13/07/01 02:10:45.05 vVifiBTb
>>69>>70
山中を移動しながら、ほとんど飲まず食わずで雨に打たれながら
一日塹壕堀りをして、寒さに震えながら一睡もせずに戸の口原で戦闘し
山中を敵におびえ、戦闘で負傷した仲間を庇いながら敗走
やっとの思いで飯盛山までたどり着いてみれば城下は火に包まれて
敵軍がすでに充満していた
怪我人含めてわずか20名足らずの子供であり指揮官もいない
既に体力精神力の限界だったので、敵の大軍と戦ってもろくに働けずに
捕われたり討ち取られる可能性が大きい
敵は討ち取った会津少年兵の首を肴にして宴会を開くような連中
それは武士にとって恥辱だ
そんなことになる前に自刃した方が良いというわけだろ…