12/01/13 23:45:24.58 GQQ5EAn1
経が島 URLリンク(ja.wikipedia.org)
塩槌山を切り崩した土で海を埋め立てた。工事の際、それが難航したために迷信を信じる貴族たちが海神の怒りを鎮めるために人身御供をすることになる。
平清盛は何とか人柱を捧げずに埋め立てようと考えて、石の一つ一つに一切経を書いて埋め立てに使う(経石)。その後、事故などもなく無事に工事が終わったために
お経を広げたような扇の形をしたこの島を「経が島」と呼ぶようになった。
しかし、一説には、人身御供をする事となり平清盛の侍童・松王丸が入水して工事が終わったともいわれる。