06/11/27 01:46:14 nOtQV4pY
>>303
すいません。禿が抜けてましたね。『愚禿鸞』はあっても『愚釈親鸞』は聞いた事もないですね。
恩師竹中先生が語られていたのですが、『寺の僧侶』『道場坊主』と。
『坊主』は一時期差別用語だったらしいですね。つまり在家身分のままで死に関わるという事で。
無戒名字の比丘。
多分、このスレッド等での問題の根本はこの辺りの誤解から生じている事が多いと感じます。
同時に『僧侶』幻想ですね。『聖なる者』への幻想。
確か、暇人さんは何処かの掲示板で「親鸞の肉食妻帯には積極的な意味合いがあった」
みたいな事を書いてあったと勝手に記憶しているのですが、その辺の問題もあるのかな。
私は個人的に『日本の保守化』の中で復活しつつある『聖なる存在への幻想』を問題視しているので、
このスレッドにも、ごく一部の「煽り」だけでない方々の書き込みは注目しています。