10/09/12 12:37:36 0
>>21
水=ムル(漢音はス)、雨=ピ(漢音はウ)、山=メ(漢音はサン)
URLリンク(www.geocities.jp)
とかは固有語でしょ?そういうことじゃないの?
>>22
郷札は意味はとれてるけど、例えば郷歌で「水」とあった場合
これをムルと発音してたかスと発音してたかは
(何百年前と同じ発音を保存してる人間はいないので)不明だというだけでしょ。
みずという意味で「水」という漢字を使ってたことを疑う人間はいない。
「音が不明だから違う言語を使っていたに違いない」って飛躍してんのは在野のトンデモ学者。
26:世界@名無史さん
10/09/12 12:40:49 0
>>22 わぁっはっはー、うぁっはっはー
27:世界@名無史さん
10/09/12 12:46:06 0
朝鮮語なんて同じ語族のやつがいないんだから
突厥文字でも梵字でも何でもいいけど、表音文字で音価を記録しておかないと
在野から断絶説が出てしまうんだな。
28:世界@名無史さん
10/09/12 13:16:10 O
まあ、音数が多くて万葉仮名では表記し辛いらしいが。それでも残しとくべきだったな。
ハングルみたいのが高麗期にできていたらとは思う
29:世界@名無史さん
10/09/12 13:23:26 O
「むる」って「みず」に似てるな。
30:世界@名無史さん
10/09/12 13:46:57 0
かつて茨城弁では「漏る」を「むる」と発音した。
31:世界@名無史さん
10/09/12 14:03:03 O
地方両班と封建領主は違うの?
32:世界@名無史さん
10/09/12 14:46:59 O
開墾は地方両班が李朝後期にやってた。
33:世界@名無史さん
10/09/12 15:12:15 0
>>20
今は21世紀ですよ。
高狗麗語は「一切全く」分かっていない言語です。
その戦後の東大の先生の研究は一切が否定されています。
中国史料と悉く整合せず、明らかに新羅の地名などであることが分かっています。
旧世紀の知識はいいかげん改めましょう。
ちょっと調べればわかることです。
34:世界@名無史さん
10/09/12 16:03:40 0
>>33
女真族乙
「東北工程」は進捗してますか~?
35:世界@名無史さん
10/09/12 16:31:45 0
>>33
だとしたら高句麗と高句麗語のウィキペディアの記述は書き換えられなければいけないな
36:世界@名無史さん
10/09/12 16:42:18 0
これの論理構造は否定されている。
朝鮮語とモンゴル語は音韻が似ている ○
↓
朝鮮語とモンゴル語は同じ語族である ××
しかし、このタイプは他人の無知につけこんだ悪質さがある。
日本語と高句麗語は音韻が似ている ○
日本語と満洲語は音韻が似ている ○
↓
日本語と高句麗語は同じ語族である ×
満洲語と高句麗語は同じ語族である ×
↓
日本語と満州語も同じ語族である ××
↓
日本語はツングース語族である ××××
37:世界@名無史さん
10/09/12 16:48:20 0
>>33の意見も取り入れるとこうなる
日本語と高句麗語は音韻が似ている N/A
日本語と満洲語は音韻が似ている △ 満洲語は金王朝までしか遡れない
↓
日本語と高句麗語は同じ語族である ×
満洲語と高句麗語は同じ語族である ×
↓
日本語と満州語も同じ語族である ××
↓
日本語はツングース語族である ××××
38:世界@名無史さん
10/09/12 17:37:46 0
ハングル文字とか朝鮮語の響きとか何処と無くシベリアとかモンゴルとか
北アジアっぽい雰囲気醸し出してると思うんだが、どうかな?
39:世界@名無史さん
10/09/12 17:46:32 0
>>25
郷歌は朝鮮語だとすると、漢字の音と全く整合性がとれていません。
中世朝鮮語だとしてもです。
上古音や中古音などとかけ離れた音が存在していたというのは無理があります、。
>>33
>中国史料と悉く整合せず、明らかに新羅の地名などであることが分かっています。
初耳です。
ソースを示してください。
40:世界@名無史さん
10/09/12 17:56:14 0
以下はwikipediaの引用です。
これで「解読した」というのは明らかに無理があると思います。
郷札の例 [編集]
李基文(1998)を基にして、郷歌「処容歌」の冒頭とその解釈の一例を挙げる。1.が郷札、2.が解釈例
(ローマ字は福井玲式翻字)、3.が日本語訳である。
1.東京明期月良夜入伊遊行如可
2.東京 b@rgi d@ra bam dyri nornidaga
3.東京の明るき月に夜更けまで遊びて
この文の解釈においては、「b@rgi(明期)」における「-i」を連体形と見るのは妥当か(中期朝鮮語:-n)、
処格「良」は「-a」と読んでしかるべきか(中期朝鮮語の処格:-?/-?)、「遊行如可」は「nornidaga
(????)」と見てよいか(現代朝鮮語:????)など、細かい点で未だ不明な点が多い。
41:世界@名無史さん
10/09/12 18:00:34 0
>>20
>高句麗語は日本語に似ているという研究がある。
シッタカ乙!
