に入られているが
ライアとは全く気が合わないんだっけかな?
それにしても豚は失礼だろう・・・










豚にwww
おや、誰か来たようだ。ちょっと見てくるノシ

401:名無しオンライン
08/05/16 23:49:37.64 bigvBPyt
素直に面白かったと思うよ。お疲れ様!
遅筆な自分ももうちょっと早く書けたらなあw

>>400
どうした、>>400!返事をしろ!>>400>>400ーーーー!!

402:Not a Drill 1/8
08/05/17 01:03:38.12 9kK4qigT
「あなたが好きです」

はう!
わ、私の事が好き!?え?え?え?
えええええええ!!!?
思考停止→(10秒経過)→再起動。
あなたが好きです。あなたが好きです。あなたが好き以下略(リピート)
冷静になろう。冷静に。えっと私の事が好きって事は当然そういう事でえーっとえーっと。

それが三日前の話。
今思い出しても火から顔が出る位(恥ずかしさの余りの言葉の間違い)恥ずかしいのだけど、
唐突に告白されてしまった。
本当に突然の事で嬉しいやら、恥ずかしいやら、どうしたらいいのかでもう大混乱。
しまいには腕をぶんぶん振り回すわ、口はパクパク空気を求めるわでもう大変。
当然返事が出来る訳も無く。
一人だったらどうにもならなかっただろうけど、
しっかり者の私のPMのリリカがどうにかその場を収めてくれた。ありがとう。
そして今私の手に握られているのは、その時リリカが貰ってくれたパートナーカード。
コレを見ているだけでその時の事を思い出して…。
はわわわわわわ!!!

403:Not a Drill 2/8
08/05/17 01:04:14.23 9kK4qigT
「はわわわわ!」
マスターがまた混乱しています。
困ったもので本日13回目。ちなみに通産129回目。
その様子がとても可愛かったのでとりあえず放置プレイして楽しんでいたのですが、
いい加減踏ん切りをつけた方がいいと思うので背中を押してあげる事にします。
「マスター、折角パートナーカード貰ったのですから、一応挨拶位はしておいた方がいいですよ」
私は手に持ったお茶をマスターの前に差し出し、自分の分を飲む。
美味しい。仕事(マイルームの掃除)の後のお茶はやはり格別ですね。
マスターの方を見ると、私の言葉が効いたのかパトカを取り出しポパピプペ。
『デートしてくれますか!?』
ぶはっ!(←お茶を噴出す音)
ど、どうしていきなりそういう直球投げるかな!?マスターは!
「ど、どぼじよう…動揺して私ったらとんでもない事をーーー!!」
メールを送って冷静になったマスターは頭を抱えてゴロゴロしだします。
か、かわいい…!
ってそんな事言ってる場合じゃない!
「マスター!とりあえず今のは間違え…間違えってのも相手に悪いですよね、えーっととりあえず謝罪のメールを!」
私も混乱していて何を言っているか理解不能。

ピンポーン。
マスターのパトカが着信を知らせる音。
とっても嫌な予感がします。

『勿論ですとも!』

その後、詳細に日付の相談とか来てしまったのでした。


404:Not a Drill 3/8
08/05/17 01:04:46.15 9kK4qigT
「ど、どぼじよ゛う…」
チャブ・ダイに突っ伏した私の言葉が部屋に響く。
正面にはちょこんと正座してお茶を飲むリリカ。
「とりあえず、行くしか無いですね」
ずずず…。そう言ってまたお茶を一口。
「そ、そんないきなりレベルが高い事!や、やっぱ最初は交換日記とか
 教室の端っこと端っこで思わず目が合っちゃって恥ずかしくてお互いに
 はにかみながら手を振ったりとかそういうプロセスを経てからぁあぁあぁ!!!」
お茶を置いて、チャブ・ダイを右手で一発。うわ、痛そう…。
「マスターは何時の時代の人ですか!こうなったら腹をくくってバッチリ決めて!バッチリ行って来るべきです!」
言い終えるとすっくと立ち上がり、ずびし!と私のほうを指差しながら決めの一言。
「そもそもマスターの好みど真ん中じゃないですか!あの人!」
「………」
「………」
場に訪れる沈黙。
私の沈黙が気になったのか、リリカは首を傾げながら聞いてくる。
「あの…?マスター?えっとまさかとは思いますけど、顔、覚えてない…?」
こくこく、しっかりと二回首を縦に振る。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
頭を抱えた盛大なため息。
「はぁ…仕方ないですね。ちょっとこっちに来て下さい」
そう言っててくてくとビジフォンの側に移動。
「実はコレあまりやりたくないのですけど…マスターの為とあれば仕方ありません」
リリカはビジフォンに繋がれてるケーブルを一本引き抜くと、自らのコメカミあたりに突き刺す。
「うーん、やっぱりあまり気分のいいものではありませんね…」
はわわわわ。頭からケーブルが出ています。はうぅ。痛そうぅぅぅぅ…。
「いいですか。よく見ててくださいね」
ビジフォンに目をやると、その時の画像が流れる。
整った顔立ち、すらりとした長い脚、その姿はまさに理想の白馬(が似合いそうな)の(私の)王子様!
こんなチャンスが次に来るのなんて…いやきっと二度と来ない!
なんだか急に元気になってくる。
「私、頑張るよ!」

