13/03/14 14:51:31.03 7lZi05oX
>>23
監督や(角川の)プロデューサーが言う「公共」の意味が、
こちらの想定するものと違うのでは。
映画館の中に当座でどれだけ人を呼べるか、それがかなうことが「公共性」であり、
家族向けのように宣伝しといてベッドシーンを作中に入れることで、
「そういう映画じゃないはずだろ、場違いだ」と指摘されるようなことを、
常識的にやらないような「公共性」じゃない。
URLリンク(ascii.jp)
> ― 「公共」とは具体的にはどういうことなんでしょう。
>
> 細田監督は、映画を「公園」になぞらえているんですけど、公園には、
> 様々な人が様々な目的で集まって楽しんでいる。
> つまり、公園という場所は提供しても、どう楽しむかは千差万別なんですよね。
> 映画もそうで、みんなが映画館で 1つのスクリーンを見るわけだけど、
> その目的はまったくバラバラで、さあ作品を楽しもうと100%それだけで来る人もいれば、
> カップルで来て、彼女といい感じになりたいなあ、
> その手始めとして映画を見たいという人もいる。暇つぶしに来る人もいれば、
> 親子ならば、子どもに情操教育として見せたいから来ようなんていう人たちもいる。
>
> うち(角川書店)は主に出版をやっているけど、 映画が「本」と違うのはそこですよね。
> 本はお客さんがその作品を鑑賞する目的で手に取るわけだから、
> 作品に対して抱く期待と作品内容にそんなにズレが出ない。
> ところが映画は「場」まで提供するものだから、
> お客さんの映画館に来る目的も期待も、
人によって大きく異なる。
> 映画っていうのは、そういうお客さんの期待すべてに応えていく必要があると思うんです。
>
> ― 様々な目的を持つすべての人々の期待に応えるというのは、
> 相当ハードルが高いように見えますね。
>
> そうですね。だから、理想を言えば、になってしまうんですけど。
> 実際には全員を満足させることは難しい。難しいんだけど応えていこう、
> 送り手としてそれを念頭に入れるべきだ、とい う気持ちでいるんです。
> それから、映画というのはパブリックなものであるというのには、
> もうひとつの意味があるんです。映画は、
> 関わる人の数が非常に大きなビジネスでもあるということです。