18/05/01 18:31:24.52 aaX3W2lf0.net BE:264660287-2BP(1000)
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先生は、最近モンゴルを訪問した際に、モンゴル政府の高官と面談する機会があり、その際、日本はモンゴルに対し相当な経済支援をしているが、
それに対してモンゴル政府からはあまり評価とか感謝の言葉を聞いたことがないことを、そのモンゴルの高官に指摘した。
それに対し、モンゴルの高官の回答は、それは日本の意思で行われたものでないから感謝するに及ばないと、バシッと言われてしまったとのこと。
どういうことか、その高官にその意味を質し、又自分でも経緯を調べてみたところ、どうも、以下のような経緯があったことが判明した。
当時、モンゴルはソ連崩壊により、自国の存続の危機を迎え、困り果てた。モスクワの示唆もあって、米国に泣きついた。
多分、モスクワとワシントンの話し合いが背景にあったのではないか。当時はパパ・ブッシュが大統領で、なんとかするから安心しろということで、ベーカー国務長官と電話したのが海部首相。
当時の日本の首相、海部俊樹はプッシュホンならぬブッシュホンとの陰口があった。海部首相は国賓としてモンゴルを訪問。
そして、日本政府がモンゴルに対する経済援助を開始した。したがって、この経済援助は、日本が主体的にしたものではなく、
米国の依頼により日本がしたもので、米国には感謝するが、日本に感謝する筋合いはない、
ということであった(もしくは、感謝はしているが、日本から恩着せがましく言われる筋合いはないということかもしれないが)。
これにはたと気づいた、先生。何かというと、もしかしたら、日本の対中経済援助のこれと同様ではないか?
だとすれば、中国は日本の経済支援に対し積極的に評価せず、感謝している感じがしないのもまだ理解できる。
これは、モンゴルの事例からの全くの先生の類推(エビデンスはない)であるが、中国が米国の対ソ牽制優先の親中派に経済援助を依頼し、受けた米側は大平首相に依頼したのではないか。
とすれば、中国は米国に感謝するが、日本には感謝しない、というモンゴルと同じ発想は十分ありうる話。
なお、先生は、状況証拠から見て確度は相当高いと見ていると。
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