07/11/10 08:35:47 F4Lq7Fgr
私の母は病気がちで、病院通いもあり、家事もおろそかで料理もあまり手間をかけられなかっ
た。高校に通っていた頃、私は母の作るお弁当が、友達のきれいなお弁当に比べて質素でセンス
もなく、何よりへたくそでとても恥ずかしく思っていた。だからお弁当は、学校の焼却炉に捨て
るのが毎朝の日課になっていたんだ。
そんなある朝、母が嬉しそうに「○○の好きな海老、入れといたよ」とお弁当を手渡してくれ
た。その笑顔は、幼い頃ギュッと私を抱きしめてくれる母の胸の中で見た、あの笑顔だった。
しかし私は、母の気持ちを受け止めることなく、生返事で受け取り、いつものように焼却炉に
向かったんだ。お弁当を開けると、そこには母が得意とする海老天が二つ、ご飯の横に並んでい
た。箸で衣を破ると、殻剥きもしっかり出来ていないし、生っぽいし、それに他のおかずも無く
、食べる気は起こらなかった。
家に帰ると、母は待っていたように出迎え、早速お弁当の感想を求めてきた。私は答えもしな
いで自分の部屋に向かったが、しつこく「今日の弁当どうだった?おいしかった?」と聞くので、
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから!」と、日ごろの鬱憤も交えてき
つく言ってしまった。母は一瞬とても驚いた顔をし、すぐに悲しそうに「お母さん下手だから…
ゴメンネ…」と半べそかいて呟いた。
それきり、母はお弁当を作らなくなった。
そんなことがあってから半年ほどだったか、その母が倒れ、そのまま逝ってしまった。私の知ら
ない病気だった。葬式も終え母の遺品の整理をはじめると、父が一冊のノートを見つけ私にくれ
た。「片付けはいいから読め」と言って、私を部屋から押し出した。
それは母のお弁当日記だった。本当に、お弁当のことばかりが書かれていたんだ。
日記はあの日で終わっていた。
「今日の弁当は海老天。あの子の大好物だから、きっと喜んでくれると思う」
その最後に、「手が思うように動かない。上手に出来なかったけど…」と、やっと読める字で書
かれていた。
生き甲斐だったんだ…私のために一生懸命作ってくれていたんだ…
どうして食べてあげなかったんだろう、どうして「おいしかった」と言ってあげなかったんだろう…
その日は後悔と自分の情けなさで涙が止まらなかった。