405:Not a Drill 4/8
08/05/17 01:05:22.27 9kK4qigT
約束の日まで後三日。
自分の姿を鏡で見て、地面に埋まりたくなる。
こうなれば自分で穴を掘ってでも…!
「マスター!床を掘らないで下さい!」
「うぅ…うぅ…だって…」
「だってもヘチマもありません!
 マスターがチンチクリンなのは今に始まった訳では無いのですからそればっかりはどうしようもありません!
 ついでになんですか!このメールは!『私のいい所を教えてぇ!!!』自分の事は自分が一番分かってる物でしょう!?」
「だってだってぇぇ!!私の何処がよかったのかわからなくて怖かったんだもん!!」
私は恥ずかしげもなく涙を流す。
怖いのだ。誰かに好きと言われて、自分のいいところが分からなくて、でも誰も答えてくれなくて。
「大丈夫です!」
私は泣き顔のまま、大きな声で大丈夫だと言ったリリカを見る。
「マスターのいい所は私が知っています」
私の、いい所を…知ってる…?
「ど、どこ…?」
何処だろう?私にはよくわからなかった。
背も大きくないし、胸もあんまり大きくない、当然そうくればあまりお尻も大きくない。
顔も美人と言うよりは童顔だし、自分の好きな部分というのは無かった。
「全部です」
「ぜ、ん、ぶ…?」
「そう、全部です。その栗色の髪も、つぶらな瞳も、ちょっと控えめな胸も。
 出来損ないの私みたいなPMを育ててくれたその優しさも、全部が全部マスターのいい所です」
言葉を区切る。
「そんなマスターが、私は大好きです」
またちょっとの沈黙。
「だから…そんなに自分の事で泣かないでください」
そう言ってリリカはちょっと目線を逸らす。その目にはちょっと光るものがあった。
ごめん、ごめんね。私はあなたのマスターだもんね。
自分の大好きなマスターが、こんな事で泣いてたらPMのあなたも悲しいよね。
うん。わかった。大丈夫。
気付けば涙は止まっていた。
私はリリカを抱きしめながら。ごめんね、と言った。
それでも不安な物は不安だったりする。
長年持った劣等感はそう簡単には拭えない。
また愚痴愚痴言い出しそうになった所で間髪入れずにリリカはこう言う。
「努力しましょう!あと三日しかないですけど、やれるだけの事はやりましょう!」


406:Not a Drill 5/8
08/05/17 01:05:54.89 9kK4qigT
それから地獄の日々が始まった。
食事制限は勿論の事、鏡に向かって笑顔の練習100回とか、
普段のトレーニングよりも多い腕立て伏せやらなんやら。
なんでも胸の筋肉を動かすと胸が大きくなるとか。
絶対ついでにトレーニングさせられてる気がする…。
三日間のリリカによる地獄の日々をやり遂げて、ちょっとだけかわいくなったような気がする。
ほんとにちょっとだけ。
鏡に向かって笑顔。あれ?私こんないい顔で笑えたっけ?
そんな事を考えてると、リリカの声。
「マスター寝ましょう!すいみん不足は美容の大敵です!」
そう言われて布団に潜ってみたけれど…。
本番は明日。
ホンバンハアシタ…。
「ぜ、全然寝れなぁぁぁぁい!!!」
「ま、マスタぁぁぁぁぁ!!!」
そう、私は緊張のあまり全然眠れなかったのだ。

小鳥の囀り聴こえる爽やかな朝。
リリカが隣に居てくれたからだろうか。
あまり寝てないにも関わらず目覚めは快適で、もうあまり怖さは無かった。
やるだけの事はやった。そんな満足感が自信に繋がっているのかな?
後はとっておきの服でバッチリ決めて、バッチリ行くだけ。
そんな事を考えてると部屋に置いてあったハシラドケイが時間を告げる。
一回、二回…きっちり十回。
え!!もう10時!?約束の時間は確か10時。
大慌てて布団から飛び出す。
その勢いに隣で寝ていたリリカも目を覚ます。
リリカも時計を見て起きてしまった事の重大さに気付いたのか、もの凄い勢いで行動を開始する。
ナノトランサーから昨日二人で決めたとっておきの服やアクセサリーを出して私に手渡してくれる。
「マスター!行かないよりは行った方がいいです!」
言われて私が着替えをしたり、メイクをしたりしている間にリリカは軽い朝食を作って手渡してくれる。
「何も食べないよりはいいです」とコルトバを挟んだサンドウィッチ。
慌てて作ったからだろう、形は歪んでいたけど美味しかった。
準備を終えてマイルームから出ようとした時。
リリカに急かされる様に準備をしたけど、約束の時間はもう過ぎている。
待っている訳が無いよね。
そんな事を考え始めてしまった時。
私の手が引っ張られる。
「マスター!先ほども言いましたけど、行かないよりは行った方がいいです!」
リリカが私の手を引いて、凄い勢いで走り出していた。

407:Not a Drill 6/8
08/05/17 01:06:20.30 9kK4qigT
よくよく考えれば、私が付いて行く必要は無かった。
寝坊してしまったマスターはそれに負い目を感じて、きっと動けない。
だったら勢いで連れ出してしまえ。
考えての行動では無かったけど、きっとそういう事なんだと思う。
私はマスターの手を引いて走った。
準備の終わったマスターの手を引いて、マイルームから飛び出し、通行人に声をかけてどいて貰い、
今にも出発しそうなシャトルにもう一人乗る人が居る事を示して待ってもらったり。
マスターはそれでも何度か転んでしまったり、人にぶつかったりしてしまった。
身体は無事だけど、ちょっと人目には見られない姿になってしまったのが悲しい。
マスターの努力が報われますように。あとはそう願うだけ。
もし仮に格好だけで引いてしまうような奴なら…
そんな奴にマスターは任せられない。
これは奴への試金石だ。私はそう都合よく解釈する。

