08/02/05 19:01:54 q7MNvh4M
>>572
謙虚もなにもないだろう?
散々批判しておいて、何を求める?
あなたのいう謙虚は、批判した挙げ句にお願いするのか?
それで応えてもらえると?
随分虫のいい話ではないか?
都合のわるいときだけ神頼みする人と変わらない。
574:神も仏も名無しさん
08/02/05 19:07:16 KLEKXwmp
もうわかったよ
殺されたケースだけはいかにあたはまらないか
おまえ自身が語ってるよ 病については饒舌に誰もお願いしてないのに
語りだした だが殺されたケースについては話題になってもごまかす
なら別の人が謙虚に最初から質問したら答えるんだな?
575:VOID
08/02/05 20:04:27 q7MNvh4M
「死」というのは、「躰を失うという現象」である。
それが起きるのは「当人と周りにとって必要な場合」に起きる。
躰は「現世(物質世界)を生き、体験し、学び、成長するために必要なもの」である。つまり、「人の本質にとっては道具である」ということだ。
道具ゆえにメインテナンスは必要だし、寿命もある。
死には「予定された死」と「予定外の死」が存在する。
「予定された死」とは、「その人が死を迎えることを予め決めてきたもの」だ。「予定外の死」とは、「その人が死を迎えることにより、周りの人が大いに学び、自覚することができる場合に起きるもの」だ。
どちらの場合でも、現世に於いては学びであることは間違いない。
では、死後の学びはどうなるか。
死とはそもそも、霊体と肉体と分離により起こる。
霊体とは、そのものが「光であり、愛である」が、分離されたばかりの霊体は、物質世界に暮らした多くの想念を抱えているため、そのままでは光の世界には入ることはできない。
そのために、霊体は「自己の人生を省みる」ことになる。
自分が行ったことを客観的に見たり、立場を変えて体験することになる。
このときの基準が「愛」である。
576:VOID
08/02/05 20:13:25 q7MNvh4M
>>575
省みることが学びだ。そこには情は入らないし、甘えも許されない。
自分自身と照らし合わせ、シビアに省みることになる。
これをキリスト教は「裁き」とよんでいる。
ただ、裁判のように第三者が裁くわけではないし、神が裁くわけでもない。
こうして、自己を省みた霊体は、次の課題を折り込んだ人生を計画し、次の誕生を待つことになる。
577:VOID
08/02/05 22:16:02 q7MNvh4M
次の人生を計画するとき、参考となるのが「今世」である。
今回、「学び残し」を残してしまった場合、確実に「次に持ち越す」ことになる。
そして、その持ち越しと、学べたものを更に一歩高度にした課題を折り込み人生を計画することになる。
我々が物質世界に降りてくるのは、「より高度な愛となるため」である。
ただ望まない霊体には強制はない。
しかし、「無限に愛であろうとする指向性を持つ霊体」である我々は、「現状に満足はできない」
だから、何れは物質世界を訪れることになる。
578:神も仏も名無しさん
08/02/05 22:29:40 RCxE2sBI
VOIDサマ
こんばんは。
ソウルメイトってどう思いますか?私は、生まれ変わって別の人と一緒になったり、同じ子供が授からないのなら、生まれ変わりたくはありません。
579:神も仏も名無しさん
08/02/06 00:31:32 0E7KMNCj
>こうして、自己を省みた霊体は、次の課題を折り込んだ人生を計画し、次の誕生を待つことになる。
俺の言った輪廻かよ 最初からそういえばいいものを 馬鹿ボイド乙
580:神も仏も名無しさん
08/02/06 00:36:12 0E7KMNCj
輪廻なんて保証もないものを信じて
自殺した人のニュースもあったな
また次の人生があるしと ボイドが信じるのは自由だがな じゃ
581:VOID
08/02/06 03:31:40 2p9TL0K2
>>578
生まれ変わりは、シチュエーションが変わることが多数あります。
親が子に、男性が女性に、子どもを授からない人生や、子供や自分自身に障害を持って産まれる人生など様々あるようです。
それは全てチャレンジですので、今望みがあるといっても、どのように計画するかは分かりません。
私も一部過去生の記憶もあり、それは「イタリアの売春婦の記憶」でした。
そして、過去生をもっと知りたいと思ったとき、メッセージをいただきました。
「過去生を知りたいなら、知らせることはできる。しかし、今知ることにより、お前は生きて行けなくなるだろう。それだけのことをしてきたのだ。
自らの欲のために、奪い、あるものを死に到らしめ、犯し、火を放ったのだ。
過去を封印し、思い出す必要を奪ったのは、必要ないからだ。過去は過去である。今ではない」
そう言われ、映像の一部を見せられました。
とたんに吐気と脂汗が流れるのを感じ、求めることをやめました。
どのようなシチュエーションであれ、「生き抜く事」に意義はあると思います。
ソウルメイトにこだわるなら、強く望んでください。必要ならそうなります
582:VOID
08/02/06 03:33:46 2p9TL0K2
>>580
予想通り。ご苦労様。
あなたは絡むしかないのです。
それがあなたの気づきを呼ぶ最短距離だ。
583:神も仏も名無しさん
08/02/06 03:39:58 nPjItEEe
VOID(慈風)は上から目線なのが笑える
輪廻なんて根拠のないことあてにして語るVOID(慈風)は
VOID(慈風)が批判するキリスト教と同じことじゃん(笑)
輪廻がなかったら責任とれるのかよ
584:神も仏も名無しさん
08/02/06 03:42:07 VVsaCEvr
輪廻なかったら今の自分を説明できない。
585:@@@@@@@@
08/02/06 03:52:05 tIs2Lmfa
VOIDへ
あなたは本当に赤ちゃんレベルの人生を送ってますね
一度 目玉をくりぬかれるなどの地獄を経験したほうがいいですよ
人間には耐えられず 自殺しかないほどの苦しみは存在します
一度 性器に針を刺してみなさい
一度 目玉に針を刺してみなさい
あなたが いままでどんだけ甘い赤ちゃんレベルの人生を送ってるから
わかりますから。。。
あなたは 弱い 人間ですよ
俺があなたを拷問にかければあなたは3秒以内に泣きまくり命ごいをします
許してごめんなさいとあなたは叫びます 絶対にっ!
