08/07/28 16:17:18 ZQXl0jJD
>>326
私は40歳超えてから客観的に考えられるようになった。自覚って大事だね。
若い頃は復習したいと考えてた。それが生きる支えにもなっていた。
性格破綻者の父親は、私と体の弱い妹を気分しだいで殴り人格全否定してたくせに、私が
社会人になってからはお金をあてにしてきた。職場にも「父親です。娘がお世話になっております」
なんて外面よく訪ねて来ては金の無心。個人情報保護法なんて無い時代だったから、何度引越ししても
職場を変えてもすぐ見つかる。父が人生最大の敵だった。で、二人で泣きながら殺人計画を企てた。
私23歳のとき。実刑食らったって数年だ、どうせこのままじゃロクな人生じゃないと思ったし。
父に包丁を突きつけ、「いつまでもお前に殴られてた子供と思うな」と初めて怒鳴った。
実際は未遂に終わり、父は寄り付かなくなったけど、本当に殺せばよかったっと悔やんでいた。
復習したいというより、自分のミジメな記憶に決着をつけたかったな。
数年後父はガンを患い、反省どころか世間を恨みまくって寂しく死んだけど、見放してた私達は
以外にも泣いた。妹は「死体殴ってやる。唾吐いてやる!」って霊安室で騒いで爺さん医師を慄かせた。
父も虐待され辛い子供時代だった。貧乏で生きるのに精一杯で、虐待の事実や人の愛情なんて
気づく事もなく生きてきたのだろう。最後まで幸せを知らずに死んでいった父が憐れで泣いた。
現在妹は二人の男の子の母となり、幸せな家庭を築いて虐待の連鎖を断ち切った。もし私があのとき、
両手で握った包丁にもっと力を入れていたら・・妹の今の幸せは無かったかも。本当に復習なんて
しなくて良かったと心から思っている。自分はいまだ家庭には縁遠いけど。
私は、自分より憐れで弱い人間だった父に刃を向けた事が、最近になって罪悪感となっている。
所詮分かり合えない人だった。虚しいなあ。