それは1967年に亡くなった東大・京大の先生、新村出の研究。
朝鮮人自らが偽書と叫ぶ高麗国書『三国史記』の高句麗地名を研究して高句麗語は日本語に近いとした研究だ。
だが『三国史記』の高句麗語自体が中国史書との整合性がとれず、結局中国史書からは高句麗語がどんなものかは不明という結論となっている。
そしてその先生が高句麗語と主張した地名も百済地名・穢地名であることが分かっている。
>>33>>39
新羅じゃなく百済・穢(ワイ)の地名だな
42:世界@名無史さん
10/09/12 18:03:54 0
>>41
ソースの意味分かってます?
論文名でも良いですよ?
43:世界@名無史さん
10/09/12 18:15:02 O
北海道の地名から日本語を研究するようなもんか
44:世界@名無史さん
10/09/12 18:22:38 0
>>42
人にソース出せという前に自分が出せ!
どうせ大正時代の遺物、1916年の内藤湖南・新村出の著作だろ。
カビが生えた研究というより、化石に近いな。
WIKIのほうがなんぼかましだろ。
45:世界@名無史さん
10/09/12 19:54:50 0
高句麗は中国なのか朝鮮なのか
任那=日本説はどうなった
46:世界@名無史さん
10/09/12 20:14:08 0
>>45
高句麗は朝鮮民族の国で、中国の一部らしい
中朝でそう言っている。
「高狗麗は朝鮮起源なので朝鮮は中国の一部アル」
「高句麗は朝鮮起源なので、その親戚の鮮卑も蒙古も女真もウリナラ、中国を支配していたのは朝鮮ニダ」
任那日本府は日教組が黒歴史にしました。
47:世界@名無史さん
10/09/12 21:03:13 0
中国から見ると、朝鮮自体が自治区みたいなもんなのか?
48:世界@名無史さん
10/09/12 21:08:39 0
>>44
逆ギレされてもなあ…
一応学問板なので。
49:世界@名無史さん
10/09/13 00:08:33 O
>>5
高句麗は新羅の先達だったのが最大の違いか。
50:世界@名無史さん
10/09/13 01:42:36 0
新羅の口訣とかあるけどなー
高麗王朝以前は文献がまばらで本当に難しいな。
51:世界@名無史さん
10/09/13 03:44:49 0
朝鮮なんてまだマシな方じゃね?中国とか日本にある程度資料あるから。
琉球なんて中山が統一する以前はほとんど記録ないんだぜ…
ベトナムに至っては研究者が少なすぎる。同じ漢字文化圏なのに。
52:世界@名無史さん
10/09/13 04:18:45 0
>>46
いや、任那日本府なんて普通に教科書に書いてあるし
日教組て実際に思われているほど力はないぞ?
53:世界@名無史さん
10/09/13 04:39:31 0
日本人はよくアメリカ人のことを
「他国の位置を指差せないぐらい他国に関心がない」とか言うが
東南アジア、アフリカの人間が聞いたら
「お前が言うな」と突っ込むだろうな
54:世界@名無史さん
10/09/13 04:45:04 0
いや産業に関心ある人ならば、東南アジアは東はジャワ島あたり西はミャンマーまでたいがいの人が知っているよ
アフリカはカメルーン、ガーナ、セネガル、南アフリカぐらいはわかるみたいだね
55:世界@名無史さん
10/09/13 04:58:55 0
>>54
平均的な日本国民は産業にもアフリカのことも詳しくないだろ。
56:世界@名無史さん
10/09/13 04:59:22 0
引き篭もりかよw
57:世界@名無史さん
10/09/13 05:20:29 0
別にアフリカや東南アジアのことを知らなくとも生きていけるしな
58:世界@名無史さん
10/09/13 05:25:37 0
>>53
知識と関心が欧米に偏っているんだな。
そうせざるを得ないんだけど。
アメリカ人をあまり笑うことはできない。
59:世界@名無史さん
10/09/13 05:27:55 0
アフリカの地図をソラで書けるかどうか
60:世界@名無史さん
10/09/13 10:48:23 0
BSとかで韓国の時代劇見てて思うのは、
庶子がどうの身分がどうのと、やたら差別がキツイとこだな。
日本の時代劇なんか、身分社会という大前提があっても、
劇中での描写はかなりユルユルなんだが。
61:世界@名無史さん
10/09/13 13:45:46 0
時代劇なんて信じるな。
所詮空想の創作物だ。
62:世界@名無史さん
10/09/13 14:05:02 0
そおいや、韓国の時代劇、庶民が殆ど出ないな
63:世界@名無史さん
10/09/13 14:08:52 0
日本も真実の庶民なんてほとんど出てこないだろ
そんなもんだ
時代劇を見て楽しむならともかく、
時代劇を見て歴史を勉強だーなんていうのは
ウルトラマンを見て昭和の日本を知ろうなんて
言ってんのと同じこと
64:世界@名無史さん
10/09/13 14:50:47 0
ていうことは、現実の韓国は時代劇ほど差別はキツくなかったのか。
65:世界@名無史さん
10/09/13 16:01:53 0
しかしNHKは「チャングムで学ぶ韓国の歴史」みたいなコーナー作ってたっけな。
監修者自身が「チャングムに出てくる宮廷料理はみんな適当に創作したもの、
実際の史料がないので困りました」って言ってるのに。
