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(前略)
でも、その後、井上ひさしさんには「すみませんでした」と謝罪した。会うたびに謝っている。
死ぬ迄、謝罪し続けるつもりだ。「確かに、何度も何度も脅迫したよ。でも、徹底的に論破されたんだよ。ウィキペディアにもそれは出てるんじゃないの」と訊いたら、「出てる、出てる」と言う。
「返り討ちにあったのか。なさけねー」と馬鹿にされた。
「ナンバー・ディスプレイ」がまだ無かったから出来たんだよな、ああいう脅迫電話は。今だったら、すぐに逮捕されてしまう。あの頃(20年ほど前だったと思うけど)は、そんな「新兵器」はないから、
「嫌がらせ電話」「脅迫電話」はかけ放題だった。
「爆弾」や「犯行声明」は、さすがに逆探知されるから公衆電話を使ったが、「嫌がらせ」位は相手も警察に届けない。
それにこっちが電話するのは天皇の悪口を言う左翼だ。左翼は「反権力」だから、警察に泣きついたりしないだろう。
そう思ってやった。それに自分たちは「嫌がらせ電話」とも「脅迫電話」とも思っていない。
「国賊」どもに対する「正義の抗議運動」だし、「鉄槌」だと思っている。だから、どんなに大きな声で脅そうと、何十回も続けざまにかけようとも、「正義」「当然」の行為だと思っていた。
実際、「不敬な」作家や評論家たちに電話すると、皆、震え上がる。「すみません」「分かりました」と、ビビりまくっている。
それが面白くて、図に乗ってやった。逃げるネズミを追いかけ回していたぶる猫のようだ。
「よし、次は井上ひさしだ。こいつも不敬な発言をしている。許せない」と、仲間の一人が電話をかける。最初は「この野郎! 馬鹿野郎!」と怒鳴っているが、そのうち、口ごもる。
そして、「ウルセー!」と言って切っちゃった。次の男が替わるが、途中から黙り込む。そして、「今、忙しいから。じゃ又」と言って切る。何、言ってんだよ、こいつは。
それに、別に忙しくねえだろう。「不敬な奴を脅すのがお前の仕事だろうが」と言ったら、「じゃ、鈴木さん、替わってくださいよ」と言う。
だらしがない奴らだ、と思って電話をかけた。井上が出た。逃げない。「あっ、右翼の方ですか。毎日、運動ご苦労さんです」と言う。拍子抜けした。そして、とんでもない事を言う。
「私も天皇さんは好きですし、この国を愛しているつもりです。その証拠に、歴代の天皇さんの名前も全部言えますし、教育勅語も暗誦してます。
右翼の人は当然、皆、言えますよね。あっ、ちょうどよかった。今、言ってみますから、間違っていたら直してください。どっちからやりましょうか。
歴代の天皇さんの名前から言いましょうか。えーと、神武、綏靖……」とやる。黙って僕も電話を切った。
完敗だ。そうか、井上は歴代天皇の名前も教育勅語も暗誦させられた世代だ。こっちは知らない。
悔しいが、どうしようもない。「じゃ、お前やれよ」と残った仲間に言ったが、「とても敵いません、ダメです」「嫌ですよ」と皆、逃げる。
それから数日して、「よし、もう一回やろう」と思い立った。「でも井上ひさしには敵わないよ」。「だから、奴がいない時を狙ってやる。女房や子供を脅す。本人が出たら切ればいい」
よし、復讐戦だ、と意気込んだ。都合よく、奥さんが出た。「あっ、右翼の方ですね。毎日、運動ご苦労さんです」と言う。
調子が狂う。「今の世の中で自分の思想を訴え、貫くなんて大変ですよね。立派ですよね」と言う。「だから私、前からとても興味を持ってたんです。一日中、街宣車で走ってるんですか。
それで、朝は何時頃、起きるんですか。朝食は何を食べるんですか。パンや牛乳は毛唐のものだから絶対に食べないんですよね」……と、矢継ぎ早に質問する。
参った。「ウルセー、今、忙しいんだ」と脅迫者の方から電話を切った。次の男も質問攻めに辟易し、電話を切る。「お前やれ」「やだよ」と、皆、逃げ回る。
惨敗だった。それでもう脅迫電話は一切、やめた。
鈴木邦男の愛国問答 - 第42回|マガジン9
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