―――そして私たちは約束の場所に着いた。

408:Not a Drill 7/8
08/05/17 01:06:50.96 9kK4qigT
約束の場所。
パルム中央広場の柱の下。
30分遅れてしまったにも関わらず、彼はちゃんと待っていてくれた。
「ごめんなさい…私、寝坊しちゃって…」
思わずうつむいてしまう私。
長い沈黙。
それはそうだろう。慌てて家を飛び出して、急いでここまでやってきた。
その間に転んだり、人にぶつかったりして髪はくしゃくしゃ。
無理して履いたちょっと大人っぽい靴のヒールは折れてしまっていた。
嫌われちゃったんだろうなぁ…。
今まで頑張って来たけど、やっぱり私にはチャンスなんて来なかったんだ。
そんな風に思う。
「あの…ごめんなさい、私帰ります」
そう言おうと思った矢先だった。
彼は私の頭に手を乗せて、優しい声でこう言った。
「いつものままで良かったのに」
初めて認識した彼の声。告白された時とはちょっと違う優しそうな声。
思わず笑顔になってしまう、私。
その優しさが嬉しかった。
顔を上げて彼を見る。
彼は私が今までに見たことのないような笑顔で笑ってくれていた。

409:Not a Drill 8/8
08/05/17 01:07:27.85 9kK4qigT
マスターが笑った。
それだけで私は満足だった。
後は二人だけの世界だ。私はマイルームに帰ってマスターの帰りを待とう。
きっと聞いてるだけで笑顔になってしまう話を持ち帰ってくれるはずだ。
「それではお邪魔虫はいなくなりますね」
私はちょっと意地悪く笑いながらそう言ってその場を後にしようとする。
一歩歩き出した所で言い忘れた事を思い出した私は、振り返って彼に向かってずびし!と指を出す。
勿論もう片方の手は腰に。
「マスターを泣かせたら許しませんからね!」
彼は少しきょとんとした顔をしていたけど、すぐに微笑んでこう言った。
「勿論。君のマスターを泣かせたりするような事はしないよ」
うん、合格。きっと大丈夫だろう。
その返事に満足した私は今度こそその場から去る為にくるりと向きを変えて歩き出す。
ふと空を見上げると、今日の空はいつもよりも青く見えた。
所々に見える白い雲は邪魔なんかじゃなく、その青さを更に際立たせてとても綺麗だった。
ふふ。今日は絶好のデート日和ですね、マスター。

410:名無しオンライン
08/05/17 01:10:45.93 9kK4qigT
とある曲を聴いていたら妄想が膨らんで来て勢いで書いてしまった。
妄想が膨らみ過ぎてこんな長さに。
正直、すまんかった…orz

411:名無しオンライン
08/05/17 01:42:29.94 Zit+hbqo
>>400
一応、ビス男である
炎の絶対防衛線で散々に馬鹿にされたこともあり、ライアに対して不信感を露にしている設定

ライア好きにはすまんが

412:超極秘任務 1/4
08/05/17 11:03:03.53 EVILzf2/

「ガーディアンズライセンスを確認しました。」

俺の顔を見てミーナが笑う。いや確認してなかっただろ今。
「顔パスってやつですよ、顔パス。もう覚えちゃいましたもん。」
コンソールに軽くよりかかりながら、慣れた手つきで片手タイプを披露する。一応緊急の
極秘任務があるという呼び出しを受けて俺はここに来ているはずなのだが…

「えーと、マリオンさんはこのまま総裁室へ向かってください。
 総裁から直接ミッションの説明があるそうです。」
はずむ様な声。緊張感のかけらも無い。
「なあミーナ、一応ほら…仕事だし…」
「ふふん~。ほどよく楽しむのも、お仕事を上手にこなすコツなんですよ。
 私はお仕事を上手にこなす為に、わざとこうやって楽しそうにしているんですよ?」
「な、そうだったのか・・・!」
「はい。あ、ほら。こんな所で無駄話してるから、あそこで総裁が怖い顔で待ってますよ。」
「わあああ!うわあああ!うわあああっ!」
「星霊の導きがありますように♪」
「星霊に呪われろ!」

奥のエレベータ前に仁王立ちするツインテールの悪魔と目が合わない様に下を向きながら
俺は悠々と総裁室に向かって駆け出した。

413:超極秘任務 2/4
08/05/17 11:15:22.27 EVILzf2/

「アタシがこんな事を言うのも何だけどさ。」

直立低頭の姿勢で固まった俺の方を見ずに、ライア総裁はいつも通りのくだけた口調で
話し始めた。

「総裁っていうのは、すごく偉い立場の人がなるモンだと思うんだよ。
 だから、アタシは何度も無理だって断ったんだ。」
「はっ!」
「ガラじゃないのも自分で分かってるけどさ、アタシ確か最初の研修でアンタに言ったよな?」
瞬時にいい度胸をした新人だった俺の当時が思い出される。

「とりあえず総裁室へ行くか。続きの話はそこでしよう。」
最後まで俺の顔を見ずに、ライアは踵を返し転送エレベータへ乗り込んだ。
俺もこれに乗るのか。この空気で。

「早く乗りな。緊急ってワケじゃないが急ぎの任務なんだ。」

少し和らいだ声に一縷の望みを託し、俺は二つ深呼吸をすると
目を閉じてエレベータに飛び込んだ。

414:超極秘任務 3/4
08/05/17 11:34:31.86 EVILzf2/

エレベータの中で蹴られた尻をさすりながら、俺はライアの後に続いて
総裁室へと入った。

中にはメガネの男が1人、ルウが3人、そしてルミア・ウェーバーの計5人が
長椅子へ順番に行儀よく座っている。
全員の視線を受けながら、俺は長年培ったガーディアンズとしてのカンで
この任務が相当に手のかかるシロモノだと悟っていた。
恐らくメガネ以外の4人を連れての任務になるのだろう…。ルウx3+ルミア・ウェーバー。
如何なる手練と言えど眉間を押さえたくなるメンバー構成である。
もうやけくそになって俺はライアへ質問を浴びせかけた。

