17/07/15 00:37:12.37 CAP_USER.net
日本の奈良県と和歌山県に位置する学校財団智弁学園所属の高校生13人が去る9日から慶州を訪問、修学旅行をして13日、日本に帰った。藤田清司、学園理事長と共に来韓した学生たちは慶州を訪れ、新羅千年の古都を見て回わり、見慣れぬ国での大切な思い出と経験を積んだ。ところで智弁学園の韓国訪問と慶州修学旅行は今年で42年続き格別な意味を与えている。
智弁学園が関心を集める理由は幾つもある。何より先に修学旅行の動機だ。過去35年にわたった日帝強制支配を反省し謝罪するために始まった点だ。最初は亡くなった藤田照清、初代理事長によって1975年、344人の修学旅行団が送られた。当時、理事長は「日本の韓国植民支配に対する謝罪」と「日本文化の源流は新羅と百済」という事実を学生に悟らせるためだったという。
次はこのように始まった慶州訪問が代を繋いで終始一貫している事実だ。息子の藤田清司は2009年、父が亡くなって以後、毎年、慶州修学旅行の遺業を止めずにいる。特に2003年、SARSと2014年セウォル号惨事、2015年MERS、北核危機、韓日葛藤などあらゆる韓国内の状況や父兄の反対にも説得と共に慶州訪問の伝統が切れないよう努力している、という事実に驚かざるをえない。
毎年、数百人ずつだった参加者が今年、13人だけではあるが、慶州に立ち寄ったことも尋常ではない。今年、北朝鮮の相次ぐミサイル発射で安全に不安を感じた父兄の反対で旅行地を北海道にかえられたからだ。40年を越えた伝統が絶たれることを心配したキム・ソクキ国会議員の説得と参加学生たちの勇気、学校の配慮が合わさって今年も脈はつなぐことになったわけだ。
今まで韓国と慶州を訪れた智弁の学生は2万1千人を越える。日本社会に広がった彼らが韓日友好と交流、厚いきずな強化の貴重な資源であることは明らかだ。暗かった過去を踏んで未来へ向かう踏み石に違いない。さらに来年から単発性交流を越えて一段階高い水準の交流に合意したことも鼓舞的なことに違いない。42年、慶州訪問の伝統を繋いで新しい歴史を書いた13人の学生の勇気に拍手を送りたい。
ソース:韓国毎日新聞 (韓国語) [社説]智弁学園の42年目慶州訪問、韓日歴史踏み石
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