25/06/14 04:29:56.22 0.net
意識を取り扱うにあたって、チャーマーズは自らに3つの
制約を課した。
第一は、まともに取り組め、ということである。意識の存在を
著者(チャーマーズ)は証明することが出来ないという。それを
証明するのは意識には馴染まない。それ程、よく知られている
からである。「議論はテーブルの叩き合いに終始する」のが
落ちだが、問題があるとした時、そこから何が引き出されるかを
探究したいとチャーマーズは言う
第二は、科学にまともに取り組むことである。現代科学に何らか
の異議申し立てをするのは、たとえばペンローズの立場であるが、
本書はそのようなものではない。しかし、「意識は物理用語で
説明出来る」という仄めかしには断固反対する。ついでながら、
ペンローズは意識を理解する鍵は、量子論と一般相対性理論の
折り合いをつける理論にあると示唆しているが、そのようなことは
意識の説明をもたらさないとチャーマーズは主張する。
そして、第三に意識はそれにもかかわらず、「自然法則の支配下で
起こる自然現象」と考える。だから、その法則は全然異なる種類の
法則かもしれないのだ
以下>>2移行に続く
cf.「意識する心―脳と精神の根本理論を求めて」
デイビッド・ジョン・チャーマーズ
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