「水戸黄門」あたりを本気にしてるのはさすがに少ないが、大河ドラマや歴史小説が史実そのものだと思ってる
自称歴史好きのオッサンとか多いよね。
66:世界@名無史さん
10/09/13 16:31:31 0
日本史とちがって韓国の歴史は、基礎知識も予備知識もないから、
NHKや民放のBSでやってるような時代劇は、イメージづくりの役にはたつんだがな。
活字の本いくら読んでも、イメージはわきにくい。
67:世界@名無史さん
10/09/13 17:40:27 0
日本史については、漠然としたものでも、ある程度のイメージが持てるのは、
やはり視覚的なモノが巷に氾濫しているからだと思う。
子供向けの歴史マンガや伝記マンガ、子供向けの図鑑や教材、TVの時代劇など。
そういうものがなければ、隣の国の歴史や人物だって、全然イメージが持てなくて当然。
好太王とか、歴史の教科書には出てきても、巨大な石碑の写真だけじゃ全然イメージできない。
でも、ヨンさまが演じたことで、少しは生身の人間としてイメージできたはず。
チュモンとかヨンゲソムンなんて、日本じゃ誰それ?なキャラだし、時代劇でもなければ、
多分日本人の大半には知られないままだったろう。
68:世界@名無史さん
10/09/13 18:01:49 0
>>65 石野七郎次のことか?
69:世界@名無史さん
10/09/13 18:02:23 0
そしてドラマの人物と史実上のギャップに苦しむことになる
70:世界@名無史さん
10/09/13 18:57:50 0
イメージといえば、エジプト以外の古代オリエントなんかも全然イメージできんな。
メソポタミアだのペルシャだの、どんな服装だったとか、全然イメージできない。
71:世界@名無史さん
10/09/13 19:00:44 O
百済において、韓族と扶余族はどのように融合したのだろうか。
72:世界@名無史さん
10/09/13 19:05:54 0
水戸黄門の服装は江戸時代のかなり後期の服装だったらしい
>>「水戸黄門」あたりを
テレビで(確かトリビア)「水戸黄門が旅したのは鎌倉(うろ覚え)ぐらいまで」て放送された時
出演者みんな驚いていた。
73:世界@名無史さん
10/09/13 19:08:42 0
>>71
扶余族のほうがどこかへ逃げた。
百済の滅亡時に王族が集団自殺しているし
一部の貴族が日本に亡命している。
74:世界@名無史さん
10/09/13 19:32:54 0
韓ドラの歴史物は李朝時代を描いたヤツはそんなに違和感ないが
三韓時代が舞台のとかは時代考証もクソもないファンタジーになってるから
「イメージを持つ」ための材料としてはかえって有害な希ガス。
75:世界@名無史さん
10/09/13 19:35:48 O
小学生の頃観た東宝の特撮映画「ヤマトタケル」とさして変わらん。
76:世界@名無史さん
10/09/13 19:37:43 O
熊津に遷都してからは、百済王も韓化してたかもな
77:世界@名無史さん
10/09/13 19:39:47 0
>>71
支配層、穢ツングース扶余族(Y-C3c)
官僚・テクノクラート、楽浪郡から亡命していた漢族(Y-O3系)
農民、中国の言う倭人(後の呼称、韓人)、長江文明人(韓人Y-O2b*・弥生人Y-O2b1)
割合こそ違うだろうが、今もその混血構成はあんまり変わらない。
78:世界@名無史さん
10/09/13 19:48:58 0
支配層は自爆したり逃げたりしているから特定できないよ。
高句麗は何民族?論争と同じことになってしまう。
79:世界@名無史さん
10/09/13 19:51:09 0
一番多いのは農民の倭人(韓人)だよな
80:世界@名無史さん
10/09/13 19:53:11 0
扶余族がツングースなのかどうかはいまのところ保留でいいよ
81:世界@名無史さん
10/09/13 19:56:06 0
全盛期の英祖~正祖の頃でも
臣下同士が足の引っ張り合いをしてるあたりが何とも
82:世界@名無史さん
10/09/13 20:28:59 0
全盛期なら足の引っ張り合いが無いと考えるのは甘すぎる
83:世界@名無史さん
10/09/13 20:48:43 0
その辺もNHKでイサン流してくれなかったら、
多分、誰も知らなかったろうな。
84:世界@名無史さん
10/09/13 20:57:32 0
朝鮮人は父系Y染色体分析が大嫌い。
ミトコンドリアDNA分析だと日朝は姉妹なのに、Y-DNAだと赤の他人になるからだ。
それもそのはず、東アジア人の母系遺伝子の大分岐は2万年以前にしかないため、それ以降の民族遺伝子はみんな姉妹ってことになってしまうのだ。
話をY-DNAに戻すと朝鮮人はツングースY-C3cも大嫌い。
代表的ツングース・エヴェンキの言葉「アリラン・ソーリ」もチベット起源とか捏造しはじめているところ。
なぜかというと日本人にはわずかしかY-C3cが残されていないから。
日本人と朝鮮人は同祖で、なにがなんでも「朝鮮騎馬民族が大和朝廷を支配した」なんてことにしたいのだ。
それで最近の朝鮮人は「穢族はY-O2b系」との捏造に余念がない、考古学板なんかにまで工作員がいる。
Y-O2b系は日朝両国で二番目に多い染色体なので捏造にはちょうどいい。