あなたはイエスを裏切った弟子以下だよ
586:@@@@@@@@
08/02/06 04:01:11 tIs2Lmfa
お前がイエスのまねをできるはずがない
30秒の拷問も耐えられないやつが
イエスのまねをできるはずがない
弱虫のくせに
お前のような弱虫など拷問されればすぐに泣きを入れる
それがお前の正体
あなたはイエスを裏切った弟子以下だよ
587:@@@@@@@@
08/02/06 04:09:01 tIs2Lmfa
早く 性器に針を刺してよ
たった30秒だよ
できないの?
イエスは十字架にかかったんだよ
お前は30秒も我慢できないの?
俺は 自分の命をかけると言ってるのだよ
条件としては不満はないだろう?
逃げてばかり 口ばかり
口だけなら誰でもイエスのことを語れるわなwww
588:@@@@@@@@
08/02/06 04:37:53 tIs2Lmfa
痛覚のある お前には拷問を耐えることはできない
もしできたら 俺は自殺してやる
俺は 自分の命をかけると言ってる
ただで耐えろとは言ってない
俺の命と交換だ 言ってる
まだ 逃げるのかい?いつまで逃げるかい?
喧嘩もできないいじめられっこの弱虫のくせに イエスを語る資格はなし
589:VOID
08/02/06 06:55:27 2p9TL0K2
>>584
私も同じです。
浄土新宗の家系に産まれながら、私だけがキリスト教徒だということ。
そして過去、幾度かあった「守護」
さらに「気づき」
不思議な力を感じるときもあります。
内的成長は「一度の人生ではあまりにも短い」
それで全てを体験することはできない。
私は人の中に宇宙を見ます。
590:VOID
08/02/06 07:15:19 2p9TL0K2
輪廻は存在します。
目の前に展開する景色にそれは存在し、人の中でも輪廻はある。
細胞が生まれ変わり、古いものが死に、新しいものと入れ替わる。
これは春に桜が咲き、夏に日差しが緑を青くし、秋にそれらが色づき、冬には落ちて雪が降るのと同じ輪廻である。
目の前にあることすら信じられないで、何が精神世界だろうか?
死とは苦痛からの解放も意味する。
だが、それだけではない。意図した死は、予定されたものではない。
つまり「解くべき課題を残したまま、世を去る」ことを意味する。
これは「必ず解くべき時が来る」ことを示す。再び産まれ、再チャレンジすることになることを約束するものだ。
天寿は全うされるべき。学ぶべきを学び、予定された成長を遂げて、次があるなら備えるべきである。
591:神も仏も名無しさん
08/02/06 14:00:04 iYlIpXJ9
>>590
グルはいらないと思いますが、真理を識ることは必要でしょう。
実践は貴方が言われるように、日常だと思いますが・・
貴方が真理の書としておられる著書はありますか?
私が真理の書としているのは、
『神と人間』『霊性の開発』『聖書講義』五井昌久著 白光出版などです。
私はこれらの著書を読み進めるうちに五井昌久という人は真の霊覚者だと
直感したのです。だから、この人は真理を思い出させてくれる人だと思いました。
VOIDOさんの言われるように、人間の本質は神性だと思います。
著しく波動の違う肉体を纏って輪廻転生している間に、自ら業因縁を創ったのでしょう。
しかし、それは本物の自分ではないので有限であるので、神性の方に想いを向ける習慣を付ければ
業(闇)は、神の光に照らし出されて消えていく・・
そのことを識らずに生きている人間が多い。だから、グルは必要ないが、真理の書は必要だい思います。
592:VOID
08/02/06 14:47:02 2p9TL0K2
>>591
グル…ですか…。
必要ないですね。
個人に神が宿る以上、指導者は必要ない。
真理の書…ですか。私にとっては、今はありません。
聖書も嘘があることがわかってしまったし…。
いろんな本を読んでも、結局は「私がどう思うか?」だけだと思いますし。
真理は「当人が真理と思うことが真理」だと思います。
気づきに近いものはありますね、アランカルディックとか、飯田史彦とか。
ただ、どれも「違うな」と感じる点がある。
私の理解力不足かもしれませんが。
593:VOID
08/02/06 14:50:55 2p9TL0K2
それに、本との出会いも、人との出会いと変わらないと思うんです。
内的成長の度合いにより、出会いが異なると。
ですから、聖書が真理としていた時期もありましたが、今は違います。
「真理も嘘も共存している」
これが今です。
594:神も仏も名無しさん
08/02/06 22:45:43 hYrPcXhJ
>>581
正直なところ、私は輪廻についてはまだ信じ切れていない部分があります。でも、強く願えばきっとまた会える、そう思いながら死んでいけたら、きっと現世はとても幸せに終えることができるような気がします。
595:神も仏も名無しさん
08/02/06 23:12:18 hYrPcXhJ
デジャヴって、前世と関係ありますか?私は書道をするのですが、ずっと一般的な課題ばかりをしていたのに、初めて仮名文字に挑戦したときに、前に書いたような不思議な感覚があって、すらすらとかけました。習っていたわけでもないのに、昔から何故か筆文字が好きなんです。
596:VOID
08/02/06 23:20:35 2p9TL0K2
輪廻を信じようが信じまいが、「存在する事実」は変わりはありません。どちらでも構わないと思います。
デジャヴは確かに過去生に関連していますね。
ある場所が懐かしかったり、ある人が昔からの親友だったり…。様々ですね。
我々は一回、二回ではないんです。産まれてきたのは。
しかし、どれも過去。今ではありません。
囚われる必要はないと思います。
597:VOID
08/02/06 23:26:39 2p9TL0K2
輪廻は「単に繰り返し」ではないんです。
内的成長の度合いにより、見た目は変わらなくても、確実に変化しています。
もっと正確に言うなら、「そのものは変化しなくても、受け止める当人が変化しているために、二度と同じようには感じることはない」ということですが。
これは受け止め方の違いですから、どちらでも構わないと思います。
主体を自己に置くか、他に置くかと言うことですから。
私は後者ですが。
598:神も仏も名無しさん
08/02/06 23:49:10 hYrPcXhJ
私は、生きながらに人は、精神的な生死を体験しているような気がします。自分の人生を振り替えると、1年前と今と全然受け取り方が違うからです。これから先も、繰り返すことなく変わっていくと思います。これが今の私なりの輪廻転生の解釈です。
599:神も仏も名無しさん
08/02/07 00:06:55 DYFY77JE
ただ、色々な物質がこの世の中で循環され生まれ変わっているのに、魂だけが生まれ変われないとなると矛盾を感じます。でも、魂そのものに対しても、脳の伝達機能により作られたものじゃないかと思う部分があって、終了することに何の不思議も感じない自分もいます。
600:神も仏も名無しさん
08/02/07 00:15:28 DYFY77JE
VOIDサマ
私は貴方のお考えととてもよく似ているものを持っているのですが、一つだけ全く違うことを考えています。貴方の思う神と、私の思う神は違います。私は霊的なものは体験が無いので信じきれないのです。
601:神も仏も名無しさん
08/02/07 00:26:50 DYFY77JE
私は実はキリスト教徒でも仏教徒でもないのです。世間一般の神は信じていません。神とは自己の目のなか、他者の目のなかに存在しているように思います。只一人の万能の神を、私は未だ信じることはできません。でもVOIDサマのお考えは素晴らしいと思っております。
602:VOID
08/02/07 03:24:42 +88WvvCc
>>601
同じですよ。霊的体験は私は確かにありますが、元々人は霊体ですから、普段の体験が「霊的」と言えなくはありません。特別な体験があることが重要ではないと思います。
私が霊的体験をしたのは、絶望の中でした。当時の認識では、神の存在すら認めていなかったし、まして「人の本質が神」などという認識はありえませんでした。
ですから、別人格としての声が聞こえたのだと思います。
今は声は聞こえませんが、思いは浮かびます。
何かの決断を迫られたとき、私は思いを優先させます。
いまだに不思議でならないのは、「なぜ別人格としての声が聞こえたにも関わらず、神と人が別だという認識が崩れ去ったのか」ということです。
自然の流れの中で、私は自分自身を知りたくなったのです。
不思議です。
603:VOID
08/02/07 03:29:27 +88WvvCc
>>599
進化、進歩、変化と呼びます。
人の本質は死を迎えることはありません。ただ、新たな課題に挑戦できるだけの力を蓄えて、再び別の人生を歩もうとするとき、既に「進化、進歩、変化」という成長を確かに遂げているのです。
604:VOID
08/02/07 03:32:58 +88WvvCc
それに、特定の宗派宗教に属することが必要なのではありません。
宗教の目的は「本質に目覚める」ことですから、何もしなくても目覚めている方が一番素晴らしいのだと思います。
どの道、離れることになりますから。
605:宮本伝太夫 ◆Bmen.GrGzA
08/02/07 14:52:17 +8r6VFJJ
イエス・キリストが弟子達に伝え忘れた事。
それは、すべてのものが神様の御霊で出来ている事。
すべての人が神様の子であること。
すべてのものが神様の愛で満たされていること。
そしてすべてのものは争ってはならぬ事
すべてのものは競い合ってはならぬ事。
これだけの事をイエス・キリストは弟子達に伝え忘れているのです。
606:VOID
08/02/07 14:53:39 +88WvvCc
>>605
伝えていますよ。
あなたが気付かないだけです
607:宮本伝太夫 ◆Bmen.GrGzA
08/02/07 15:59:48 +8r6VFJJ
>>606
そうですか
イエス・キリストの教えの中にありますか(^_^)/
それに気づかなかった私が愚かでした。
608:神も仏も名無しさん
08/02/07 23:23:29 DYFY77JE
VOIDサマ
同じこと、なのかもしれませんね。私ももう一人の自分に導かれてここまでたどり着きました。とても懐かしい、疑いを知らない心です。いつも私の心の波を沈めてくれます。
609:神も仏も名無しさん
08/02/07 23:26:14 DYFY77JE
私はイエスサマが大好きです。彼は本当に世界の為に、自分の為に、十字架に架けられたのだと思います。他者の為の利益が自分の為になる、それを身を持って実践されたのだと思います。私も何があってもそういう人間であることが人生の目標です。
610:VOID
08/02/08 03:44:22 MU0Lkk2A
それは…同意はできません。
人のためではなく、彼は彼自身の信念に殉じたのだと思います。
御心を知れば、受け入れないわけにはいかないからです。
我々も自らのためにいきるべきです。
611:VOID
08/02/08 05:40:53 MU0Lkk2A
人の為に尽すことは、義務ではありません。
むしろ嫌々やる方が問題があります。
御心を受け入れるとき、素直でなけれはいけません。自分がやろうと思うことをやり、やるまいと思うことはやらない。
御心が間違うことはありません。
612:宮本伝太夫 ◆Bmen.GrGzA
08/02/08 06:36:26 /VrviNO1
神が天地創造主一人だけならば天地を創造していないものは偽神、つまり悪魔。
偽神の走りはヤハウエーとロゴスで彼らは神(cumi)が創った天地の中で生まれただけ。
そしてヤハウエーがロゴスで創ったとされる宇宙はヤハウエーが天地の中にロゴスを横たえただけ。
偽神の第二世代があまてらす達であまてらすや、おおくにぬし、いざなぎ、いざなみ達、
日本神話の神々も神(cumi)が創った天地の中で勝手に生まれて勝手に神と名乗っただけ。
偽神の第三世代がゼウス達ギリシャ神話の神々達で、彼らは天にある神の木という場所の出身。
ゼウス、ヘラ、ニケ、アフロディーテ、ビーナス、アポロン、ネプチューン、ハデス、エロス、
彼らも神(cumi)の創った天地の中の生まれで、彼らもまた自然発生して自分達で神と名乗った偽神達。
第三世代の偽神以降は偽神は発生していない。
この中で一番許せないのが、おおくにぬしのみことで、おおくにぬしのみことは、
勝手に神と名乗っただけでなくて、勝手に天主と名乗り、彼に従わない者には、
厳罰を与えて天地を支配した悪魔。
支配は自由を奪う悪魔の行い。
神の名はcumi(神)だけで神(cumi)は女だけです。
613:VOID
08/02/08 09:00:31 MU0Lkk2A
>>612
神は「私が神である」とはいいません。
もし名乗る神にであったなら、それは疑わしい。
なぜかわかりますか?
全ては神が許し、与えた力により「神の子である人がつくったもの」だからだ。
これが神、あれが神と言えば、それ以外は神でないことになる。
創造神はそんなことはしない。
特定できない「全てである」から神なのだ。
だから「イエスだけを神とはできない」
するのは勝手だが。
614:神も仏も名無しさん
08/02/08 13:07:16 9jTAXUkB
>>613
VOIDOさんの言わんとされていること、解るような気がします。
私は毎日の実践において、神のみ心に波長を合わせることが必要だと思いますが
VOIDOさんは具体的にはどのようにしておられますか?
言葉で説明するのは難しいとは思いますが・・・
615:VOID
08/02/08 14:06:45 MU0Lkk2A
>>614
私にとって「神」は「私と別の存在」ではありません。
確かに自覚を始めた当初、「神は別の存在」でした。だからこそ「声が聞え、存在を実感できた」と思います。
その時の認識は、「当時はそれで構わなかった」と思います。
ところが、その存在は「決して名乗りません」
自分が神であるとも、どんなに問うても答えないのです。
そして「名を持たない存在」であることに気付いたのです。
名を持つことは、「それ以外は彼ではない」ことを示します。それができないからこそ、「名乗れなかった」のです。
それと、もう一つ気付いたのは「彼は私だ」ということ。
私自身だから、名乗る必要はないのです。名乗れば、私は益々彼と離れることを知っていたのでしょう。名乗れば私は間違いなく「彼と私は別」という認識を深めていったと思います。
616:VOID
08/02/08 14:13:16 MU0Lkk2A
>>614
それに気付いた私は「統一」を求めるようになりました。
今は統一されつつあるといったところでしょうか。
ですから、思いをはせる必要を感じません。
617:ほんじゃらげ
08/02/08 23:34:41 5czyWi4W
ヴォイド氏よ、スレ落ち着いてきたねえ。
593 :VOID:2008/02/06(水) 14:50:55 ID:2p9TL0K2
それに、本との出会いも、人との出会いと変わらないと思うんです。
内的成長の度合いにより、出会いが異なると。
ですから、聖書が真理としていた時期もありましたが、今は違います。
「真理も嘘も共存している」
これが今です。
まあ、断言的過ぎる所が変わらないですね。
1、聖書そのもの。
2、聖書の解釈する人間。
この二つの次元の考察もあるんですけどね、、
聖書の解釈ですら、
1、聖書の文字そのものを完全なものとして、意味が完成している物としての解釈。
2、聖書の文字は完全に理解されないモノとして、譬えとして意味としの解釈。
キリスト教においてすら、二つの解釈があるわけで、
ヴォイド氏は、1の解釈を前提として論じているのでしょ?
618:VOID
08/02/09 03:26:10 5FrkaaJP
>>617
どちらも違います。異なるという意味ですが。
まず、完全なものは、物質として存在はできません。
不完全だからこそ物質として存在できるのだと思います。
前途したように、あらゆる物質には「+」「-」が存在します。ゆえに聖書も例外なく「+」「-」が存在するわけです。
ナイフの使い方を誤れば、人を傷付けるのと同じです。
現に聖書だけが完璧として、他を排除する人がいますが、なぜ「完璧である聖書に習いながら、他を排除する必要があるのか?」私には理解できません。
さらに、明らかな嘘の記述もあります。ですから、私は聖書は完璧とは思いません。
しかし、真実を読み解くには十分な資料だと思っています。
今更ですが、なぜイエスが「教えを記さなかったか」がわかります。
意思をもってそうしなかったか、あるいはできなかったか、何れにせよ「それを理解できなかった者が聖書を作成した」のだと思います。
619:神も仏も名無しさん
08/02/10 00:22:23 DEl55YgJ
>>610
VOIDサマ。私が言いたかったのは、人の為=自分の為 と思える心をお持ちだったと言うことです。義務でも嫌々でもありません。それだと偽善になってしまいます。私は、自分のなかのこの心に気付き、色々なことを考えるようになりました。
620:神も仏も名無しさん
08/02/10 00:29:16 DEl55YgJ
身近な例えだと、私は愛する人が心穏やかな、幸せそうな顔をしていると、私自身もとても幸せになります。人の幸せが自分の幸せなのです。笑顔を見る為に、何かをしたいと思います。そしてその相手が、愛する人以外でも同じ感覚を受けます。
621:神も仏も名無しさん
08/02/10 00:35:26 DEl55YgJ
ナイチンゲールの愛に似たような感覚です。イエスサマの愛も同じ種類の物だと私は解釈しています。自分が十字架に架けられることで教えが広まると予想されていたのではないでしょうか。そしてそれが人類の為であり、自分の為だと思われた。
622:神も仏も名無しさん
08/02/10 00:43:52 DEl55YgJ
解釈は、人それぞれ違いますよね。色んな人の考えを知り、視野を広げていきたいです。
因みに、私が今まで参考にしてきた書籍は主に子供の絵本です。心を育てるのに大切なことが沢山詰まっていると感じました。
623:VOID
08/02/10 03:21:02 SFcD60cZ
確かに解釈は様々です。
結局は当人しかわからない。
ただ、聖書の弟子たちとのやりとり、彼の言動から推察するには、「直弟子でさえ、教えを理解していない」ことを知っていたと思います。
624:VOID
08/02/10 03:32:17 SFcD60cZ
他人とは、「自己を知る上での相対的存在」であると考えています。
つまり「自=他」なんですね。
だからこそ他人の行いにより「自己を省みたり、気付いたり、感情が乱れたり」するのだと思います。
イエスはそれもご存じでした。
そして彼は「神が人の内に在ること、体が本質ではないこと」も知っていました。
だから「生きることに執着をしなかった」のだと思います。
命ごいをすることも、メシアでないことを言うこともできた。
しかししなかったのは、本質を理解していたからに他なりません。
625:神も仏も名無しさん
08/02/10 14:19:16 DEl55YgJ
私の解釈です。
イエスサマが命乞いをすれば、聖書は存在しなかったと思います。教えを理解していたかどうかは関係なく、イエスサマは弟子たちの人間性を信じていたのだと思います。人間だから、裏切ることもある。でもその後どう行動するか、わかっていたのだと思います。
626:VOID
08/02/10 14:51:53 SFcD60cZ
>>625
聖書が書かれたのは、イエスの没後、何十年もたってからでした。
それも彼や彼の使徒達が書いたものではなく、複数の聖書作家が作成した「イエス物語」を合作として発表したのが聖書です。
イエス自身の成したことは、恐らく人伝に伝えられるしか方法がなかったため、「伝説的」に成らざるをえなかったのだと思われます。
それと聖書を聖典とする過程に於いて、「都合の悪い箇所については加筆、訂正、削除されている」事実があります。
つまり、当初から今の形ではなかった。
627:神も仏も名無しさん
08/02/10 14:58:41 DEl55YgJ
知っています。どういう経緯をとったとしても、伝わることが大事だったと思います。私は、聖書は大事なことをちゃんと伝えていると思います。聖書以外にもそう感じるものは沢山あります。世の中は愛で溢れています。それが見えるか見えないかの問題だと思います。
628:神も仏も名無しさん
08/02/10 15:09:53 DEl55YgJ
今、私は愛を感じていますが、ずっとその状態が続くわけではありません。きっとまた疑いの心にとらわれてしまいます。とても不完全な人間です。聖書を伝えてきた方々も人間です。不完全で当たり前だと思います。それに嘘は、真実を語ることがあります。
629:VOID
08/02/10 17:00:19 SFcD60cZ
>>628
嘘は真実のためにあり、真実は実践のためにある。
我々一人一人の自覚が、確実にその実を結ぶとき、真の愛の無限を知ることになるだろう。
630:ほんじゃらげ
08/02/10 23:37:56 RWIz6A24
618 :VOIDさんへ、
あと、ヴォイドさんは聖書のヨハネの福音書17章がご存知でなさそうですね。
キリスト教徒のほとんどが自覚が無いんです、秘密を解こうとしないです。
ヴォイドさんですら、表現できていない世界があるんですけどね。
631:ほんじゃらげ
08/02/10 23:43:10 RWIz6A24
あと、キリスト教解釈、評価がヴォイドさんは、キリスト教以外を認めないキリスト教徒と同じぐらいに、
単一的解釈になっていませんか?
いつも感じるんですけど。
パターンは
1、単一的解釈キリスト教徒、
2、奇跡の要素のみを知るキリスト教徒、
3、ヨハネ福音書17章の世界を知るキリスト教徒、
ヴォイドさんは、1のパターンのキリスト教徒に偏って断言してますよ。
2パターンのキリスト教徒は想定してないですよね、
3パターンは気づいているキリスト教徒が居るかどうか自体が保障できない。
632:神も仏も名無しさん
08/02/10 23:45:38 0c0Yi3nS
メンヘル板にいけば今すぐ死にたい人がいるよ。
このスレから飛び出して一言やさしい言葉をかけてやれば?
愛の実践
633:ほんじゃらげ
08/02/10 23:45:55 RWIz6A24
2パターンのキリスト教徒は結構多いですよ、
それを、1、単一的解釈キリスト教徒的解釈して転落してしまうのですが。
ヴォイドさんはロジカル過ぎるんですよ。
キリスト教はそもそも、奇跡要素重視なんですから。
この時点で、ヴォイドさん的ロジカル解釈に走りすぎているんですよ。
634:VOID
08/02/11 11:15:18 M8IfRWvL
>>633
奇跡とは、何をもって奇跡とするか。
非日常を体験すると、神を認識できると思うなら、日常にも神は体験できる。
ヨハネの17は明らかな嘘であると断言できる。
彼の祈りは「誰かに見せたわけじゃない。
にもかかわらず、あれほど詳細にわかるためには、現場に共にいなければならない。
実際にはそれは無理であるし、それを詳細に書いているなら、それは「後に追加されたか、想像の粋をでない」
さらに、聖書作家については、「目的」なくしては物語の作成はできない。
つまり「聖書作家自身の信仰、先入観が色濃く反映されている可能性」は否定はできない。
それを頭から真理として鵜呑みにすることは、危険であるとともに、「当初予定されていされていた体験を先入観により遠ざける可能性を秘めている」
635:VOID
08/02/11 14:37:21 M8IfRWvL
まだまだだ…。
地元に久々に来ましたが、辛すぎる。
昔の記憶が蘇って、それを許していない自分がいる。
親、兄弟、親戚、友人を裏切ってきた。
本当に申し訳ない。
自分を許すことは難しい。
636:ほんじゃらげ
08/02/11 15:04:56 GAtu/wNz
ヴォイドさんは、相変わらず、
他者に「それは一つの考え」を言いながら、
聖書解釈の多様性を認めず、
ヴォイドさんの一つの考え(聖書の唯一解釈)に見事に縛られていますね。
それほど、多様的認識がヴォイドさんには怖いのですか??
何か、他者の、多様の感触に対する異常な怯えと防御意識が見られるのですが。
過去の対人関係の出来事、記憶に異様にしばられていませんかね??
637:ほんじゃらげ
08/02/11 15:08:33 GAtu/wNz
>ヨハネの17は明らかな嘘であると断言できる。
>さらに、聖書作家については、「目的」なくしては物語の作成はできない。
つまり「聖書作家自身の信仰、先入観が色濃く反映されている可能性」は否定はできない。
>それを頭から真理として鵜呑みにすることは、危険であるとともに、「当初予定されていされていた体験を先入観により遠ざける可能性を秘めている」
これらのヴォイドさんの書き込み内容は、
ヴォイドさんの一つの考え(聖書の唯一解釈)でしか、ありませんよね??
自己観察をもう少しされた方がイイですね。
他者の指摘に脅えすぎですね。
638:ほんじゃらげ
08/02/11 15:11:56 GAtu/wNz
ヴォイドさんが、他者に、「それは一つの考え」というのと同じ事を、
ヴォイドさんは無自覚の内になされていますよね。
結局、ヴォイドさんの批判する、キリスト教徒像とヴォイドさんと何ら変わりが無いのでは無いでしょうか??
何の為に、キリスト教徒に指摘しているんでしょうか??
639:VOID
08/02/11 17:13:44 M8IfRWvL
あのね、なぜ多様性を認めていないと判断できるのですか?
