21/02/09 00:49:02.14 CAP_USER.net
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▲これまで噂は多かったが発見されなかった釜山影島区太宗台大型トンネル。
釜山影島(プサンヨンド)区太宗台(テジョンデ)で日帝強制占領期の海岸砲陣地施設と推定される大型トンネルが姿を表わした。このトンネルを含み太宗台に散在する未発見の砲陣地施設で民間人が集団虐殺された後、埋められたという証言が続いており、遺跡調査と発掘を急げという声が出ている。
4日午後、釜山影島区太宗台内太宗寺付近。小さな小川を渡るとすぐに茂みに覆われた正体不明の大型トンネルが見える。横3メートル、縦4メートルほどのトンネルの入口はコンクリートで塞がれている。
太宗台遊園地事業所側は「どんな用途で穴が作られたのか、いつ入口が塞がれたのか正確に確認できない。ただし、日帝強制占領期間に作られたと推定される」と話した。
釜山市や太宗台軍事区域を管轄する陸軍53師団などもこのトンネルに関する正確な情報を知らない状況だ。現在の太宗台は国家指定文化財に登録されており、トンネルに入るには文化財庁の現状変更許可が必要になる。
専門家たちは取材陣が発見したこのトンネルについて「これまで知られていなかった日帝強制占領期間海岸砲陣地施設」と口をそろえた。日本防衛省の「釜山駐留日本軍資料集」によれば1940年代、太平洋戦争当時、太宗台に中砲兵隊、照明部隊などが配置されたことが確認できる。
キム・ハングン釜山近代資料研究所所長は「太宗台だけでなく青鶴洞(チョンハクトン)、龍湖洞(ヨンホドン)、戡蛮洞(カンマンドン)などの地にも中砲兵隊が配置されたが、釜山港に入ってくる連合軍を防ぐことが目的だったと思われる」と明らかにした。
衝撃的な事実は当時、日本軍が最小数十人から最大200人の住民を軍事施設に埋葬したという証言があることだ。チュ・キョンオプ釜山民文化研究院代表は「トンネル造成当時、200人程度の住民が強制労働に引きずられて行き、その後、日本軍によって集団銃殺されたという情報提供を受けたことがある」としながら「洞窟から逃げたという方とその家族に直接会ったこともあるが、洞窟の入口が塞がって内部調査を行うことができなかった」と明らかにした。
住民アン・ウォンチャン(83・影島区東三洞)氏は「重い砲弾を運ぶなど強制労働したり、日本軍に拷問を受けて死ねばトンネルに死体を捨てた」としながら「死体から出る臭いはもちろん、その成分が空気中で発火する『火の玉』を直接、目で目撃した」と話した。
ほぼ同じ頃、中国でも日本軍がトンネルを掘った住民たちを集団銃殺した事例が明らかになった。実際、去る1999年、中国黒龍江省で地下要塞から朝鮮族と漢族の遺骨3000~4000具が発見された。
専門家たちはこのトンネルだけでなく太宗台のあちこちに歴史的価値がある遺跡があると確信している。関連機関が立ち上がって現状変更許可など全方向的調査に着手しなければならない、という声が強い。
釜山経済大人文社会科学研究所キム・ユンミHK研究教授は「日帝強制占領期間、太宗台には多くの兵士が配置されたので砲陣地だけでなく、弾薬庫、テントなどの施設跡が残っているだろう」と話した。キム・ハングン所長は「地域の『辛い歴史』が隠れている遺跡が発見されただけに、今からでもトンネル内外を綿密に調査しなければならない」と明らかにした。
イ・スンフン記者
[出処:釜山日報]“日帝強制占領期間太宗台(テジョンデ)で民間人集団埋没” (映像)
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