13/12/02 00:40:23.37 FCSlBvTS
この映画は全体を通して、
手に入らないもの、手に入らなかったものは美しく良いものに見える、
て話でもあるね
捨丸相手に「兄さんとだったら」「里でだったら」「幸せになれた筈…!」てのは、
「今ここにある現実」じゃないからこそ美化できた末の脳内ファンタジーに過ぎない
月で憧れた地上の生活も然り、結局、
「今ここにある現実」のなかで適合して幸せになろうとするのではなく、
現実から逃げて遠くを夢見て「そこでならきっと…」と云い続けているだけ
そうして、「そんなに云うならじゃあやってみてごらん」と月から地上に下ろされて、
「ほらね、ごらん」と迎えがきて終了
竹林の里では幸せに暮らせてた、てのは、「里では」じゃなくて単に、
「子供だったから」な訳で
子どもだから悩み無く日々野山を駆け回って幸せだった
長じていけば、どこでどう暮らそうと、悩みがあり苦しみがあり、
意に沿わぬ事があり我慢の連続…或いは、無味乾燥で喜びもない日々の繰り返し
どうであれ「そこで」幸せを紡いでいく努力をせず、常に無いものねだりしたのが
この映画に描かれている「かぐや姫」なんだろうね
源氏物語の玉蔓と、ちょうど対極にある人物像とでもいうか