「こりゃ一体何の任務ですか?俺はルウシリーズのメンテナンスライセンスも
 指導教官のライセンスも持っていませんよ。まさか全員同行しての任務じゃないでしょうね?
 特にルミア・ウェーバーは…」
「黙りな。」
「はい。」

ルミア・ウェーバーの貫く様な視線を頬に感じながら、俺は任務の説明が始まるのを待った。

「実は…だな。」

ぼりぼりと頭をかき、急に声のトーンが落ちるアイアンメイデン・ライア・オブザフィアー。
耳が赤い。心なしか頬も赤く染まっている。視線が泳ぎ、まるで人間が照れている時の様な
仕草をしてみせる。

「照れてんだよ!アタシは人間だっ!」

どこからともなく丸メガネを掴んでこちらへ放り投げる。
俺はヒットした眉間をさすりながら、ライアの聴き取りづらいぼそぼそ話に耳を傾けた。

415:超極秘任務 4/4
08/05/17 11:59:43.78 EVILzf2/

「最初はこっちのルウに頼んだんだけどさ、あまりその手の情報に対する
 蓄積がなくて…売っている店の一覧と各店の所在座標だけ割り出してもらったんだ。
 で、モトゥブ支部のルウならビーストの文化に接する機会も多いわけだし、より多くの情報を
 蓄積しているだろうってルウが言うから、モトゥブ支部のルウに連絡を取って
 実際に探してもらったんだ…けど、モトゥブ支部のルウも」

「厳密にはダグオラ支部のルウです。」
3人いる内の、真ん中に座るルウが軽く手を上げて訂正する。

「あー、うん…どうせ支部は惑星に一人ずつしかいないんだからモトゥブ支部でいいよ…
 で、探してもらったんだけど、現在装着しているパーツは既に生産が中止されている事が
 分かったんだ。子供の頃からずっとつけてる年期物だからね…仕方ないと思ったよ。
 で、仕方ないから形状の似たものを探してきてくれる様モトゥブ支部のルウに頼んだんだけど
 確かにモトゥブ支部のルウはビーストの文化と歴史には詳しかったんだが、その…」

「本部ルウが列挙した店舗のうち、モトゥブに存在する店舗全てについて現地調査を行いましたが
 該当するパーツに類似したパーツを現在取り扱っている店舗は存在しませんでした。」
真ん中のルウが続ける。

「同様にパルムではワタシが、クライズ・シティ内の店舗は本部ルウが現地調査を行いましたが
 結果は同様でした。」
手前のルウが手を上げて補足し、奥のルウが続いて手だけを上げる。

「それで、ルウさんじゃダメだっていう事で私が呼ばれたんですよ。」
腕組みをしたルミア・ウェーバーが、先ほどの視線を向けて不機嫌そうな口調で締めた。


「ライアさんの髪留めが、かたっぽ折れちゃったんです。
 それで、似たような髪留めが売ってないか、グラール星系中を探してるんです。」
「そ、そういう事だ…」

胸を張って説明するルミアの後ろで、ライア手を後ろに組んで子供の様にもじもじとしていた。

「マリオンさん、まずこの機密保持契約書にサインして下さい。
 今回の任務について決して誰にも口外しない事。購入時は『私物』として購入する事。
 包装はそのままにせず、必ずこの連絡用ナノトランサーディスクへ入れ替えてから
 総裁室まで持ってくる事。いいですか?!」


ルミアの買ってきた髪留めは、ルミア自身がつけている物と色違いのお揃いだった。
自身の譲れぬプライドと、予期せぬ事態下での人材不足に困り果てたした総裁は
教習生である私に望みを託し、最後の賭けに出たのだった。

                                                  をはり

416:名無しオンライン
08/05/17 12:04:21.48 EVILzf2/
素直に5ページにすればよかった…
ライア嫌いが多そうなのでフォローのつもりでした
読みにくかったらすみません

417:名無しオンライン
08/05/17 12:05:31.67 EVILzf2/
×:教習生である私に望みを託し
○:教習生である俺に望みを託し

長文は苦手よ
記憶領域が少ないの私

418:名無しオンライン
08/05/17 12:07:36.67 uopJEgpr
総裁になってから急に好きになったぜ!
そして君にはまだ任務がある。



パシリの出番を(ry

419:名無しオンライン
08/05/17 12:16:19.77 EVILzf2/
しまった!ここライアスレじゃねえパシリスレだ!
またいずれ、今度はパシリ話で投下します!

420:名無しオンライン
08/05/17 14:19:49.53 WV8FhHQh
>>419
『パシリ』違いかと思ったらw噴いたじゃないかw

>ルウが3人、
あとこれもさらっと書いてあって噴いた。いや間違ってはいないが…

421:名無しオンライン
08/05/17 23:50:22.83 CxyWgQjT
>>419
PM  「ライア総裁だって女の子なんですから、可愛いものに目が無いはずです」
御主人「そうか…マシナリーでも女の子だな。どんなのがオススメだ?」
PM 「そうですねー・・・パノンとかジャゴとか?あ!ポルティもいいです」
御主人「… … …」

こうですか?

