08/06/01 13:48:42 sh65loK1
>>197
手間かけさせてすまぬ。
199:優しい名無しさん
08/06/01 16:20:14 hl6dlRa7
>>198
URLリンク(www.boxloader.net)
pass:0601
あまりスキャナー使ったことなくて、これでいいのかわかりません><
見にくかったらごめんなさい。
200:優しい名無しさん
08/06/01 20:04:50 uxTrAhFu
>>199
GJ!!
201:優しい名無しさん
08/06/01 21:22:39 hl6dlRa7
いつか、臨床的な有用性が証明されて、
鬱の患者さんにSSRIと共に瞑想が処方される日がくるといいですね。
202:優しい名無しさん
08/06/01 22:15:45 ByZJJ1x3
>>201
横からですが
サイエンス、楽しませてもらいました。
ありがとうございます。
203:優しい名無しさん
08/06/02 00:36:36 +tRWVwgL
>>202
どういたしまして。
瞑想と言うと、訝しげな顔をされる事も多いですよね。
宗教と言うと引いてしまう人にも科学は良いきっかけになりそう。
明日に日付が変わる頃までうpしておきます。
204:優しい名無しさん
08/06/02 02:04:02 gRuwzVSf
「気づきの瞑想」で得た苦しまない生き方 (単行本)
カンポン・トーンブンヌム
これはタイの障害者の人が、ヴィパッサナーで「観る自分」を得るまでの
簡単な自伝だけど、質問コーナーとかもあってよかった。
あと、この本は廃刊みたいだけど、
マインドフルネス・瞑想・坐禅・の脳科学と精神療法 (単行本)
>これらのデータから結論づけられることは、
>「止瞑想(サマタ瞑想)、観瞑想(ヴィパッサナー瞑想)、
>どちらの瞑想でも、継続的に行うことにより、脳の持続的変化が確認される」
>「年齢による脳の萎縮を瞑想で予防することが、ある程度可能である」といった
>明るい展望です。
だそうです。
禅と精神医学 (講談社学術文庫) (文庫) 平井 富雄 (著) も、読んでないけど定番。
ただ、仏教は瞑想だけで終わるものではなく、コスモロジーの一環として瞑想が
組み込まれているわけだから、医学的切り込みだけですべてを語ることはできないと思う。
密教なんかはかなり体系化されていて、瞑想法もヴィパッサナーの他にもさまざまなメソッドがある。
医学的な捉え方も一面として正しいけど、それだけで納得しちゃったり、それが
最大目的になってしまうと、かえって効果も少ないかもしれない。
205:優しい名無しさん
08/06/02 02:06:04 gRuwzVSf
といいながら、199頂いたが(ありがとうございます)、「あなたで12人目」だって、、、。
けっこうこのスレみてるんだね。
206:優しい名無しさん
08/06/03 20:51:10 gqqlKQCC
>>199ってもう削除しちゃった?
退院の日がもう一日早ければ・・・・
207:優しい名無しさん
08/06/06 21:05:03 w6msOGpM
禅はシータ波出るんだよね
奥がふかい
ヴィパッサナかなり効果あると思う
医者が認知行動療法ににてるって言ってたよ
208:優しい名無しさん
08/06/06 23:10:03 l0gPdW0M
>>207
ティク・ナット・ハンのあなたに平和が訪れる禅的生活のすすめ
と一緒にすると効果絶大だと思う。これもやってかなり良くなった。
209:優しい名無しさん
08/06/06 23:11:14 l0gPdW0M
ageるの忘れてたのでage
210:優しい名無しさん
08/06/08 18:32:40 vj7wRTwC
>あなたに平和が訪れる禅的生活のすすめ
自律訓練法そっくりな瞑想があったね。
仏教と健康っていうと、白隠の軟蘇の法も一時やってたけど、
持病の編頭痛はすぐに楽になり、体調も良くなった。
ヴィパッサナー的には観察するだけでいい、ってやり方なんだろうが、
痛さを嫌悪せず、単に流れていくイメージするだけでかなり効いた。
チベット密教にも全く同じ観想法があったな・・・
頭から薬の蜜をたらすという
211:優しい名無しさん