そのうえY-O2bは日朝に水稲をもたらした長江文明人と目されていて、弥生人ばかりでなく天孫族とまでいわれている。
これを穢騎馬民族とするのが妄想シナリオどおりということだ。
85:世界@名無史さん
10/09/13 20:57:39 0
まさかドラマが全て史実を描いていると思ってないだろうな。
86:世界@名無史さん
10/09/13 20:59:20 0
>>83
興味があるやつなら向こうの歴史書見て知ってるだろ
87:世界@名無史さん
10/09/13 21:00:41 0
>>TVの時代劇など
服装の歴史考証とかが出鱈目ということで有名
88:世界@名無史さん
10/09/13 21:02:15 0
穢て何系民族だ?モンゴルかツングースか
89:世界@名無史さん
10/09/13 21:04:48 0
>>88
大穴チュクチ系民族(今はシベリアとかカムチャッカに住んでる)
90:世界@名無史さん
10/09/13 21:06:28 0
>>88
対抗トルコ系民族(今はカザフスタンやキルギス)
91:世界@名無史さん
10/09/13 21:08:36 0
>>88
超大穴ニヴヒ系(今は消滅寸前)
92:世界@名無史さん
10/09/13 21:10:54 0
>>88
とりあえず馬に乗ってた民族
93:世界@名無史さん
10/09/13 21:11:36 0
>>88
最近朝鮮人は北扶余を諦め「穢貊(わいはく)半万年」と言い出している。
<シベリア狩猟民族の系譜>
・東胡→鮮卑→穢(わい)→穢四族(東穢・沃沮・扶余・高狗麗)に分派
・粛慎(みしはせ)→穢族とも、いずれにしてもそれ以前はシペリア・ツングース(エヴェンキ族など)に行き着く。
『漢書』『後漢書』より
BC126年漢の武帝が穢(ワイ)族に「穢王之印」を授け独立を認めた。
BC107年玄菟郡(楽浪郡の北)設置、穢族は北に逃走、鹿山の地で「扶余国」が興り「東穢」は江原道に移動。
BC75年玄菟郡、西に縮小移転、咸鏡道(日本海沿岸)放棄、「沃沮」独立。
BC59年玄菟郡、さらに西に縮小移転、中朝国境山岳地帯放棄、「高狗麗」独立。穢族四派分裂終了。
「東穢」、「沃沮」は首長乱立で勢力低下、「高狗麗」は中国と対立、「扶余」は逆に阿った。
『三国史・扶余伝』「漢末に公孫度が勢力を増したとき、扶余王の慰仇台(いきゅうだい、ウィクデ)が遼東郡に服属した。公孫度が高狗麗・鮮卑を牽制するために一族の娘を扶余王の妻とした」
『隋書・百済伝』「百済は毎年4回、始祖である扶余王仇台を廟に祭る」
百済の租が高狗麗初代東明王の息子などという嘘が『三国史記』にありますが、同じ分注でそれを否定、「沸流王か尉仇台が百済の租」と訂正しています。扶余族と高狗麗族はあくまで別部族です。
穢四族
URLリンク(upload.wikimedia.org)
モンゴルは北部ツングース系民族(内モンゴルは南部ツングース)
ちなみに海外では、というか学会ではあまり「モンゴロイド・モンゴル系」という概念を使用しなくなってきている。
C3c (M48, M77, M86) Typical of Northern Tungusic peoples, Kazakhs, Oirats, Kalmyks, Outer Mongolians, Yukaghirs, Nivkhs, Koryaks, Itelmens, and Udegeys,
with a moderate distribution among other Southern Tungusic peoples, Inner Mongolians, Buryats, Tuvinians, Yakuts, Chukchi, Kyrgyz, Uyghurs, Uzbeks, Karakalpaks, and Tajiks
94:世界@名無史さん
10/09/13 21:12:34 0
こうして思えれば旧高句麗領の南側の北朝鮮と旧新羅百済領の韓国が分かれているのは
ちょうどいいのかもしれん
95:世界@名無史さん
10/09/13 21:21:41 0
youtubeとかで日本と中国が好き、日本と朝鮮が好き
とか書いている外人を見るといらっとくる
96:世界@名無史さん
10/09/13 21:56:14 0
李朝のことは、ドラマとかでなくイザベラ・バードの「朝鮮紀行」読んでイメージできる。
朝鮮王朝時代の絵で女の人が夜中歩いてる絵があって、一定以上の身分の女性は外に
出られないのではと疑問に思ってたが、イザベラ・バードの「朝鮮紀行」を読んだら、ソウルには
女性が出歩いて遊びに行く時間が夜にあったという記述があって、腑に落ちた。
97:世界@名無史さん
10/09/13 22:01:03 0
女性×
女○
98:世界@名無史さん
10/09/13 22:02:38 0
やはりさ、満州の一部を支配していた高句麗が
半島を支配していたら面白かったと思うんだよな。
99:世界@名無史さん
10/09/13 22:04:50 0
>>98
満州にいたツングースが半島に流入して
半島がツングース化してそうだな
100:世界@名無史さん
10/09/13 22:11:55 0
満州にいたマングースが半島に流入して
半島がマングース化してそうだな
101:世界@名無史さん
10/09/13 22:18:05 0
祝100!
