12/07/03 11:58:18.97 gGbeJM14
>>598
信者と普通の人の意味の伏線は違うのだろう。
伏線にはいくつのパターンがある。
設定の暗示 例えば、映画ジュラシックパークの登場人物はすべて
登場人物は、まず登場した時にその人の性格を象徴する行動でキャラを
明確にし、その後はそのキャラにそって行動する。
ジョン・ハモンド→無邪気に小屋にはいり悪気なくワインをのんで
反対するグラント博士に高額な報酬で仕事を依頼
関係 。→○
真理の暗示 指輪物語の冒頭でガンダルフが、主人公がゴラムを捕えて
殺そうとすると「ゴラムにはまだ役割がある」として命の尊厳を説くが
最終的には、悪にとらわれる主人公の代わりに世界をゴラムが救う。
関係 ( )→(。)
因果関係 シンデレラがガラスの靴を落として、それを合う人を探して、王子がシンデレラを見つける。
関係 A→B→C
どれも、見た人が伏線を振り返れば「あー、そうだったんだ」という納得感がある。
それは、設定・真理・因果などの関係が明確だからだ。
藤本の「伏線」は基本的には、同じようなシーンの繰り返しだ。「設定の暗示」にもなっていない。
ここで、「信西が穴から登場して、穴で退場」を例に考えよう。
それはキャラクターの設定というわけでもなく、単に将来起きることをあらかじめ見せたに過ぎない。
そこには登場人物の固有の性格(キャラクター)が世界と対峙して起きる緊張関係がないからだ。
「あー、こいつはこういう奴だからこうなんだ」とは思えない。
「信西が無類の穴掘り好き」とか「信西が穴居民族で登場は自分の家から」なら伏線として成立するだろうが。
多分、普通の人の「大河ドラマ」に求めるが求めているのは、2や3なのだろう。
例えば、「真理の暗示」の場合は出家した女人が「諸行無常」についてふとした時に漏らすという伏線や
「因果関係」であれば乱の発生原因を好き嫌いでなく、社会情勢や経済情勢などに絡めた
小さなイベントを伏線として示してそれを乱の発生原因とするなどだろう。
結局、2や3の伏線が全くないので、ドラマを見ただけでは訳が分からず、
歴史知識が必要で特別番組やツィッターとなっているのだと思う。
実は、こうした対応をNHKが取っていることとやたら伏線という信者の擁護のやり方から考えると
彼らも藤本の能力の限界を理解していると思う。
さらに言えば、藤本自身も能力の限界を知っていると思う。だからこそしつこいまでに
「設定の暗示」の劣化版を書いて「伏線ない」と批判されても「いやあります」と反論できるように
気を配っているのだ。