私が言っているのは、確かに「一つの考え方です」
しかしそれは、あなたも同じであることに気付いていますか?
他を判断する、できるということはそういうことです。
確かに私は「キリスト教に対してもの申す」風に見えますね。
しかしね、それは真実ではない。
私は「個人の信仰はどうでもいい」と思っています。それは自由だ。
だが、それで「相手を決めつけたり、根拠もなく判断することは愛ではない」
だからその点に関してものをいうのです。
クリスチャンだけが救われるなんてありえないし、それが真実であることは「嘘」です。これは「優越」といって、他を差別する想念です。
表現するなら「クリスチャン[も]救われる」です。
640:VOID
08/02/11 17:38:35 M8IfRWvL
それにねぇ…、「認めない」ということと「認める」ということは、同じなんですよ。
なぜかと言えば、「相手がいる、相手の考えがあるから、否定も肯定も存在できる」んですよ。
異なるのは「表現だけ」
相手の存在は消えたりしない。
それがわからないとね、感情の虜になる。だから相手を罵ったりするんですよ。
641:神も仏も名無しさん
08/02/11 17:44:03 6GhQKWxu
ボイドは多様性を認められるほど心が広くないのがよくわかった・・
たとえ自分と違う意見があったとしてもだな、それはモアベターを提示するところから
議論というのは始まるわけで、あんたは、まったくそれが出来ていない、にも関わらず
復習の怨念を晴らすがごとく感情に任せて罵倒をはじめる。
はっきりいってあんたはここでコミニケーションとるのは無理だよ。
そのままいってもますます最悪になるだけだ。
642:VOID
08/02/11 18:06:57 M8IfRWvL
相手のことだけを考えたら、「モノを言うことはできない」
自分の考えがあるということは、「他の考えがある」ということである。
否定も肯定も意味はない。真実は「在る」である。
643:VOID
08/02/11 19:10:40 M8IfRWvL
イエスも相当頑固ですよ。
信念を貫くということは、そういうことです。
644:神も仏も名無しさん
08/02/11 19:54:26 6GhQKWxu
>>642
少しは血の通った発想をしろw
645:ほんじゃらげ
08/02/12 15:31:40 mi/zi/op
ヨハネの福音書17章を読まずに判定するねえ、
まあ、孤立から出れないヴォイドさんには、読む気が出ないのは想像出来うるけどね、
余りにも結論の出し方が速い、
それは、ヴォイドさん自身の心の闇を自覚出来ていないのだろう。
結論と断定の速過ぎるのは、他者の思想を吟味する余裕が無い、他者の思想を恐れすぎているからだ。
こちらは、キリスト教信仰のパターンを631で、3パターンを提示するのだが、
ヴォイドさんは、何かを脅えてか、
結論と断定が早く、単一回答してきますよね。
646:ほんじゃらげ
08/02/12 15:35:33 mi/zi/op
>クリスチャンだけが救われるなんてありえないし、それが真実であることは「嘘」です。これは「優越」といって、他を差別する想念です。
表現するなら「クリスチャン[も]救われる」です。
の意見のアンチテーゼ、その意見の同意を含めて、
ヨハネの福音書17章を提示したのですが。
吟味せずして単一的、断定、結論が速く出すぎるのは何故でしょうか??
深層心理の深い心の闇、情動が、それをヴォイドさんにさせているのではないでしょうかね??
647:ほんじゃらげ
08/02/12 15:39:15 mi/zi/op
ヨハネの福音書17章を提示は、自己と他者との深い関係性を示しているので、あえて提示したのですが。
その提示に反して、孤立的反応されるんですね。
何かに脅えているのですか??
648:VOID
08/02/12 19:27:07 LRFRc/Pz
>>647
ちがいますよ、それはね。
他者はいない。
それはイエスの言葉のはしはしに見える。
では、事実だとして、祈りの内容を「誰がみていたのですか?」
彼は祈りに入る前に、弟子立ちに「ここで祈りなさい」といい、弟子たちから離れたのですよ。
にも関わらず、祈りの内容が詳細にわかるのは、どうしてですか?
イエスが話したとでも?
それとも大声で祈ったのでしょうか?
あなたはあなたの解釈が正しいのでしょうが、それは「あなたにとっての正解」でしかない。
それは私の理解している内容とは異なる。
これ以上、主張するのは無益です。
649:VOID
08/02/12 19:35:42 LRFRc/Pz
本来は知り得ない内容がきこえてくるのは、空想や創造、推察のたぐいが入り込んでいることを示します。
言葉に囚われ、全てを真実として受け止めることは、私にはできない。
前途したように「真理は形あるものではありえない」言い換えるなら「これも真理だ」
真理とは「自らが真理として受け止めた場合のみ、その人にとっての真理となる」
しかし、それは共通ではない。
650:ほんじゃらげ
08/02/15 15:21:22 ysjTEBku
飛車、角抜き将棋で相手しているが、スレタイの内容での対話。
ヴォイドさんは相変わらず自分の世界で暴走しますね。
まず相手の思考を正確に受け、吟味する所から始めるべきですね。
正確に認識を放棄している時点で、「真理」と言われても。
ただ、ヴォイドさんが、「真理」という言葉を使っているいるだけで、内容が無いですね。
651:ほんじゃらげ:
08/02/15 16:07:38 ysjTEBku
ヴォイドさんは、他者との関係性の貧しさを感じた事が無いのでしょうか?
または、意図的に他者との関係性の貧しさを感じ自覚する所を無意識的に避けていませんか?
それと、ヴォイドさんは、どこかで、
ヴォイドさんを尊敬してくれる他者と対話の物語だけをご自身の中で、想定していませんか?
