17/10/03 03:03:33.30 CAP_USER.net
「一団の日本人戦争捕虜たちは強制的に慰安所で働かせた不遇の中国人少女たちを伴っていた」
ロンドンの英帝国戦争博物館資料室にこんなキャプション=写真(1)=がついた日本軍兵士の写真=写真(2)=があった。ビルマ(現ミャンマー)ラングーンの収容所で45年8月8日、英軍兵士が撮影した英国の公式写真だ。慰安婦とおぼしき女性は写っていない。不思議なことに慰安婦の記述に横線が引かれ、「消去」した形跡があった。そのほか同じ収容所で撮影された日本人兵士の写真すべてに同様の「強制的に中国人少女を慰安婦に」との記述があり、横線で消されている。
同博物館は中国、韓国など8カ国14団体と国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(記憶遺産)登録に慰安婦資料30点を共同申請している。この日本兵士の写真と同じ捕虜収容者で同じ日に連合軍兵士が少女を尋問する様子だとする=写真(3)=を「慰安婦資料」として申請している。
なぜ英軍兵士は日本軍捕虜の写真説明に、「中国人少女を慰安婦に」と書いたのだろうか。
行間を読み解くと、撮影されたのは終戦直前の8月8日。ビルマ戦線で死闘を繰り広げた「仇敵」を憎悪する余り、「強制的に慰安婦」と誤解・曲解して加筆。ところが後日、事実と異なると判断して「訂正」したと解釈できる。
英軍兵士の思い込みが現在、中国と韓国が世界で喧伝する「20万人強制連行」「性奴隷」などの誹謗中傷につながったとしたら、英軍兵士の犯した“罪”は小さくない。
では、現在も元英兵士は、日本軍に悪意を抱いてるのだろうか-。
「全くありません。慰安婦や性奴隷の話など一度も出たことはありません。むしろ勇敢に戦った日本人に敬意を持っています」
陸軍中尉として英軍と戦火を交えた父親を持ち、日英の和解を目指す在英の民間団体「ビルマ作戦協会」の代表を務めるマクドナルド昭子さん(66)は断言する。反日最強硬派として知られる退役軍人団体「ビルマ・スター」に所属する元司令官、ビル・スマイリーさん(95)は5月、「インパール作戦」から73年の犠牲者追悼式典で、「瀕死の重症を負い、従軍できなくなった戦友をこれ以上苦しませないため撃った際、見ていた日本兵は黙って見逃した。これぞ『武士道』。私が生き長らえた理由はここにある」とのメッセージを寄せた。
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中国や韓国が世界で歴史問題をめぐる宣伝戦を展開している。米国を中心に世界各地で日本を糾弾する「慰安婦像」「少女像」が建設され、多くの議会で日本非難の決議が相次ぐ。
英国では、「慰安婦像」や議会決議が表面化するには至っていないが、「慰安婦=日本軍の性奴隷」との誤解が静かに広がっている。
英帝国戦争博物館が申請した30点の資料には慰安婦が強制連行されたことを客観的に示すものは存在しない。むしろ戦地で「公娼」だったとみられる公文書もあった。にもかかわらず韓国側からの共同申請依頼に「記憶遺産登録は光栄」と同意したのは、同博物館に「慰安婦=性奴隷」の認識が少なからずあったからだ。申請前に所蔵する「慰安婦」資料が「性奴隷」を証明するものか十分に検証した形跡はない。
英国メディアでは「慰安婦=性奴隷」との誤解が広がっている。日韓両政府が2015年12月28日、慰安婦問題を最終かつ不可逆的に解決するため合意した際、大衆紙サンは「日本がついにおぞましい“慰安婦”制度を謝罪」として、13歳で北朝鮮の自宅から警察官に拉致されたという元慰安婦の証言を引用し、「性奴隷として、毎日40人を相手にしなければならず、5000人を超える日本兵との性行為を強要された」「抵抗すると殴られぼろ切れを口に突っ込まれた」と報じた。
虚偽が明白になった吉田清治氏証言などに基づいて1996年2月に国連人権委員会に提出された「クマラスワミ報告」からの引用だった。
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なぜ、「慰安婦=性奴隷」の誤解が続くのだろうか。
93年8月、宮沢内閣の官房長官だった河野洋平氏が発表した「河野談話」で日本政府が強制連行を認めたとされているからだ。
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