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▲2018年の第99周年三・一節に合わせて、ソウルの西大門刑務所歴史館から独立門まで大型の太極旗を持って行進した後、万歳三唱している文在寅大統領と金正淑夫人の様子。/写真=聯合ニュース
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■数百年にわたる中国の束縛から独立した記念として建てられた独立門で、反日イベントを繰り広げる大統領
■米国の中国けん制が本格化する中、どうしたらいいか分からず手をこまねいている韓国の左派運動上がりの学生外交
三・一節に知人とカカオトークのチャットルームで話をしていて、ソウル市西大門区の独立門は抗日独立の意志のために建てたものだと思っている人が意外に多いということを知った。
独立門は、中国の圧政から抜け出すことになったのを記念するため、徐載弼(ソ・ジェピル)先生が主軸となって建てたものだ。
多くの人が抗中独立門を抗日と誤解していることは、韓国社会の現代史認識の屈曲地点を示している。
韓国は歴史的に中国と日本から多くの被害に遭ったが、その被害の程度でいえば、中国がもたらした屈辱と苦難の方がずっと大きい。さげすみを受けた歳月は500年を優に超える。
習近平がトランプに「韓半島は中国の一部だった」と語って韓国人を怒らせたが、実際のところ、中国人は500年以上もそう考えてきた。
朝鮮王朝は武力を事実上放棄し、中国の下へ自ら入り込んでいった国だった。中国の皇帝が承認してようやく王になることができた。
毎年ささげるべきありとあらゆる献上品のせいで、民は疲れ果てた。その上、中国の使臣の序列は朝鮮国王よりも高かった。ひとたび使臣が現れれば、朝鮮の山川草木がおののいた。
中国の朝廷に賄賂を贈って使臣に任命された者たちは、朝鮮にやって来て元手を数倍に増やした。国が毎回すりつぶされそうな有様だった。
中国の使臣が来たとき、朝鮮国王が出ていって迎接していた場所が「迎恩門」だ。中国皇帝の恩恵を迎える、というわけだ。
1894年の日清戦争で中国が敗れると、朝鮮王朝は遂に中国からの独立を宣言した。その後、迎恩門を取り壊し、中国の束縛から抜け出した歴史的瞬間を記念するため1897年にちょうど同じ場所に建てたのが独立門だ。
この独立門をおかしなことに抗日の象徴だと思っている人がこれほど多いのは、反日が政治の手段になっているからだ。
中国共産党を尊敬して反日を掲げる民主化運動圏(左派の市民学生運動勢力)が権力を握ったことで、中国が韓国に与えた巨大な被害は埋もれ、忘れられた。
遂には、6・25南侵を金日成(キム・イルソン)と共に謀議して数十万の韓国国民を殺傷した毛沢東を最も尊敬しているという大統領まで2人も登場した(盧武鉉〈ノ・ムヒョン〉、文在寅〈ムン・ジェイン〉)。
独立門に対する誤解が喜劇になってしまった事例が、文大統領の2018年の三・一節記念式典だ。文大統領は記念式典を西大門刑務所で開催し、強硬な反日演説を行った。
そうして、出席者らと共に近くの独立門へと行進し始めた。大統領一行は独立門の前に立ち、一緒に万歳を三唱した。抗日イベントが反中万歳で終わったのだ。
文大統領は、中国へ行って韓国を「小さな国」と卑下し、中国を「高い峰」と仰ぎ見た人物だ。
その文大統領が、独立門は中国から独立したことを記念する象徴だという事実を知っていたなら、決してそこで万歳を叫びはしなかっただろう。
2021/03/06 10:35
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