07/10/05 12:26:18 iGfgFYBf
あと、「子供が何か悪いことをしているのを改めさせるのが躾」という考え方の場合、
あくまで「子供に、悪い事とは何か理解させる」ということが前提になってるわけだけど、
その考え方だと、知的障害者で、悪い事とは先々も永遠に何か理解できない子供には、
躾は不可能だってことになるよね?
(実際、そういう考えで、知的障害児に躾をしない親も多そうだけど)
だけど実際は、躾というのはそういうものじゃない。
とりあえずルールを守って行動する、ということができさえすれば良いんだよ。
理解も納得も必要ない。
知的障害児でも、理解していなくても、かたちとしてルールを守った行動ができれば
親がいなくなっても生きていけるよ。
知的に正常な子の場合は、押し付けられた親にルールの模倣、それへの批判、という
過程を経ることによって、自力でルールを再構成する知能を身に付けることが出来る。
延々と述べた「正しい大人への過程」ってやつね。
あるルールについて、それがなぜ正しいのかとかの理解したり納得できたりするように
子供を教えるのは、むしろ躾じゃなくて教育の分野だ、というと分かり易いのかな。
教育する以前に躾があって、形としてルールを守れるようになってから、ゆっくり
仕組みを理解する、という段階の方が、子供にとっても受け入れ易いやり方だと思うよ。
かたちとしてルールを守る、ということをマスターする前にいきなり子供の理解に余る
教育を押し付けるのは、むしろ子供のストレスにもなるし、理解できるようになるまで
ルールを守るということ自体もきちんと身に付かないとすると、子供が猿状態から
人間の子供になれるまで、かなりの時間がかかってしまうことになる。
それって社会の迷惑な気もする。