08/04/18 02:51:05 NDk5/DK9
自分の状態を傍観できるようならこんなに悩まないよなぁ
自分を客観視できるような 「強い人間」 は、自分の生死を考えるまで、追い込まれたりはしないと思う。
弱い人間も、多くは希望を持っているんだと思う。それも、一度は想像したことがある希望だ。
でもそれは、とてつもなく繊細で、現実味がないものだ。
そんなものを実現できるのは、ほんのひとにぎりの人間なんだと思う。
まるでヒーローショーのように、ほとんど現実味のない夢、だ。
他人に触れられるとすぐに溶けてしまうような、氷のような心。そんなモロい心を皆持っているのかもしれない・・・
それを意識しないようにしても、弱い人間には、それはかなわないだろう。それが、『境目』なのだと思った。
希望を持ってるからこそ。それを失う怖さも持っている。だからこそ意識してしまう。
でも、だからこそ夢を抱けるんだと思う。プライドは捨てきれない。
夢のない人は、自分の力量を正確に見極めて納得できているのかもしれない。
でも、自分の才能に関する劣等感を感じずに、楽しいって思えることは、本当の才能の持ち主にしか与えられないであろうと思う。
そんなやつには、本当の人間を感じることは出来ないとも思う。
実際は、私の思い上がりで、自分の感情、もしくは本能に対する即席の弁論なのかもしれない。
じっくり考えたとき、段階的に意識を追っていった時、その意識に本能が劣っていると思った。
自分は、考えをまとめる事が出来ない。
その時、考え方を変えてみようと思った。
ヒトは自分に対して過剰な期待をかけてしまうのかもしれない。
少なくとも自分はそうだと思った。
こんな病気でなければお前らより、十分に強いんだ。そうだとしたら、それはなんと残酷な事実であろうか
そしてその実現しようのない希望を捨てきれないからまた考えてしまう。
弱いものは、辛いことをしないと優位にはたてない社会である。それがわかった。
強くないと、誇らしくは生きていけない。自分の理想を実現するには、とてつもない力がいる。
そしてそれが自分にはないということが、わかった。