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- 暇つぶし2ch1:蚯蚓φ ★
18/09/09 21:45:03.61 CAP_USER.net
 韓国では、「民族」という言葉が魔力を持った。理由は歴史にある。
 近代の言葉の大多数がそうであるように、「民族」も、日本の学者による「nation」の翻訳を持ってきたものだ。ところが、受け入れる認識はほかの単語とは違っていた。「社会」「権利」「哲学」などは知識の習得に限定されたが、「民族」には意思と感情が加えられた。
 この言葉が日露戦争(1904-05)後に広まったことが、大きな影響を及ぼしたという。国が滅んでいった。「国民」という言葉は、共同体を包括する言葉としての機能を失った。その役割を「民族」が代行した。「民族」は、数十年にわたって、唱えるだけで感情がこみ上げる絶望と希望の言葉だった。
 2018年4月の板門店宣言第1条第1項には、このような文章が登場する。「わが民族の運命はわれわれ自身で決定する」。南北の合意文に出てくるおなじみの表現だ。2000年の6・15共同宣言文も、「国の統一問題を、その主人たるわが民族同士、互いに力を合わせて自主的に解決する」という文章で第1条をスタートさせた。07年の10・4共同宣言にも「わが民族同士の精神に基づき、統一問題を自主的に行っていく」という文章が盛り込まれた。100年以上たっても、「民族」という言葉は依然として大きな威力を発揮する。世界的にも特殊なケースだ。植民地支配と分断が連続して発生したせいだ。
 「民族」と「民主主義」の意味は、各自の立場によって異なる道を進んだ。自己の利益を押し立てる�



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