422:名無しオンライン
08/05/18 01:24:28.21 zjABMUb/
>>421
ショタパシリ、ポルティ見て「僕もかわいくなりたいなぁ」とか言い出すからな。
「お前の方がかわいいよ」とか言ってウホッ的な展開になっても困るし
どう対処していいか悩む

423:性転換デバイス 1/4
08/05/18 10:57:05.02 k3liM3YT
「私は別に構いませんよ?」

ほわんといつもの笑顔を浮かべるGH 434。くっ、GRM社め。
大変に邪悪で私的な理由によって、EXデバイス470の適用を提案してみたはいいのだけれど
この子はこれっぽっちの警戒心も猜疑心も抱く様子をみせず即答して見せやがるので、一応
自分のあまり多くない知識を総動員して、性別設定が変更される事についてこれでもかという位
くどくどと説明をしてやったのだけど、その答えがこれ。

「心配しなくても大丈夫ですよ、フレデリカ様。
 新デバイスのについての情報は随時本社からアップデートを受けておりますので
 抵抗感ですとか不安ですとか、そういったメンタル面でのご配慮は必要ありません。
 私がマシナリーである事をお忘れですか?」
「そうだけど、あんた結構普通に怒ったり泣いたり、機嫌悪くなったりするから・・・」
「そ、それはフレデリカ様のパートナーをつとめさせていただいた結果学習した反応ですからっ。」

ちょっと動揺してみせる434。
普段の仕草ややりとりがあまりに人間的なので、つい考えない様にしてしまいがちだけど
この子はキャストではなく、あくまでマシナリー。この反応も”作られたもの”なんだろう。

「とは言ってもやっぱりフクザツだなあ・・・」
「でしたら、お止めになりますか?」
「それはない。」
「ですよね。」

渡されたEXデバイス470を胸に抱えたまま、少し困ったように首を傾げている。くっ、GRM社め。

424:性転換デバイス 2/4
08/05/18 10:57:40.89 k3liM3YT
「よし、決めた!やろう!」
「はい!」
「思うところがあるかもしれないけど、恨みっこはなしね!」
「はい!」
「どうしてもイヤだったらすぐ434型に戻してあげるから、遠慮せずに言いなさいよ!」
「はい!」

覚悟を決めて、EXデバイスを取り付ける事にする。
さあ。えっと。うん。これってどこにつけるんだろう?

「EXデバイス用スロットは背面上部中央、肩の少し下にあります。
 スロットをオープンしますので、すみませんが、上着を脱ぐのを手伝ってください。」
「え?脱がないとダメなの?」
「はい。スロットを完全にオープンした状態にするには衣服が邪魔になります。」
「・・・いいのかこれ。」
「大丈夫ですよ。ほら、フレデリカ様とワタシは女の子同士ですし。」

GRM社め。女の子同士じゃない場合だってあるだろうに…
434のブラウスは相当に凝った作りになっていて、結局上はほとんど全部脱がせる格好になってしまう。
ぴきゅっ。ぴぴっじーきゅぴぴるっ。ぴぴ。ぴ。
髪の毛を自分で右肩にまとめて、434は不思議な作動音を鳴らした。

うぃん。
「はい。こちらがEXデバイス用スロットになります。
 誤挿入はできない形状になっていますが、デバイスの上下を間違えない様にしてください。」

フォトン回路の模様がついた端子らしい部分を下にして、デバイスをスロットへ押し込む。
軽く背中を押された格好になって、434が少しよたつく。

425:性転換デバイス 3/4
08/05/18 10:58:25.92 k3liM3YT
「デバイス確認。デバイスネーム:EXデバイス470。チェックOK。」
2秒ほど無表情になると、システムメッセージらしい音声を口から発して、ぱちくりとまばたきをする。

「ありがとうございます。デバイスが正常にセットされました。
 適用を始めますので、少し離れてお待ち下さい。長い間のご利用、ありがとうございました。」
「え!!ちょっと待って!!」

思わぬ別れの言葉にぎょっとする。EXデバイスを適用しても記憶は消えないはず・・・だよね?

「心配しないでください。適用後もちゃんとフレデリカ様の事は覚えています。
 デバイス適用時の事故に備えて、本社側PMセンターにも使用データがバックアップされています。」
「ああ・・・よかった。お別れみたいな事言うから。」
「はい。GH 434型としてのワタシとはデバイス適用時にお別れとなりますので」
「ええ?!」
「一応、愛着のある方向けにメッセージとしてお伝えする仕様になっているんです。」
「あ、ああ。なんかもう心臓に悪いなあ・・・」

スロットを丸出しにしたまま、くすっと笑う434。何かが胸に刺さる。
くそっ、GRM社め!くそっ!くそっ!!ああもう!!

426:性転換デバイス 4/4
08/05/18 11:00:22.07 k3liM3YT
「やめやめ!EXデバイス適用中止!ほら、スロット開けて。」
「えっ?本当によろしいのですか?」
「うん。なんか、ゴメン。やっぱりあんたそのままがいいよ。何か434型に慣れすぎちゃった。」
「わかりました。EXデバイスの適用を中止します。」

ほわんといつもの笑顔を浮かべる434。全くもう。
ぴ。ぴぴ。きゅるるじじっ、じじっ。ぴきゅるぴ。うぃん。
背中のスロットが再度開き、EXデバイス470が顔を出す。
私はそれを取り出すと、434の肩をぽんぽんと叩く。振り向いた434にEXデバイスを差し出す。

「これ、食べていいよ。」
「ありがとうございます。ですが、今はおなかがいっぱいですので、後で頂きますね。」
ぺこりとお辞儀をすると、EXデバイスをことりとビジフォンの上へ置く。

