08/04/27 20:16:30 1UO10Tkm0
包茎手術が存在する以上、包茎という問題は一人一人が考える必要がある。
悩むことからすぐに用意された手術へと移さないで欲しい。
手術を受けた直後から何かおかしいと感じ反応していた。
包茎で悩むということから一気に直感的な恐れへと変わったのである。
今思えば、悩むことや恥ずかしいと思うことがどれだけ素晴らしいことか分かる。
それこそが自分を感じ、成長しようとしている証ではないか。
失ってみて初めて、様々なことが長い年月をかけて分かった。
無理に亀頭を出すこと、包皮を切除すること、縫うこと、どれをとっても体には不自然
であり体調を崩すことにつながりやすい。
体は活動している。調子が良い時もあれば悪い時もある。性器だって当然一定ではない。
支えるもの守るものを切除した結果、体の流れをきちっと受け止めることができず、また
一方ではきつく固定されがんじがらめになり、それが体全体の活動を停止しようとしている。
包茎で悩んでいる人は、どうか手術する前に色んな荒波にぶつかって生きて欲しい。
私はいろんな人や出来事に出会っていく中で、包茎手術の無意味さ、その簡単さが
命取りになること、それでいて決して簡単ではないことを痛感した。
手術の成功・失敗は関係ないのだ。手術そのものが問題なのである。
初めは包茎手術がなぜ問題にならないか不思議でならなかった。
手術までは手軽だが、手術後の人間がその後どう感じどう生きていくか
医師は知らないのだ。
私は、この手術が先走ってる状況を食い止めたいのだ。
私と同じ失敗をして欲しくないのだ。
私は、生まれもった性器で、体で生き抜く人達の姿が見たい。