13/12/03 13:24:59.80 +ST+MbEx
まどかは因果律に叛逆し宇宙の法則を作った
ほむらも宇宙の法則に叛逆し摂理を乱した
どちらも叛逆じゃないか?というのは度々為される指摘だけれど
まどかは神になってほむらは悪魔になったという
この違いについて考えてみた結果
それは本人達の自覚による違いでしかないという結論に至る
ややこしいようだが
神の愛 vs 人の愛 というメタ対立構造とは別の次元の話として
悪魔になる自覚というものにおいて重要な要素それは
神についての認識である
まどか叛逆時に於いて
QB「因果律に対する叛逆だ」→まどかは聞く耳をもたない
QB「君は神にでもなるつもりかい?」→同じく聞く耳持たず
つまりまどかは神についての認識を一切持たない為に
それが叛逆であるという自覚も無く悪魔を自称する意味すらなかった
一方ほむら叛逆時においては
ほむらは、まどかが作った円環の理並びにまどかそのものを
ハッキリ神であると認識していた
よってその神に抗う自分自身を悪魔として定義付けることにした
こうして比べてみたときに
神を意識する=強烈に善悪を意識する
という意味において
まどかの態度よりもほむらのそれは、より「倫理的」であったとの結論も導きだせるのであるw