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「私は生きている」鈴木順子さんの1年 ―尼崎JR脱線事故
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鈴木順子さんの母であるもも子さんは「この子は死なないんだ、この子は必ず生き返る」
と信じて不眠不休の看護を続けながらも、精神的にも肉体的にも疲れきっていたそうです。
そんなある日、たまたまラジオから村上和雄さんの「笑いが良い遺伝子のスイッチをONにする」の話を聞き、
ラジオ局を通じて村上さんに連絡を取ったそうです。
やがて、村上さんから激励のメッセージを添えた著書が送られ、これに勇気づけられたもも子さんは、
意識不明の娘さんに笑いかけながら献身的な看病を続けたそうです。
事故から約11ヶ月後、娘さんは奇跡的な回復を遂げて退院した後、
自宅でのリハビリが始まり、1週間目に使い慣れない左手で字を書き出したそうです。
そこにはミミズが這うような字で「ありがとう」と読み取れる字が書かれていたそうです。
その頼りない文字の形にお母さんはどれほど喜ばれたことでしょう。
「生命のスイッチON」を胸に、ひたむきに娘さんの回復を信じ、祈られたお母さんのお話でした。
立教171年7月13日号 天理時報より抜粋