【2013年大河ドラマ】八重の桜 Part73at NHKDRAMA
【2013年大河ドラマ】八重の桜 Part73 - 暇つぶし2ch258:日曜8時の名無しさん
13/07/05 21:21:16.52 lP0w6fat
美智子妃を虐めまくったボスは肥前佐賀藩11代(最後)藩主鍋島直大の娘松平信子。旧姓鍋島信子。
>鍋島直大
文久元年(1861年)、父の隠居により佐賀藩第11代藩主を襲封した。
戊辰戦争では佐賀藩兵を率いて指揮を執り、各地を転戦した。
とくに関東に移ってからは下総野鎮撫府に任命され、下総の防衛に当たった。
次女・伊都子は梨本宮守正王に嫁ぎ、四女・信子の娘で孫の勢津子は秩父宮雍仁親王に嫁ぐなど、皇室との縁も深い。
継室の広橋榮子とその間に出来た次女伊都子は、明治・大正期の美人写真でも有名であり、
その梨本宮との間に生まれた直大の孫方子は朝鮮李朝王世子李垠の妃李方子(イ・バンジャ)となった。

>松平信子
侯爵鍋島直大の四女、娘に秩父宮妃勢津子、姉に梨本宮妃伊都子がいる。
貞明皇后に仕えてその信頼を得、宮廷内に大きな発言権を有していた。
昭和30年代には東宮御教育参与として、時の皇太子・明仁親王の妃選考メンバーの一員であったが、学習院の同窓会組織・常磐会の会長を務めていたため外されてしまう
(妃は華族すなわち学習院出身者に限る暗黙のルールがあった)。
このような経緯もあってか、皇太子と平民である正田美智子との結婚にに際し、香淳皇后や雍仁親王妃勢津子妃、宣仁親王妃喜久子、梨本伊都子、柳原白蓮らと共に激しく反対。
成婚後も美智子妃に対する猛烈な批判を続け、反対派の領袖として君臨した。


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