楽浪郡回復ってことで
北朝鮮が中国に吸収されちゃう
なんてことは、ありうる?
102:世界@名無史さん
10/09/13 22:19:06 0
今の時代おいそれと戦争できないから無理だろうな
103:世界@名無史さん
10/09/13 22:25:00 0
いや、将軍様が合併を願い出るとか
104:世界@名無史さん
10/09/13 22:29:51 0
中国と合併したら、満州の朝鮮自治区と組み合わせて
高句麗の再現
清水市が静岡市と合併して清水区になるかわりに
清水区の面積をでかくするみたいな感じ
105:世界@名無史さん
10/09/13 22:30:49 0
北が中国領となると
旧高句麗領が全て中国領になるな
106:世界@名無史さん
10/09/13 23:02:26 O
高句麗は韓族にとって中国や北方民族の民族の文化を教えてくれる役割だったんだな
107:世界@名無史さん
10/09/14 00:04:37 0
>>88
チベット系民族も理屈の上ではあり得る。
あちらも北のほうでは馬に乗ってた民族であり
今でも遊牧生活をする集団が多い。
108:世界@名無史さん
10/09/14 01:24:19 0
最近の朝鮮人どもは鉄の武神、蚩尤までも自分達の祖にしたいと工作している。
チベット系とも呼ばれる蚩尤族は漢族の黄帝に敗れ華北を追われたわけだが、
その蚩尤の後裔、太公望の羌族(チベット系)が山東省に姜斉を興したことで、朝鮮の祖と捏造するつもりのようだ。
シベリア・ツングースの歌「アリラン・ソーリ」までチベット起源に捏造しているのもそのためかもしれない。
姜斉の呂氏はその後、田氏に取って代わられ、田斉は最後まで始皇帝に抵抗を続けたがあえなく滅亡、始皇帝から逃れた秦民が辰韓に渡った故事も考慮して、そこ山東半島から海路朝鮮に逃れたとしたいのだろう。
確かに山東省はその昔、東夷(東の蛮族の意)と呼ばれた地ではあるし、チベット起源を称すと中国や日本の起源にまで食い込むこともできよう。
だからといって「蚩尤天王」だの「東夷族」だの聞いたこともないような言葉をひりだし、それをウリの祖先ニダ、などというのもあまりに短絡的すぎるのではあるまいか。
そもそも現生朝鮮男性の平均遺伝子構成にチベット系Y-D1は6%程度しか残っていない、華北周辺もしかり、わずかに残るのみ。
むしろ、華北先住民であった蚩尤族(Y-D1)の東アジアでは特異なYAP+遺伝子を受け継ぐのは、日本(最優勢遺伝子縄文Y-D2系)とチベット(最優勢遺伝子Y-D3)だけだったりするのだ。
109:世界@名無史さん
10/09/14 01:26:58 0
ここは歴史板なので>>108デタラメはすぐ指摘されるから覚悟しておけ(笑)
110:世界@名無史さん
10/09/14 01:51:58 0
>>108
『山海経』の解説書を読めば、中国やタイの神話はそんなに難しくありませんよ。
一緒に勉強しましょう。
黄帝 周代の漢族 周の武王 → 戦国雄の魯国や魏国
炎帝 周代の姜族 太公望 → 現代のチャン族(チベットビルマ系)
神農 ロロ人 → 現代のイ族(チベットビルマ系)
蚩尤 楚の構成員・一般人民 → ミャオ族,ヤオ族,シェ族(ミャオヤオ系)
九黎 越の構成員・一般人民 → チワン族,リー族,トン族(タイカダイ系)
111:世界@名無史さん
10/09/14 02:29:06 0
>>95
日本とその2カ国が仲悪いということを知らんのかね?
