13/07/01 16:52:45.86 1gG99n48
>>375
松岡は外相就任当時、「独逸人ほど信用のできない人種はない」と語っており
ドイツに対して好感を持っていたわけではなかった。
しかし就任当初からドイツイタリア日本による
三国同盟を唱える陸軍の使者が松岡の元を訪れ、
三国同盟を推進するよう働きかけていた。
武藤章軍務局長もその一人であり、
もし承諾せねば内閣をつぶすまでだと意気込んで松岡の元を訪れた。
対談後、武藤は松岡も三国同盟に賛成であるかのように認識していたが、
松岡自身は武藤を丸め込んだと考えていた。
しかし松岡は自分の議論に酔う悪癖があり、
度重なる陸軍の接客と「議論」を行う中で、
次第に三国同盟に傾斜していった。 wiki~