12/10/08 10:39:11.39 Oqy6UO+x
平家も源氏も互いに遺恨は無いのです。
平治年間に信頼卿が反逆した時は院宣によって追討がなされたのであり、
義朝朝臣は信頼の円坐によってあのようなことになったのです。
これは私的な宿意によるものではなく、どうこうした訳ではございません。
宣旨・院宣が下されれば別ですが、そうでなければ総じて源平両氏には互いに宿意はありません。
ですから頼朝と平氏が合戦したことは、一切思いも寄らないことでした。
公家と仙洞が和親されたならば、平氏と源氏もまた全くもって何らかの意趣も抱かないでしょう。
ただひたすら院の御賢祭をお願いしたく存じます。
by宗盛 吾妻鏡元暦元年2月20日条より