08/01/28 16:05:09 RNpWEO5r
>>354
「いくらでも」というのは、あくまでも、「その方の能力の範囲内において」
という意味です。
疑いは凡夫の心の自然な働きですから、疑いは出てくる方が普通だと思います。
しかし、それをそのまま打ち捨てておくのはもったいないことです。
そのために、後念相続してゆくのですが、これは、「疑いが出てくること」も
自覚できますし、「それがもったいない」ことも自覚できます。
もちろん、それは全員ではありません。信後のすがたは、機によります。
大体の傾向をお話しています。