「とりあえず服着よう。風邪引いちゃうよ。」
「はい。でも、マシナリーは風邪を引きませんよ?」
「いいから。ほら腕通して。」
「はい。」

スロットを自分の手でぺちんと閉じると、左腕をブラウスの袖に通して器用に服を着始める。
襟が曲がっているのもきちんと自分で直して、いつもの通りに両手を前に組むと、434はすっかり
元の434に戻った。

「ありがとうございます。フレデリカ様。」
「え?ああ、もうなんかゴメンね。やれって言ったり、やめろって言ったり。」
「いえ。ワタシは今とても嬉しいです。」
「何で?」
「同タイプで長期間利用して頂けるという事は、マシナリーとしてよい製品評価を頂けていると
 考える事ができますので」
「・・・」
「434型のワタシに、フレデリカ様が愛着を持って下さっているという事が」
「あ''~~やめてっ!かゆい!何かかゆい!そういうのやめやめ!」
「はい。」

今までに見たことのない屈託の無い笑顔で、434は私を見上げながらくすくすと笑った。
くっ、GRM社め。


                                                    fin

427:名無しオンライン
08/05/18 11:05:00.11 k3liM3YT
EXデバイス470で、きっと誰もが感じた葛藤をSSにしてみました。
連続投稿ゴメンなさいです。書きたいエピソードが貯まりに貯まっていたので…
あとエロスは程ほどにします。

428:名無しオンライン
08/05/18 11:29:59.27 zjABMUb/
>>426
あー、GRMあくどいなぁ。
豚鼻といいなんといい。

429:名無しオンライン
08/05/19 12:12:26.42 klgYMmux
440  「御主人の部屋にPSPがありました」
御主人「440…それは…」
440  「説明して下さい。例のあれですか?私よりネコの方がいいのですか?」
御主人「それは違うぞ440。PSPでもガーディアン支部が出来るのでその為だ」
440  「そうなのですか!それではいつでも御主人と一緒ですね!!」
御主人「… … …」
440  「…御主人?」

御主人のポケットから落ちる一枚の紙。
雑誌の切り抜きらしいそれには女性キャストの写真が写ってる。
幼い顔立ちに対して豊満な身体。
記事にはこう書かれていた。
『ヴィヴィアンはまだ生まれたてのキャスト。アナタがやさしく教え込んでね』

御主人「ち、違うぞ440!待て!そのショットをしまえ!あっあぁー!!」


PSP版デモを見てつい書いた。
PSP版は合成廃止らしいけどPMはどうなるのかな・・・?


430:名無しオンライン
08/05/19 22:11:54.23 xBgeLx5h
>429
そりゃあそんな写真と一文を目にしちゃあ440が神様だってそうするだろうさw
PMがでるかどうかは厳しいとこだね。合成もショップもなしじゃあ・・・
それでも俺は望みを捨てない!けどね。


ところで、遅まきながらEPX作者さんお疲れ様。
先程読み終わったとこなんで、せっかくだから感想の一つもかいてみるw

長いわりによみやすくて、自分的にはよかったと思う。
あと、うまく言えんけど構成のうまさ?みたいなのも感じられた。
欲を言えば、できればこの主従には幸せになってほしかったな。
作品に文句つけるわけじゃないけど、主人もパシリもがんばったわりに報われなくて、チョト寂しかったからw

それにしても、ここまで「萌え」のないパシリSSも新鮮だったな。
「燃え」は大いにあったけどw

431:名無しオンライン
08/05/20 01:39:43.07 ZI+QcYGN
ヴィヴィアンと410が一緒に映った画像があったとか聞いた気がするよ。確認してないが。
折角の育成システム廃棄するには惜しいし、むしろ武器のカスタマイズとかもできるようにならないかなと妄想している。
でもなぁ…名前だけで良いから引き継げるようにして欲しかった、な…

>>427
何か久々に純粋にほのぼのしたパシリSSを読んだ気がするよ。ちょっと幸せになった、乙!
でもそれでもなお地味に胸に刺さる話だな…w(マシナリー云々とか

432:名無しオンライン
08/05/20 03:35:24.68 p3ybCJUX
空気読まずに進行の遅い長編の続きを。
今回は登場人物の心理に凝りすぎたかもしれませんが。

ここにきてようやく戦乙女のGH432にある一つの変化を書くことができます。長かったなー

433:継承 II 君、死にたもうことなかれ(後編)1
08/05/20 03:36:34.45 p3ybCJUX
「何時間かまではもたせてやる。この程度ならばいかようにでもできる…その間に方法を考えてみせろ」
オンミョージさんは冷たい瞳でネイ・ファーストを睨め付け、踏みつけて動けなくしています。一歩間違えば殺しかねない雰囲気ではありますが、時間稼ぎに問題はなさそうです。
とはいったものの…毎度ながらまるっきり何も思いつかないんですよね。
ネイさん何か考えつかないですか?あなたが一番ネイ・ファーストのことを知っているはずですから。
「知らない!みんなを傷つけて、あんな人大嫌い!いなくなっちゃえばいいの!」
しかし、ネイさんはネイ・ファーストのほうを少し見やると、目をそらして吐き捨てるように言いました。ますます激高し、ネイ・ファーストも暴言を放ちます。
「言ってくれたな!私もおまえが大嫌いさ!人間の男なんかにこびへつらってぬくぬくと暮らして、さぞかし幸せだったろうねえ、反吐が出る!」
わたくしは靴に小石が入ったような違和感を感じました。なんでこの二人はそこまで憎み合うんでしょうか?
ネイさんに嫉妬するファーストのほうはともかくとして、ネイさんのほうもファーストを異常なくらい毛嫌いしています。
ネイさん…あなた、何を隠しているんですか?
聞いても、ネイさんは黙ってうつむくばかりでした。
謎を見て取ったわたくしに気づいてか、オンミョージさんがアドバイスしてくれました。
「ひとつ教えておいてやろう。いつの世も妖怪が最も恐れたのは人間だ。人間の精神ほど強大でありながら、移ろいやすくおぞましいものに変貌して牙をむく脅威はない」
そ、そんなに怖いものですか?主はそんな感じがしないので、わからないのですが。
「他人を見てではそうそうわかるものではない。お前自身の心に聞けばよかろう」
なるほど。パシリの意識は若干の違いはありますがヒューマンを模して作られているはずですね。

