12/02/25 13:18:14.63 DpGkDude0
>>160
「昭和四十九年二月十六日のことである。この日、日蓮大聖人生誕の地、千葉・小湊に蓮生寺が建立された。
午前中、池田は初めて付近にある遺跡をめぐり、大聖人が法難で受けた傷を洗ったとの言伝えのある井戸までくると、側近のまえで、「たしか、あの時もこのメンバーだったなあ」とのたまわった。
そして十二時ちょうど、立宗宣言の午の時と同じ時刻に、清澄寺に登るのである。
境内にある千年杉という老木の前までくると、やおら、「なつかしいなあ!」と声をあげた。
側近達はびっくり、「これはすごい。やはり池田先生は日蓮大聖人の生れ変りに違いない」と吹聴して歩いた」継命新聞社編著『崩壊する池田創価学会』(日新報道、1990年)
これには後日談があって、後に阿部師(宗門教学部長)が「清澄で、しばらくだなぁと言いましたか」と問いただしたら、池田「いえ、なつかしいなぁと言ったんです」とのオチまである。