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落首は風刺や批判を込めた匿名原則の戯笑歌で、狂歌とは姉妹関係にあるものです。
その時代の出来事を反映させた庶民による時事狂歌ともいえますが、その実落首の多くは、特定の有名人物を
攻撃する道具に弄されているといってよいでしょう。人物評落首の作者には、よみ人しらずの立場をよいことに、
相手人物に対し無責任に過激な嘲笑を浴びせるものが少なくありません。なかには目を覆いたくなるほど悪意を
むき出しにしたものもあります。たとえば、
九条殿お目が醒めたか井伊きみだちんちん掃部(かもん)の首がないぞよ
は、桜田門外の変直後の落首。九条は関白九条尚定(ひささだ)で公武合体の推進派。井伊、掃部は掃部頭井伊
(いい)直(なお)弼(すけ)。
安政七年三月三日雪の朝、江戸城桜田門外において、大老井伊直弼がその弾圧策に抗した水戸・薩摩の浪士らに
暗殺されました。井伊は孝明天皇の朝命を拒み、安政の大獄で反対派の一掃を計るなど専断ぶりを発揮したため、
身から出たサビとの評もたちます。
それにしても後味の悪い、蒙昧(もうまい)な戯(ざ)れ歌ですね。事件の背景事情を読み取ろうともせず、人の噂を
タネに井伊らを極悪人と決めつけ、底意地の悪い野次馬根性で死者をからかっている。救いようのない愚民の一面を
見せつけた一首だと思いませんか。
同様の例は他にも沢山あります。その一つ、幕末の思想家横井小楠(しようなん)の場合。彼は国事に奔走し開国の
必要性を熱心に説いたのですが、これが国体をないがしろにする暴論とみなされ、明治二年に旧攘夷派によって暗殺
されました。そのおり小楠を誹(そし)る悪質な落首が張り出されたのです。
よこい(横井)ばるやつこそ天はのがさんよ(参与)さても見ぐるしい(四位)今日の死にやう
狂歌や言語遊戯にだって倫理は存在するのです。右二首の例は徹底した個人攻撃で、もう「遊び」の領域を逸脱しています。