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マルクス主義と自由主義
これらの事実より推して、マルクス主義の音頭を取る人々が、いずれも申し合わせたように、農民主義を罵倒する気持はよく分る。
その例として二三を挙げても、こんなのがある。
『農民的経済は慣習的怠惰と不合理とに充ちた経営である。それ以上に悪いのは百姓自身だ』(カール・マルクス)
-『もう 一度ハッキリ言うなら、一体わが国の百姓ほど利己的で、思慮がなくて、残酷で、そのくせ頑固一点ばりな階級は、
どこを探しても無いだろう。だから世の中が退歩しても、なおそれで喜んでいられる者は、この層の存続に満足を見出すだろうが、
人間の進歩は、そんなものが消えてなくなることを条件とする』(ベーベル)。
-『われ等は農業に於いても、百姓的小経営の没落を進歩させるよう、何処に於いても、又何時でも努力されていなければならぬ』(エンゲルス)。
-「社会民主主義は百姓から、その土地所有への甘い愛着を剥奪する必要がある』(ゲック=カールスルーエ)
マルクス主義と提携して行くものは自由主義だ。自由主義は、土地問題については、反対の印をつけたマルクシストである。
その意味は、地代の要求を、一般の権利として通告はしないが、これを地主の権利として通告するのである。
だが自由主義は一言たりとも、血の思想に触れようとしない。即ち土地 の所有者には、その所有を享楽する以外に、
血族に対する昔の意味(歴史性、伝統)にしろ、又民族に対する現代的意味(共同体)にしろ、
いずれにしても血族を基とした義務がないのである。
この問題に関する自由主義の世界観的原理は、本質上マルクス主義のそれと、寸分違っていない。
或いは自由主義とマルクス主義とは、ドイツの土地思想を、両方の道から挟み撃ちにしてこれを刺殺するために組織された二つの世界観であると、
言って言へぬことはないだろう。
リヒャルト=ワルター=ダレー著 「血と土」