112:世界@名無史さん
10/09/14 02:46:31 0
>>108
東洋史で蚩尤族といえば、ミャオ族というのがよく知られている。
韓国人とミャオ族に多いY-O3a3b(M7)を根拠に、韓国人は「蚩尤天王」だという主張をしているのだろう。
一種の新興宗教でしょう。
113:世界@名無史さん
10/09/14 02:55:04 0
大昔の神話のことですから、色々な説があります。
蚩尤は南宋の『路史』によると羌が姓とされていたりします。
その羌族(チャン族、チベット系)は太公望の呂氏で知られています。
同じ呂氏の出の妃を持つ劉邦が軍旗に『蚩尤旗』を使ったのもその流れなのでしょう。
さて黄帝に敗れた蚩尤族の一派、九黎族は敗走、三苗族と分派しながら四散、長江文明の華南へと逃げ込みます。
そして黄帝は三苗族を追撃する余波で長江文明まで滅ぼしてしまいました。
そのとき真っ先に逃げ出したのがベトナム以南の百越人、朝鮮半島先住民、弥生人のY-O2b系だったりします。
ちなみに現在華南にはこのY-O2b系はほとんど残っていません。
そして三苗族の末裔ミャオ族は長江文明の遺臣(Y-O2a系)と協力して呉・越・楚を興し華北漢族と対抗したとも言い伝えられています。
実際に現代ミャオ族は、華北漢族がほとんど保有しない長江文明人Y-O2a系(11%)とチベット系Y-D1(7%)を保有しています。
黄河文明人(Y-O3系)に滅ぼされた華北先住チベット系民族(Y-D1)が神話の蚩尤族かもしれないという材料はけっこう転がっているものなのです。
ですが、黄河文明と長江文明人の抗争は4千年前から3千年前くらいまでの話です。
そして、黄河文明人が華北を制圧したのは一万年前くらいの話かもしれません。
こんなに連続した都合の良いお話でなく、あくまで神話だったということでしょう。
こうした黄帝神話への史説の当てはめは『図説 中国文明史1 文明への胎動』創元社、2006年で既に言及されている内容で、別に珍しいものではありません。
そもそもたかだか神話ごときにあまりムキになりませんように!
114:世界@名無史さん
10/09/14 03:00:57 0
>>112
勉強になりました。
ありがとうございます。
115:世界@名無史さん
10/09/14 03:18:16 0
>>111
知っているだろう
世界的に見て中国韓国と日本が仲悪いというのは有名
116:世界@名無史さん
10/09/14 04:03:37 0
>>105
だな
なんとなく、みんな統一新羅、高麗の領土は李氏朝鮮と同じだと思っている人が多いが
世宗が征服するまで、開城より北、咸鏡道、平安道など現在の北朝鮮領土の大部分は
異民族の遼、金、元の領土だったりする
そんな咸鏡道出身でモンゴル名まで持っていた李成桂は、自称漢族の唐の李淵みたい
なもんで、実は朝鮮族ではな(ry
117:世界@名無史さん
10/09/14 05:08:58 0
元々高句麗なんてのも異民族だし今の北朝鮮なんてのができているのも
具合がいいのかもしれん
118:世界@名無史さん
10/09/14 06:36:54 0
>>113
『史記 高祖本記』
立季為沛公 祠黄帝 祭蚩尤于沛庭 而衅鼓旗 幟皆赤
蚩尤旗とは書いていない。赤い旗を揚げたとある。
南の沛県のことだから、北の呂氏単県ではない。
季とは劉邦のこと。
『史記』のここは「劉邦は立ち沛公となった」の意味にとってよいでしょう。
『史記』の時代には蚩尤は戦いの神として定着している。
呂氏と蚩尤は結びつかない。
この件は、『史記』を拠り所にするといいでしょう。
119:世界@名無史さん
10/09/14 12:51:54 O
当時、高麗北方には高麗人コロニーがあったらしいからそれほど不自然でもない
120:世界@名無史さん
10/09/14 15:14:33 0
歴史というのは考古学的遺物や史料を元に過去を推定する学問。
それをなんでそんなにムキになっているのですか?