08/06/09 01:25:17 Wt5wL6sx
なんそ(字が出てこない)はやったことあるけど薬の蜜は初めて聞いた。
参考になるなぁ。
やっぱり鬱だと色々やるよね。
ヴィパッサナー的にはサマタなのかもね、なんそとか
212:優しい名無しさん
08/06/09 01:44:15 k8JUJNjY
軟蘇にしろヴィパッサナにしろ結果に期待しないでするのがいいんだろうね。
ヴィパッサナの本に、痛みを取り除こうと意識的努力をしてはいけない、
ただ意識するだけ。「客観的」に観る事が大事、と書いてあった。
マインドフルネスの本も「疑いながら気長にやるのが一番効果が出る」と書いてあった。
自律訓練法も、「心が落ち着いている」などを自己努力して感じようとしてはならない、
「昼間交差点にいるよりは落ち着いてるはず」くらいに考えていればいい。
重要なのは「受動的」注意集中だといわれる。
キリスト教だと、「イエスに全部任せる」ことで病気が全快したという例を本で読んだ。
これも、「執着(自己努力)」を手放す方法なんでしょう。
「執着の放棄」は、病気や痛みに限らず、諸事全般において言えることだと思う。
213:優しい名無しさん
08/06/09 03:22:14 0YuBGy02
「全てを神に委ねよ」って、何千年も前から言ってるのに誰も分かってくれないんだよね。w
214:優しい名無しさん
08/06/09 14:11:21 k8JUJNjY
共通点は、「客観的」「受動的」「自己放棄的」かな?
苦しみなどの感覚を、自己そのものではないというように観ると言うか、、。
物事がうまくいくコツは
「万事を尽くして天命を待つ」というけど、人間、苦痛をしっかりつかんでしまう。
「天命を待つ」ほうは難しいね、、、。
215:優しい名無しさん
08/06/09 20:30:59 Wt5wL6sx
鬱とかって何なんだろうね…
医学じゃけっこう無理かもね精神は
宗教が効いてしまったり
216:優しい名無しさん
08/06/10 00:30:13 e1akzHhg
医学と宗教って、もとはそんなに離れてないんじゃないかな。
古代ギリシャや中国の思想もそうだし、明確に分かれたのはきっと近代。
宗教は日常含めた全般の思想で、
精神医学(特に臨床心理学やプロセス思考心理学)は、
それを、人間の精神的病理回復や健康に役立つように特化したものって気がする。
心理学のほうで「クリエイティブ・イルネス」という言葉があって、病気を、人間成長の
一過程であり、必然的なものという風にとらえる概念がある。
ヴィパッサナーや瞑想で心が成長するなら、病の回復言い換えれば心の成長。
森田療法も、回復したあと神経症は成長のために必要だったっていう人も多いし・・・。
だから、今はつらいけど、俺やこのスレにいる人たちが病気になったのも、
成長に必要な過程なんだよ。と思いたい・・・。
217:優しい名無しさん
08/06/10 01:24:33 WpCDlJug
怪我をして動けないなら医学的に対処した方が良い。しかし異常はないが
太りすぎで動けないというのなら運動するなどして少し鍛えた方が良い。
これと考え方は同じと思っていいのではないか? つまり、時と場合によって
使い分けた方が良いということ。で、主に宗教的なことは心のトレーニングや
リハビリのように考えた方が良いのではないだろうか。トレーニングやリハビリを
するためには完全に健康である必要はないにしてもある程度は健康である
必要がある。健康な部分を拡大して行って、更に続けて鍛えて力を付ける
という感じだ。
218:優しい名無しさん
08/06/10 11:10:35 bnObravI
>217うん、だからテーラワーダとかではヴィパッサナやる前にサマタ(慈悲)である程度明るい精神状態にしてからっていうのが基本なんだよね。
ウォーミングアップっていうか。
目的を「メンヘラ回復」にするならヴィパッサナーよりサマタ瞑想の方が即効性はある、と。
重度メンヘラだと慈悲の瞑想多めにした方がいいかも…。
慈悲の瞑想いいよ~。
テーラワーダ…この人たちは大丈夫?って感じの人が多いけどね。
メンヘラというかカルト依存入ってる雰囲気があって、長老がお気の毒。
ていうかやっぱ2ちゃんのレスってレベル高いかもって思った。