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告発者に対する解雇や減給などの無効を定めた同法が制定されるきっかけを作った人物といわれるのが、トナミ運輸元社員の串岡弘昭氏(71)である。
壮絶な“会社員人生”を送った同氏に、現在の「保護制度」はどう映るのか─。
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トナミ運輸岐阜営業所に勤めていた1974年、私は業者間の闇カルテルの問題をメディアに告発しました。
私が情報提供者だとわかると、会社は富山の研修所への異動を命じ、それから30年以上、草むしりやストーブへの給油、雪下ろしなどの雑用だけが私の仕事になりました。
【1974年8月1日の読売新聞で、東海道路線連盟(東京―大阪間に路線を持つ運送会社50社)の加盟社による、違法な闇カルテルの存在が報じられた。
同紙に情報提供したのが串岡氏だ。
それ以降、仕事が雑用だけになり、手取り18万円のまま昇給もなくなった串岡氏は2002年、会社を相手取って損害賠償と謝罪を求める訴訟を起こす。
2005年、会社側に1356万円の支払いを命じる判決が下され、串岡氏は係長に昇進。2006年、同社を定年退職した】
不正な割増運賃の是正を上司や役員に何度も直訴したが、無視されたので闇カルテルについては読売新聞と公正取引委員会に告発しました。
〈50社ヤミ協定か 東海道路線トラック〉という見出しで記事になった2日後、親しくしていた名古屋支店長に力を貸してもらおうと、
自分が情報提供者であることを話した。そこから私の人生は“暗転”します。
支店長は会社の上層部に報告し、私が人事部に呼び出されたのは1か月後のことです。
富山の研修所に異動になり、机だけがぽつんと置かれた3畳ほどの部屋が“仕事場”になった。職場の懇親会や忘年会にも私だけ呼ばれない。辞めさせようとしたんでしょう。
家族からも、もう辞めたらどうかといわれて悩みもしましたが、辞めるべきは自分ではないという信念があったので、いずれ裁判をやろうと決めていた。
2人の子供が大学を卒業した55歳の時に、裁判を起こしました。ちょうど雪印食品の牛肉偽装問題とタイミングが重なり、
その年の流行語大賞で「内部告発」がベスト10に入り、授賞式にも呼ばれました。
そして2006年4月には、公益通報者保護法が施行されました。法が制定され、告発者に対する世間の目線が「裏切り者」から「勇気を持った人」という印象に変わったとは思います。
しかし、法律の中身を見れば、事実上の“内部告発者規制法”でしかない。
現行法では告発者が保護を受けるための条件が厳しすぎるのです。
たとえば外部への通報を行なう場合、「まずは社内で通報し、20日以内に『調査を行なう』といった返事がない」ことなどが保護を受ける条件になります。
つまり、会社側が時間稼ぎで「調査する」といえば、メディアなどへの告発はできなくなる。こんな足かせばかりの法律では、不正の告発を困難にするだけ。
しかもこの法律には罰則規定が設けられていない。あくまで民事ルールとして定められたもので、違反した企業に刑罰や行政処分は下されません。
内部告発者が不利益を被った場合、裁判を起こして争わないといけないわけです。
米国の公務員を守るホイッスルブロワー法は通報者への一切の報復的人事を禁じていますが、日本でそういった法制度はありません。
今でも、日本は「内部告発者が守ってもらえない国」です。告発にあたっては、私のように“人生を奪われるリスク”を覚悟しなければならないのです。
※週刊ポスト2017年8月4日号
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