柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺at TANKA柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト13:桃色ひまわり 01/08/07 10:48 >>5 ふと思ったのですが50音って いつ出来たのですか? 無知で恐縮です。 14:詠み人知らず 01/08/07 12:09 揶揄弱い上女言う絵を描き苦 15:詠み人知らず@山と空 01/08/08 08:27 >>13 ?ですが、発音上は最終的なものは江戸期というのが定説だったと思います。 言語学板で質問されたほうがたしかかと思いますが、私の大学時代の知識によると、 「は」行はp→f→hと変化したそうです(「ぱぴぷぺぽ」→「ふぁふぃふふぇふぉ」 →「はひふへほ」の順です。) 現在の50音表のhとbとは清音・濁音の関係が成立していませんよね。しかもh行の なかにfuが一つ孤立して入っている形になっている。bの対は本来ならpなのに随分 混乱した状況です。これは日本語において音が変化した結果だと言われています。 (考えてみると、現在でもbatabataの対になっているのはpatapata、baribariの 対はparipari等、日本語においてもpとbが対であった、またはある、証拠は少なか らずあります。)平安時代にはpの発音、室町・江戸前期にはfの発音が現在の「は」 行に相当したと言われています。 遠い昔日本語においてhがpだったのではといわれている証拠の一つには、計量言語 学上、日本語にもっとも近い言語であるとされているアイヌ語においては日本語 のhito(人)をpito、 hone(骨)をponeと発音することがありました。 このpが何故平安頃までpと発音されていてその後変化を遂げるようになったの かについては、すみませんが忘れました。なんせ相当昔の話なので・・・。 (現在言語学を専攻している人に聞いてみればわかると思います) fと発音されていたことについては、安土桃山の外国人宣教師が出版した本の音韻 表記がそうだったことから、この時期にはfだったということが判明しています。 実際、青森弁等では「fa-fi-fu-fe-fo」が残っているそうです(言葉というもの は中央より発して辺境に到るので辺境に古い発音が残るというのが通説)←ただし、 私は秋田県人ですが、秋田にはこういう発音は残っていなかったので、この発音 の存在の真偽についてはわかりません。 その他、wa-wi-wu-we-wo ya-yi-yu-ye-yoの音の変化等についてもいつ音の同一 化が起こったかについて諸説あります(ゐ、ゑ、をの音がある以上はwi、we、wo はひらがなが出来た当時音の区別あり、wa行の「う」及びya行の「い」、「え」 は既に消失していたと考えられます。)が、最終的には50音は発音上は江戸時 代には成立していたようです。 以上、お答えになっているかどうか、わかりませんが・・・。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch