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何百万年の原始時代のころから、男と女には仕事の役割分担があり
男は、狩りに行って食料を調達する、女は近くの人との調和をはかりながら
木の実を採ったり、自分たちの子供を育てる。
人間はこのような生活が長い間続いたため、さまざまな違いを持つようになった。
例えば、男の場合は獲物を狩るために自分と獲物の距離と、自分の持つ
スピードを駆使して空間能力が発達した。それに対して、女は自分の子供が
何か訴えているとき、その微妙な表情により、何を訴えているのか判断できるようになった。
また男は、獲物を待って、何時間も自問自答を繰り返し、効果的な方法で獲物をしとめようと
工夫するのに対し、女はコミュニケーションを大切にしてよりよい生活環境を築こうとした。
だから、問題が起きたとき、男は何時間もひとつのことを無言で考えて
解決策を模索することができるのに対し、女は誰かとコミュニケーションをはかり
口に出して解決しようとする。
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女は客観的に物事を見ることを好まない。
また論理的に物事を見ることも苦手とする。
たいへん素晴らしい能力である。
子供を育てる上においては。
客観的に見てどうか、ではなく自分がどう感じるかという主観、感情で
論理ではなくただ子供がかわいいという感情、愛情で、子育てをする。
大事なことだろう。子供を育てる際の、母性というのはこういう女性の接し方を言うのだろう。
ただ、社会は逆だ。
お前がどう感じるかより、客観的に見てどうなのか。数字は?データは?
人を説得させるのも、事実を論理的に並べる必要がある。
女性は理解を好まず、共感を好むという言い方もされる。
社会という雑多な人間と生きていくには、共感という特定の相手としか通用しないコミュニケーションは
はっきり言って無用である。
万人が好き嫌い関係なく理解できるある種数学的な論理、理論と云うコミュニケーションが必要だ。