14/05/31 16:03:43.79 guBSgcF5
最上階のスイートルーム―開け放たれたバルコニーの窓から、煌々と輝く満月が覗く。
2人で窓際に立つとまるで夜空がすぐ近くに迫っているようで、圧倒されたボクは息を飲んだ。
「本来なら、ここからイベントの花火を見るはずだったのです。おかしな事件にさえ巻き込まれなければ……」
「そう、だったんだ。それは……惜しかったね。ボクの“幸運”も、当てにならないな……」
ここから花火が見られればあの月に重なって、とても綺麗だっただろう。
ボクは心からのため息をついたが、セレスさんはゆっくりと首を横に振った。
「ですが、惜しいばかりではありません。だって、だって……あなたという人の価値を見極める役には立ちましたもの。
今夜だけではなく、この旅行に出てから色々なトラブルがありましたが―
あなたの問題に立ち向かう機知や勇気、他者への気遣い……何より、わたくしへの忠誠心。
それら全てを見せて頂き、改めて確信しましたわ。わたくしにとって、あなた以上のナイトはいません。
……このわたくしに、ここまで言わせたのです。―もっと、誇ってもいいのですよ?」
セレスさんの赤い瞳は真剣そのもので、ボクは嬉しくなったが―少し引っかかっている事がある。
「あ、ありがとう。……でも、さっきはごめん。その、犯人が襲ってきた時、守ってあげられなくて……」
「何をおっしゃるのです。あなたが非常ボタンを押して下さったから、犯人は慌てて逃げ去ったのでしょう。
それに、とっさに主人の下になるなんて……まさしく筋金入りの、忠実な下僕ぶりだったじゃありませんか」
あの時は無我夢中で、そこまで考えてなかったんだけど……。ボクは苦笑し、セレスさんは小さく笑った。
多少は気分が軽くなった所で、セレスさんが改めて真剣な表情でボクに向かって手を差し出す。
「苗木君。これからもわたくしのナイトとして―わたくしの夢を叶える為……共に歩んで下さいますわね?」
それは―今更考えるまでもない。ボクは恭しくセレスさんの手を取り、「はい」と答えた。
……ボクからすれば途方もない夢に人生を賭けて―なおかつ楽しみながら歩み続けるセレスさん。
そんな“希望”に満ちた彼女のそばで、一緒に夢を見られたら……きっと楽しいに違いないから……。
セレスさんはこれ以上ない位に可愛く―にっこりと笑って、ボクの手を握り返す。
「わたくしの夢は『西洋のお城に住み、吸血鬼の扮装をした執事達をはべらせ、耽美で退廃的な世界で一生を過ごす事』―
―わたくしと夢を共有するのならば、わたくしと一生を添い遂げる事に他なりません。
あなたにその覚悟があるのなら、わたくしも覚悟を示しましょう」
微かに頬を染めたセレスさんは片手でボクの手を握りながら、もう片方の手を壁のスイッチへと伸ばした。
窓から降り込む月明かりだけを残し、部屋はビロードのような薄闇に包まれる。
「……ところで苗木君。人の体で、このように視界が暗闇に覆われても……最も敏感に刺激を察知する部分が、どこかわかりますか?」
「えっと……指先、かな」
「……唇ですわ」
ボクのそれに、温かく柔らかいものがそっと触れた。
終わりです。これでジャバウォック島のシリーズはラストです。
書くのに妙に時間がかかった…