どんなにお偉い学者さんwwwかしりませんが、大昔の神話で「呂氏と蚩尤は結びつかない」などと言い切る神経が分かりません。
なにか他に意図することがあるとしか思えません。
そして『史記』をあげるならもっとちゃんと調べなさい。
“蚩尤之旗,类慧而后曲,象旗,见则王者征伐四方。”对战争是有利的。所以在战争开始起兵时,要祭蚩尤。汉高祖刘邦也不例外。《史记·高祖本纪》:
(众)乃立季(刘邦之宇)为沛公。祠黄帝,祭蚩尤于沛庭,而衅(兴)鼓旗,帜皆赤。
……于是少年豪吏如萧曹攀哈等皆为收沛子弟二三千人,攻胡陵、方与。(引自《越绝书》卷四“计倪内经”,记谋士计倪言。)
在这里,刘邦是把黄帝与蚩尤放在一起祭祀的,《史记·封禅书》则说:
“高祖初起,祷丰[]榆社,徇沛,为沛公,则祠蚩尤,衅旗鼓。遂以十月至灞上,与诸侯平咸阳,立为汉王。”这里只提“祠蚩尤”,而且保佑汉王打了胜仗。
待“天下已定”统一中国以后,汉高祖又“令祝官立蚩尤之祠于长安。长安置祠祝官、女巫。”
つづく
121:世界@名無史さん
10/09/14 15:15:17 0
つづき
これは「卦としての蚩尤旗を『覇王が四方を征伐する』吉兆と見て、劉邦は黄帝のみならず蚩尤も祭り赤旗を揚げた。劉邦は誓約どおり帝国統一後に蚩尤の祠を長安に安置した」みたいなことが書かれています。
もちろん呂氏と蚩尤のつながりが記述されているわけでもなく、武神としての蚩尤を重用したであろうことも間違いないですが、これを持って劉邦が赤い蚩尤旗を軍旗として使用した、と多くの識者が判断している事実に変わりはありません。
かつ、蚩尤が羌族とする『路史』の記述、呂后も羌族とする伝承、そんな大昔の話をどう否定するつもりなんですか?
神話もあなたが出す根拠も全て大昔の逸話、みな同列のもの、『記紀』が本物臭い部分半分、嘘臭い部分半分なのと同じなんですよ。
それをさも自分の意見だけが正しいと言い切る人間などは歴史学を解さぬ者としかいいようがありません。
またFIFAさえ認めることとして、サッカーの起源は中国にある、という逸話もあります。
残虐な黄帝は蚩尤の頭骨や内臓でボールを作り、それを蹴って遊んだのが蹴球の起源だというのです。
劉邦は殊更、蹴球を奨励し、球場を全国に建設したともいわれています。
調べれば調べるほど、劉邦と蚩尤の関係は深まるばかりです。
そこには単なる武神への崇敬だけでない縁まで感じてしまうのです。
そしてまた、蚩尤はホーチミンとも呼ばれているらしいです(まさか翻訳ソフトがぶっ壊れてるだけ?)。
華北先住の父系Y染色体チベット系Y-D1がY-O3系に蹂躙され四散した先、朝鮮(6%)やベトナム(3%)でも蚩尤の伝説が息づいていることも念のため記しておくべきでしょう。
122:世界@名無史さん
10/09/14 15:43:17 0
>>107がいうようにチベット系Y-D1は4世紀頃まで騎馬民族じゃないの?
その後も遊牧民or牧畜をやっている者が多そうだし。
123:世界@名無史さん
10/09/14 16:38:27 0
レイ・ロイ(呂良偉)が出ていた香港映画だと
劉邦は鳳凰の旗を使っていたぞ
124:世界@名無史さん
10/09/14 17:18:01 0
蚩尤タンのことを、ミャオ族は大切に祭祀しているから
炎帝と禹王を習合して祭祀しているチャン族といっしょくたにして話をすると
トラブルが発生するよ。
ミャオ族とおつきあいする上で、蚩尤タンについてあれこれ言ってはいけない。
だから貴州省のミャオ族は、韓国レッドデビルスのことが大嫌い。
125:世界@名無史さん
10/09/14 17:20:46 0
つーか>>84,>>108の破天荒な面白さはどこへ行ったんだよw
126:世界@名無史さん
10/09/14 19:39:33 0
>>122
騎馬民族なる言葉も定義が難しくいまや幻影といってもいいかもしれない。
狩猟と放牧の民族としられるシベリア・ツングースの代表格エヴェンキは乗馬の風習をもたない。
あまり遠くまで移動しないので、現在もツングースの純血と風習を今に伝えることができたし、分派した同朋に「遠くに行きたい、迎えに行きたい(アリラン・ソーリ)」と想いも馳せたりしているのだ。
とにかくも放牧しているから騎馬民族というのはあまりにも短絡的であろう。
そして同じツングースの一派モンゴルだが、この汗国(ハーンの治める国)の祖先の系譜(鮮卑・室韋)に乗馬を伝えたのは、スキタイや大月氏のテュルク系と見られている。
騎馬民族の代表モンゴルを生み出したツングースも半牧半猟民族にすぎなかったということだ。
むろん、チベット系もこのスキタイやそれ以前のアンドロノヴォ文化(戦闘馬車保有・アーリア人とも)から乗馬を伝えられていた可能性もある。
そしてなおかつ、テュルク系と伝えられるスキタイ・大月氏にチベット系が混血していた可能性も充分ある。