結論と断定する速さ、を感じます。
それと、他者との関係性の貧しさをヴォイドさんに極端に見受けられますし、
空想だろうが、ナンだろうが、他者との関係性の豊かさを聖書に見る事ができます。
もう少し、他者との関係性について、自己観察された方がイイと思いますが。
652:VOID
08/02/15 18:30:31 qRJiggCT
>>651
他者との関係性を不便と感じたり、欠乏を感じたりはしません。
なぜなら他者は「私にとっての鏡であり、私の未熟を指摘する師であるからです」
ただ、これはあくまで「自覚に基づいたもの」であって、他者の指摘にはよりません。
つまり、「私は私の内に在る存在と同一であるために、それ以外の言葉を聞く意思を持ちません」
私に対して様々な意見をお持ちのようですが、なぜそう思うかを見極めた方がよろしいかと思います。
653:神も仏も名無しさん
08/02/15 19:52:45 jhQHA8qg
>>652
そうだろうね、他者との関係性持つという感性が欠損しているボイド選手だもんな。
もてないのが当たり前の世界。
既に不幸を不幸と思えなくなってしまった感性は他者や社会への不信感が積もりに積もったもの。
人に対して心を開くなんてとてもじゃないが出来ないボイド選手でもある。
ボイド選手・・・殻を破るのだ・・・
654:ろりぽっぷ ◆epMrs1963.
08/02/15 21:46:33 FP8hCLJL
テンプレなんだけど
>>様々な価値観を認めること、特定の思想を排除しないことを信条としますので、共感出来ない方の参加はご遠慮ください。
「様々な価値観を認めること、特定の思想を排除しない」のが、「信条」だったら、
「共感できない」というのも、「排除しない」に相当する「特定の思想」の一つである訳で、
それを「ご遠慮ください」と「排除」するのは、そもそも日本語として、おかしいんじゃないの?
素朴な疑問だけど。
655:VOID
08/02/15 21:51:10 qRJiggCT
>>653
あなたには殻が見えるか。
656:VOID
08/02/16 06:38:09 isCFfRfE
>>653
そもそも「他者」とは何か?
自己以外の別の者か?
もしそういう認識ならば、確かに私には希薄である。
正確には「意図して希薄にしてきた」
私の認識の中で他者とは、「単に自己以外の存在ではなく、自己の投影された姿であり、すなわち鏡である」
つまり、「自己~他者」ではなく、「自己~自己」の関係でしかない。
これは私にとってそうだというだけでなく、全ての人にとってそうだということである。
657:神も仏も名無しさん
08/02/16 07:18:31 RCtULRUn
>>656
あのさ、他者が鏡だなんだと体裁の良いこと言っているが、
要は影響されやすい弱い人間だってことだな。
はっきり言って信念に生きられない人間には魅力ないよ。
世の中に合わせて生きてきた迎合人間ボイド選手・・・自分を取り戻せw
658:VOID
08/02/16 07:21:17 isCFfRfE
>>657
あなたの認識が全てか?
それは「私と同じ」だ。
皆同様である。
なぜなら「私しかいないからだ」
なぜ自分を取り戻す必要があるのか?自分しかいないというのに。
659:神も仏も名無しさん
08/02/16 07:28:28 RCtULRUn
>>654
ボイド選手のカキコは、すべて有名無実だと言っても決して過言ではないw
目の前で困っている人がいても、100パーセント手を差し伸べることはしない、出来ない、、
最低なことに、それを必死に正当化するからなw痛いよw
660:神も仏も名無しさん
08/02/16 07:39:32 RCtULRUn
>>658
自分しか居ないって・・・何言っているのだ?
親兄弟、友人・知人・同僚・家族・伴侶はどうしたんだ?
それとも、訳の分からないうちにプチッと湧いて出てきたと言うのかね?
ボイド選手は、壁にぶち当たれば、何の努力もせず、変えようともせず
受け入れることしか出来ないイン歩なんだな。
つか、底辺で妥協するな、もっと構築しろつーのw
661:VOID
08/02/16 07:43:51 isCFfRfE
>>659
自己を助けるのは自己である。
662:VOID
08/02/16 07:46:54 isCFfRfE
>>660
理解ができないから、批判するか?
意味無い行為だ。
好きなように語るしかない。それも道だ。
663:神も仏も名無しさん
08/02/16 07:47:56 RCtULRUn
>>658
それ読み返したがアホクサ!アキレタ!アカン!
そんなアンタに誰がした!!・・・ってかw
それは、アンタ自身なんだがね、、
664:VOID
08/02/16 07:50:30 isCFfRfE
>>663
そう思うなら見なければよい。
批評するしかできない愚者に何がわかるのか?
665:神も仏も名無しさん
08/02/16 07:53:16 RCtULRUn
>>662
なんの理解を欲しているのか知らんけど、
ボイド選手の行為、行動、反応に意見を呈しているだけだぞw
666:VOID
08/02/16 08:02:43 isCFfRfE
内的成長を遂げずに、理解できる内容など無い。
物質世界は「愛を知り、実践し、成長するため」のものであって、それ以外にはない。
他者も同様であって、互いに「当人~鏡」の関係でしかない。全てが「私の姿」であり、それを「別のもの」として批判することはできるが、本来それは「自由ではなく傲慢である」
667:VOID
08/02/16 08:03:56 isCFfRfE
>>665
好きなように語るといい。
そうするしかない。
668:神も仏も名無しさん
08/02/16 08:22:40 RCtULRUn
>>666
人間の能力や愛情は成長するにあたり育まれるもの、
専門的な知識以外はほぼ理解できる構造になっておるのだよ。
国家百年の大計を立てるわけでもなし、日ごろの視点、観点、心の在りようが
如実にでるのが行動、言動なんだがね。
今時、社会生活を離れての悟り?などクソの役に立たないどころか
屁のツッパリにもならんよ。
669:VOID
08/02/16 08:36:40 isCFfRfE
>>668
誰が物質世界から離れているのか?
物質世界を離れて自覚はできない。
そもそも物質世界は「人の内面の表れ」である。
人が何かを欲するとき、内面に変化が現れる。それが実体化したものが物質であり、現象である。
つまり、内面の変化こそが重要なのだ。
ところが、人は物質や現象を「視覚により捉える」
このために、それらに囚われてしまいがちになる。それを「自分自身とは見ずに、他のものと認識してしまう」のだ。
これは当初の認識としては間違いではない。しかし、内的成長を遂げるとき、それが全てではないことを理解することになる。
670:神も仏も名無しさん
08/02/16 09:10:43 RCtULRUn
>>669
そういうこと、
ボイド選手は早く内部変革を起こして、血の通った全うな人間になりなさい。
また様子見に来るから、それまで五穀豊穣を祈っていなさい。
671:神も仏も名無しさん
08/02/16 09:58:29 iu5UZZ8M
>>670
オマエってやさしいなw
672:ほんじゃらげ
08/02/18 14:55:11 et41+1yZ
ヴォイドさんの思考回路の延長線上で、論破してもかまわないが、他者との関係の貧しさをね、
でも、スレタイに合わせて、論ずる方がおもろいんでな。
ヴォイドさんの人間関係が貧しいレベルだと、まだ、イエスを云々言うレベルじゃないね。
まちこあたりと、50っぽ100歩だね。
ま、他者関係を想定できない宗教を批判できるレベルにはあるけどね。
673:VOID
08/02/19 19:18:36 KpZF+2eW
>>672
相手にならん。
役不足
674:A
08/02/19 23:40:29 ja8xujLb
傲慢ヴォイドちゃんの、断言ショー!!
