21/05/15 10:55:32.22 CAP_USER.net
(写真)
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▲ キム・スヨン西洋画家
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壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に日本に連行された朝鮮の官人カン・ハン(姜沆=1567~1618)は、日本の地にで朝鮮の民が捕虜として捕らわれて苦難と涙で歳月を送っているのを見るに耐得られず、このような詩を書いた。
■ 看羊録(カンヤンロク)■ 歌=ちょーヨンピル
異国の地 三更(子の刻)には毎晩冷たい霜が降り
両親がため息をつく 残月だよ
心は風と共に故郷に行くのに
先塋(先祖の墓)の裏山の雑草は誰がむしり取るのか
オヤ オヤ オヤ オ~ オオオ オヤ オ~ オヤ オ
オヤ オヤ オヤ オ~ オオオ オヤ オ~~ オ
血の涙で一行一行看羊録を書くと
あなたが書いた意味 海になって空に届くのではないにか
オヤ オヤ オヤ オ~ オオオ オヤ オ~ オヤ オ
オヤ オヤ オヤ オ~ オオオ オヤ オ~~ オ
カン・ハンが過ごしていた日本の村には、朝鮮の捕虜たちが明け方になると悲しく泣く声が月明りに漂い、胸が張り裂ける血の涙が流れたという。彼は捕虜として歳月を送り、後日なんとか帰国するが壬辰倭乱の捕虜として敵国に捕まった自分を責め、新たに赴任する官職を断った朝鮮の本物の官人だ。
日本は近くの隣人としてで過ごすより、我々を侵略して飲み込もうという野望を暇々にあらわにしてきた。挙句の果てに日本が第二次世界大戦に敗れてマッカーサー将軍と終戦降伏交渉をしながら、済州島(チェヂュド)と黒山島(フクサンド)まで日本の領土にしてほしいという破廉恥な行動を見せたほどだ。
日本。倭の国が犯したこの地に対する血生臭い暴挙は宣祖(ソンヂョ)の義州(ウィヂュ)蒙塵、忠州(チュンヂュ)弾琴台(タングムデ)の悲劇、明成皇后(閔妃)の殺害、最近の慰安婦問題等々、計り知れないほどあふれている。
ソース:スカイデイリー(韓国語)
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