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第二次世界大戦における連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は5000万~8000万人とされる。
8500万人とする統計もある。当時の世界の人口の2.5%以上が被害者となった。また、これらには飢饉や病気の被害者数も含まれる。
民間人の被害者数:3800万~5500万(飢饉病気によるものは1300万~2000万)。
軍人の被害者数:2200万~2500万。捕虜としての死者数も含む。
近年、ソ連崩壊以降のロシアの再調査で、ソ連が自国の被害者数を誇張していたことがわかっているが、
再調査でも2660万であり依然第二次世界大戦最大である。
日本政府は1963(昭和38年)5月14日の閣議決定「戦没者追悼式の実施に関する件」において「戦没者」について「支那事変以降の戦争による死没者(軍人・軍属及び準軍属のほか、
外地において非命にたおれた者、内地における戦災死没者等をも含む者とする。)」であると決定し、戦没者の数を約310万人としている。
民間人の犠牲
R. J. Rummelは日本軍による民衆殺戮によって総計5,424,000人が犠牲となった
(内訳:中国人3,695,000、インドシナ人457,000、朝鮮人378,000、インドネシア人375,000、
マレー・シンガポール人283,000、フィリピン人 119,000,ビルマ人 60,000、太平洋諸島57,000人)としている。
ヴェルナー・グリュール(Werner Gruhl)は日本軍による民間人犠牲者は総計20,365,000人
(内訳:中国人12,392,000、インドシナ150万、朝鮮人50万、オランダ領東インド300万、
マレーシンガポール10万、フィリピン50万、ビルマ17万、東南アジアでの強制労働7万、非アジア人の抑留民間人3万、チィモール人6万、タイと太平洋諸島6万)。
チャルマーズ・ジョンソンは、フィリピン人、英領マレー人、ベトナム人、カンボジア人、インドネシア人、ビルマ人の3000万人が日本軍の犠牲となり、華僑は2300万人が日本軍の犠牲になったとした。
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