自己観察するのが怖いヴォイド選手かな。
675:A
08/02/20 23:50:04 GeQQpoeG
voido選手を聖書的に捉えてみよう。
旧約聖書の創世記から、
キリスト教神学的に行ってみよう。
祖先の人間は禁断の果実を食い、その後その子孫、カインとアベルの兄弟殺しの話への流れだが、
これを、比喩的に捉えてみよう。(まちこ派は、言語そのままに信じるらしいが。)
カインとアベルの兄弟殺しは何故起きたか、一方が神より選ばれるべき特別な存在だと思い上がった為である。
神に選ばれないという一方への恨みであるが、
それは、キリスト教神学的には、祖先の人間は禁断の果実を食った為だとしているが、
キリスト教は凡人向けの宗教として、心理学的に比喩的に説明していると考えると、
人間は過去の出来事に蓄積されるし、尊敬されたいという幻想と、神に選ばれた特別な存在と幻想を見る、
ヴォイド選手において、過去の出来事により、記憶の蓄積により、尊敬されたいという幻想と、神に選ばれた特別な存在と幻想を見ているのだと。
676:神も仏も名無しさん
08/02/21 00:43:45 BjimhSUl
>>675
が、とか、し、とかでつなぎすぎて一文章で意味が一貫していないし、主語と述語の関係が見当たらない。
下手な文章の典型だな。
677:神も仏も名無しさん
08/02/23 09:40:23 Jin2x4hO
引用聖句が250節を超える場合は、リンゴに新改訳聖書使用料が発生しますので申請書の提出をお願いします。
新改訳聖書著作権管理事務局
新改訳聖書著作権管理事務局
〒160-0016 東京都新宿区信濃町6
いのちのことば社内
電話 03-3353-9340
ファクス 03-5367-5160
Eメール shinkaiyaku@wlpm.or.jp
さあ、みんなでリンゴを通報しよう!
678:VOID
08/02/23 16:41:54 fq+K1d05
>>677
協力はできない。
679:神も仏も名無しさん
08/02/25 15:10:38 e9CUZVES
≫678
あの、スレの人たち(特にスレ住人)は、カスみたいなもんですよ。
まともに相手しても損ですよ!
それは神が明らかにして、全て公にしたことです。つまらない人達ですよ。
バカバカしい、自分にいらだたしいよ。まったく。
680:箱入り娘
08/02/25 22:27:14 HIe9c6Cb
どうかね?ボイド選手、
刀折れ矢は尽き、万策も尽き果てただろう、
いつでも私の胸に飛び込んでくるがよいぞ
681:VOID
08/02/25 23:26:46 /V0X1q+R
>>679
それは「自分を貶める言葉」ですよ。
使わないほうがいい。
個人で信仰することには何の問題もありません。その点に於いての彼等の言動も問題ないと思います。
ただ、それ以外の意見、思想に対する振る舞いはいただけない。宗教者としてだけでなく、人間としても失格です。
一つの視点以外を認めないことも論外。それを押し付けることもしかりです。
682:神も仏も名無しさん
08/02/25 23:27:18 XJ5MGFqd
なるほど。悟っちゃったワケだ。
あと3年ってとこだね。
683:VOID
08/02/25 23:27:43 /V0X1q+R
>>680
お断りします。
684:宮本伝太夫 ◆Bmen.GrGzA
08/02/27 03:16:24 KYjeZtXX
神とは天地のすべて。光、闇、空気、土、水のすべてが神。
神には目鼻口喉手足胴という体が無い。
神には体が無いから神の行ないを補助するのに天使たちがいる。
堕天使論、堕墜論を作ったのは神と名乗る悪魔。
彼の支配の邪魔になる天使たちを堕天使として天から地に追放し続けてきた。
本当の堕天使など存在しない。
彼らは今でも神の天使達です。
天使達の役割は神に変わって世の中を平和に導く事。
でも神と名乗り天地の支配だけを目的としている悪魔を倒さない限りは
神の世に平和は来ません。
すべてのもの達は神の一部なのです。
神と名乗り天地の支配を目的としている悪魔を倒しましょう。
支配とは、命令、かしづけ、従えが支配です。
神と名乗りこれらの行ないをしたものは悪魔として滅ぼしてしまいなさい。
すべてが神なのですから命令は不要です。
神の命令には絶対に服従という絶対命令を作った、
おおくにぬしのみことが神と名乗る悪魔です。
これからは天地の運営は天地の80%以上の有効投票のうち
80%以上の賛同のあった事柄を行なうようにしていきます。
これを天地の大多数決主義といいます。
天地のすべてが神だから神の意思を決めるのに大多数決主義を取り入れるのです。
まず最初に神と名乗り天地に命令をくだし天地を支配してきた、
神と名乗る悪魔を滅ぼすべきかどうかを大多数決主義にかけましょう。
次に天地を創ったのが神ですから天地を創ってもいないのに神と名乗って支配してきた、
偽神たち、すなわち悪魔達を滅ぼすべきかどうかを大多数決主義にかけましょう。
みなさん、それぞれの気持ちを念じてください。集計を取ります。
685:宮本伝太夫 ◆Bmen.GrGzA
08/02/27 07:20:27 KYjeZtXX
神様の大多数決で過去から無効票は投票総数に入れない
大多数決主義を取り入れて天地を運営していく事になりました。
その結果素晴らしい世界が開けたそうです。
過去から現在に至るまで徐々に改善されて行きますので、
すべてが救われるのも、そう時間はかかりません。
未来はすべてが神となる世界、神代です。