12/01/14 14:48:21.74 qXJ3NsTK0
例えば、とあるゲームに設定では「凄く有能な軍師」となってるキャラがいたとして、
物語の中で実際にそのキャラが出してくる策がいかなる場合でも「正面から突撃」だけだったら、
設定上ではどんなに有能だろうと、プレイヤーからは「アホ軍師」呼ばわりされるだろう。
ピサロについても、設定上悲劇的なキャラとされているとしても、実際の作品中でそれを描写しきれてなければ、
プレイヤーが悲劇的なキャラとして受け取らないのは当然ありうる結果だし、それを「公式が悲劇的なキャラとして設定してるんだから」って理由で否定するのは、
そもそも作品における描写の存在意義を軽視してるのではないだろうか。
また、「設定上はそうなってる」という根拠(それも別作品へのゲスト出演における表記)しか示さず、作中における具体的描写をもって反論してこないって
ある意味では制作サイドをこれ以上ないほどに侮辱しているのではなかろうか。
それは制作サイドについて、設定を物語内部で描写しきれず、設定を開陳する形で直接プレイヤーに押し付けざるを得ない無能であると評するに等しいのだから。