434:継承 II 君、死にたもうことなかれ(後編)2
08/05/20 03:38:02.69 p3ybCJUX
………
こめかみをぐりぐりしながら少し考えてみて、なんとなくわかりました。
わたくしは能力が中途半端で、打撃武器も射撃武器も合成成功率はいまひとつですし、
それなりに自信のある戦闘のほうも主が強すぎるので実際のところ足手まといでしかありません。
他にも髪の色が気に入らないとか、背が小さいのは不便だとか、もうちょっと胸を大きくしたいとか…
考えてみますと、自分に対しての不満というのはあげだすときりがないものです。
わたくしでさえそうなのですから、『見たくない自分』が他にいるネイさんの場合は…?
なるほど、そういうことですか…誰よりも自分の弱さや小ささを一番よく知っているのは、自分自身。
他人には隠せる秘密でも、自分を欺くことはできないのですから。

オンミョージさん、一つお願いがあります。少しの間ネイ・ファーストの束縛を解いてあげてくれませんか。
「…いいだろう」
片方の眉をつり上げながらですが、少し考えた末に承諾してくださいました。
オンミョージさんが下がると、体を縛っていた見えない糸が解除されてネイ・ファーストは飛び起きました。
わたくしはルビーバレットを放り出し、武装解除して彼女の前に立ちました。
シールドラインまで解除しているので、下手をすると本当にバラバラにされるでしょう、一か八かの賭けです。
「はっ、何をするのかと思えば、自殺願望でもあるのかい!失せなよ!」
ネイ・ファーストはわたくしを爪で切り刻みます。わたくしはその場から動かず、それを全部受けました。
服はずたずたにされてしまいましたが、傷は浅く致命傷には至りません。やはり、ネイ・ファーストにはまったく良心が残されていないわけではないのです。
攻撃をためらいましたね?本当は殺したいなんて思っていないんじゃないですか?
「うるさい!おまえなんかに私の気持ちがわかってたまるか!」
たじろいだ様子を見せて顔を真っ赤にしていますが、ネイ・ファーストはそれ以上手を出してこずに、わたくしを無視してネイさんのほうへ悪意を向けようとしました。

435:継承 II 君、死にたもうことなかれ(後編)3
08/05/20 03:39:07.78 p3ybCJUX
「おまえが自分のことをばらされるのが怖いなら、私が言ってやるよ。おまえは私が早く大人になりたい、みんなに受け入れられたいと思い描いた理想像。
私が人を殺したときに私から逃げ出したのさ。だから良心のほうがまさっている良い子ちゃんなんだよなぁ!」
苦々しい顔をして、ネイさんはファーストを睨みました。
「そうよ…そしてお兄ちゃんに拾われて、お兄ちゃんたちとだけだけど私は人として生きるようになった」
「そうさ!だから私はおまえが憎くてしょうがないのさ!実際おまえだけが人間どもに受け入れられ、おまえがいれば私はいらなくなったわけだからな!」
ネイ・ファーストはネイさんに対してだけは容赦ないようで、先ほどのわたくしへのそれとはうって変わって素早い動きでネイさんを狙いました。
「そこまでにするのだな。自分の行いを棚に上げて言うことか」
オンミョージさんのカットが入り、ネイ・ファーストは再び見えない糸で縛り付けられました。
落ち着いて話ができるようになったところで、わたくしは本題に入りました。
ネイさん…正直に言ってください。あなたは理想から生み出された。だから現実を消したくてしょうがないんじゃないですか?
そして、そうやって自分を受け入れられない弱さがことの発端なのではないですか?
ネイさんは震えながらわたくしを見ました。目が泳いで、そうとう動揺しています。
「…そうよ、私は現実の私、ファーストがひどく弱くて醜く見えるから決別したの…あんなの、私じゃない」
弱いことの何がいけないんですか、最初から成功ばかりの人なんていないんですよ。
「でも、でもファーストは、何回も失敗して研究者たちの怒りをかったから…」
憎くて怒るのとは違うでしょう?できないことをできるようになってほしいから、愛しているから叱るんですよ。どれだけ辛くても、そこから逃げるのはその人を裏切ることなんです。
「その通りだ。ネイ・ファーストは叱られるべき人物から逃げたから歪んだのだろう。そこからも逃げだし理想だけでできたお前は、ファースト以上に歪んだ存在ということだ」
「やめて!やめて!」
オンミョージさんの容赦ない言葉に、ネイさんはぎゅっと目をつぶって耳を掌でふさぎながら縮こまりました。

