12/07/25 17:22:35.46 3WxA0UJx
>>783
おそらく、花というキャラクターの性格設定上、高学歴に設定されたのだと考える。
理由としては、花はこの物語の上で一人で子育てをするという選択をする。
そして、それを遂行するためには、花自身が独学という行為に抵抗がない人物にする必要がある。
その後の語りを観れば、韮崎のじいさんが気を回すまでは、全て独学するという勉強熱心さを描写してるしね。
結果、勉強を苦にしないという性格設定から高学歴は導かれたのだと思う。
確かに一般的には中卒DQN同士のデキ婚が多いのかもしれないが、
むしろ一般的にという事が物語として必要なのかどうか。
そういった設定にすることでステレオタイプ表現として「あるある」を楽しむのが物語なのだろうか?
と考える。
もっと言えば、でき婚がどうのこうのという話では無いよね?この話。
この物語において、花という人物はどう自分の人生を選択し、子はそこから巣立っていったかという部分に
焦点が当てられるべきで、単純な母性信仰には見えない。
まぁ、これはオレの考えであって、押し付ける気はないけれど。
本来ならば、批判されるべきところはそのキャラの行動原理に反した描写になってくるはずだとおもうんだけどねぇ。
そういう意味では、おおかみこどもの雨と雪という映画はものすごく丁寧に描かれていると思う。