12/05/15 01:47:39.27 J0Ao4zXg
長い長い双六遊び
清盛と後白河の関係として言い得て妙。
清盛は基本・「時の帝の臣」のスタンスで
野放図な私権力になりがちだからか後白河の院政には政治家として余り好意的ではなかった。
それでも他が潰れて独占化した大物軍事貴族にして王家外戚として院とも協調して
「あなたこなた」と言われながら穏健な融和策の実力者として信望を得てる。
その間ずっと後白河は院政復帰を睨んでた訳で、まず清盛が支えて意思のあった二条帝が
院政停止に追い込んだけど病弱が祟って崩御、六条、高倉と幼帝が続いたから
常に後白河の復権危機に晒されてた。