436:継承 II 君、死にたもうことなかれ(後編)4
08/05/20 03:41:24.38 p3ybCJUX
まるで小動物のようなネイさんに追い打ちをかけるのは残酷に思えましたが、わたくしも意を決して手を掴み、耳から引き剥がしました。
逃げないでください!いくら目をそらしたって、自分をやめることはできないんですよ!
自分で言った言葉のくせに、なぜかわたくしの胸も傷を抉られたときのようにずきずきと痛みます。目尻まで熱くなってきました。
「ファーストの…本当の私の手は、もう洗い落とせない罪で汚れてるの!こうするしかなかったのよ!仕方ないじゃない!」
「ばかーっ!!」
はじめての、頭に血が上るという体験。
わたくしはおもわず叫びながらネイさんの頬を平手でひっぱたいていました。
頬を押さえて唖然としたネイさんだけでなく、ネイ・ファーストやオンミョージさんまでもが驚きに目を見開きました。
「投げ出さないでください!ネイさんは人として生きたかったんでしょう?
人を信じないで、自分を押し殺して、お兄さんまで騙して生きるなんて、悲しすぎるじゃないですか…!」
制限されているがゆえに、人の心はパシリにはどうにもできません。わたくしは強い無力感にいらだちを感じていました。

そのとき、足下のルビーバレットが突然強い気配を放ちはじめました。
拾い上げてみると、ルビーバレットの部品の一つが脈打つように紅の光を放っています。
ルビーバレットは構造自体はグラール文明のハンドガンと大差ありませんが、一つだけ未解析の部品があります。
銃の存在自体は伝説に残っているのですが、内部構造までは記録にないのです。
ブラックボックスと呼ばれるそれに今まで何人もの人がアクセスを試みましたが、ことごとく失敗したため、ガーディアンズではそのまま使用されています。
しかし、今ならば。わたくしはブラックボックスに意識を集中しました。
惑星マリス…ノーザ星人…ジリオニウム…
知られることのなかったデータがいくつも記録されていました。
あるべきところへと魂を運ぶ力を秘めた、神が人に与えた銃。それが、分かたれた魂を一つにせよと叫んでいます。
新たな使い手を何千年も待ち続けた、このルビーバレットの真の名は…
『ジリオン』!
導かれるようにその名を口にした瞬間、何かがはじけ飛び、狼の遠吠えのような大響音を残して、赤い光弾が飛び出しました。
光弾は意志を持っているかのようにネイさんの胸に突き刺さり、ネイさんに当たったはずなのに、なぜかネイ・ファーストの背中から飛び出して行きました。

437:継承 II 君、死にたもうことなかれ(後編)5
08/05/20 03:42:31.24 p3ybCJUX
「私は、思い描く自分になれなかった。どれだけがんばってみても、私はみんなと同じにはなれなかった。
そのうち、もがく意味がわからなくなってきて、周りはみんな私を嫌っているように思えて、研究所の人間を殺して逃げて、
どこへ行ってもやっぱりみんな私が嫌いで、逃げて逃げて逃げて…」
「その悪意が自分自身の思いこみだとは思わないんですか。あなたが思うほど周りの人はあなたを嘲笑ったりなんてしませんよ」
「…どんなに取り繕ってみせたって、私は研究所の人間を皆殺しにした殺人鬼なんだ。
そのうえ、バイオモンスターまで量産して…誰かを憎んでいないと、からっぽで罪の意識しかない自分に耐えられなかった」
「罪を罪で上塗りして、楽になったんですか?」
「…」
「本当はわかっているんでしょう、あなたも人に愛されたい。でもそれができないからそんなことに逃避しているんだって」
「…」

「…怖かったの。謝っても許してもらえないんじゃないかって。
今あるお兄ちゃんとの幸せが、本当の私を知られたら全部壊れてしまうんじゃないかって」
「それでネイ・ファーストを一人で殺そうとしたんですか」
「自分一人で決着をつけるはずだった。知られるくらいならいっそ死んでしまいたかった」
「それがお兄さんを悲しませることになるとしても?」
「違う、私はお兄ちゃんが好き。悲しい顔なんてしてほしくない」
「それはとても利己的な考えです。自分が死んでお兄さんの悲しむ顔を見なければそれでいいんですか?違うでしょう」
「…」
「お兄さんのことを本当に思うのなら、約束してください。どんなに恥をさらすことになっても、生きてお兄さんにもう一度会うと」
「…」

438:継承 II 君、死にたもうことなかれ(後編)6
08/05/20 03:44:06.96 p3ybCJUX
ネイさんは起きあがると爪を外して、涙を浮かべながらおぼつかない足取りでファーストのほうへ歩いていきます。
「やめろ、来るな…おまえが私に優しくするな…!」
自分の肩を抱いて、ネイ・ファーストは戸惑いと怯えの眼差しをネイさんに向けます。
でも、ネイさんは本来の自分に腕を広げて歩み寄ると、優しく包み込みました。
「一緒にお兄ちゃんのところへ行こう、ネイ・ファースト…私も罪を償うから、そのままのあなたでいいから…
きっとユーシスお兄ちゃんたちならみんな受け入れてくれるよ」
「う、う…うわあああああああーん!!」
ネイさんに抱きしめられると、ネイ・ファーストはぼろぼろと大粒の涙をこぼして、泣きだしました。
自分を受け入れられたからとか、居場所ができたからとか、いろいろと思うことがありすぎて、
きっと自分でも何がなんだかわからなくなっているんだろうと思います。
涙まみれになって抱き合い、思いきり泣きじゃくってから二人はわたくしとオンミョージさんに何度も礼を言ってこの場を去りました。
オンミョージさんは、腕組みをしたままですが険しい表情を解いて、無言で二人を見送ってくれました。
「見逃してくれるのですね。オンミョージさん」
「もはや滅するまでもない。生きることが何よりの贖罪となろう…
ユーシスとやらがどのような者かは知らんが、一つでも支えができれば過ちは繰り返されまい。任務、完了だ」


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