ご指摘のY-D1保有種族も乗馬の風習を持っていたかもしれない、がそれが穢族につながるという根拠にもならないし、そういう史料も今のところ皆無のままである。
127:世界@名無史さん
10/09/14 19:48:47 0
つまんね。三善三介はどこいったんだ。あいつのプロパガンダは突っ込みどころ満載でおもろかったのに。
アリランスリーはエヴェンキの言語、小便で顔を洗っていたユウロウってやつ。
三善三介が光臨したと思ってたのに orz
128:世界@名無史さん
10/09/14 20:24:13 0
>>124
まあ、言い伝えには色々あるよ、という話にすぎません。
神農が姜姓という話は知っています。羌(チャン)族が神農を敬うのも分かる話です。
また同じ姜姓、羌族の太公望が神農と習合されているという説も聞きました。
太公望は石敢當という魔除けの神様として封神された、とも言われています。
それで神農の医療神の面と習合されたのかもしれませんね。
129:世界@名無史さん
10/09/14 20:32:52 O
朝鮮と関係ないぞ
130:世界@名無史さん
10/09/14 20:34:53 0
>>125>>127
面白くなくてすみません。
紀元1世紀~4世紀の挹婁(ゆうろう)は粛慎(周代の記述あり)の後裔、親戚だろうが朝鮮にはあまり関係無い。
<朝鮮族の起源は扶余族ではなくツングース穢族>
エヴェンキの「アリラン・ソーリとトーテムポール」を朝鮮に伝えたのは誰だろう。
「扶余系」という括りはそもそも誤り、「北扶余半万年」などはただの妄想。
「穢れ」という賤名を嫌ってのことだろうが、「穢族系ツングース」が正しい。
朝鮮とは「朝(東)の鮮卑」の意、鮮卑族の祖が東胡ツングース
・東胡→鮮卑→穢(わい)→穢四族(東穢・沃沮・扶余・高狗麗)に分派
ツングースは北部系と南部系に分かれていて、考古学見地からその文化に違いがあるのだという。
東胡は南部系でエヴェンキと粛慎(みしはせ)は北部系という説がある。
・粛慎→穢族の説もある。
『漢書』『後漢書』より
BC126年漢の武帝が穢族に「穢王之印」を授け独立を認めた。
BC107年玄菟郡(楽浪郡の北)設置、穢族は北に逃走、鹿山の地で「扶余国」が興り「東穢」は江原道に移動。
BC75年玄菟郡、西に縮小移転、咸鏡道(日本海沿岸)放棄、「沃沮」独立。
BC59年玄菟郡、さらに西に縮小移転、中朝国境山岳地帯放棄、「高狗麗」独立。穢族四派分裂終了。
「東穢」、「沃沮」は首長乱立で勢力低下、後に消滅。
「高狗麗」は中国と対立、「扶余」は逆に中国と同盟して「高狗麗」と敵対した。
穢四族
URLリンク(upload.wikimedia.org)
131:世界@名無史さん
10/09/14 20:35:40 0
「蚩尤天王」の話題じゃないんだったら
民俗神話板に「山海経スレ」でも立てそっち行ってくれんかのう。
韓国人のトンデモ史観ワロタおまいらどう思う?ってのが「高麗・李朝スレ その4」だったんだよ。
132:世界@名無史さん
10/09/14 20:36:04 O
もともと優勢だった高句麗や扶余が南方の韓族に吸収された不思議。
蝦夷と倭人なら理解るんだが。
133:世界@名無史さん
10/09/14 21:02:55 O
メインは何時代?
134:世界@名無史さん
10/09/14 22:43:22 0
焼け野原に朝鮮通史スレ。イイネ。
有史時代だから三国史記以降がメインになるだろうけど
後継民族がわからないやつも、わからないまま進行か!?
粛慎・挹婁みたいに後継民族がわかっているやつは、荒れないんだけど。。。
135:世界@名無史さん
10/09/15 00:18:56 0
>>132
唐書の百済高句麗戸数比から想像するに南方のほうが人口が
多かったのかもしれん
136:世界@名無史さん
10/09/15 08:41:56 0
今年は、祝樂浪郡2,118年です。
あと2年で、祝樂浪郡2,120年です。覚え易いでしょ?
2,120年。
137:世界@名無史さん
10/09/15 15:32:37 0
ほいさっさ
138:世界@名無史さん
10/09/15 15:35:44 O
あ
139:世界@名無史さん
10/09/15 19:15:47 O
>>135
暖かい上に半島地形だからね
140:世界@名無史さん
10/09/15 21:24:58 0
倭人はいつ頃から
朝鮮半島に住みついたん?
141:世界@名無史さん
10/09/15 21:26:20 0
三千年前ごろ
142:世界@名無史さん
10/09/15 21:36:38 0
朝鮮が成立する前からいたわけだ
143:世界@名無史さん
10/09/15 23:25:24 O
謎だ
144:世界@名無史さん
10/09/15 23:52:58 O
モンゴル侵入が無ければ高麗で、倭乱胡乱がなければ李朝で
そうなってたはず。
145:世界@名無史さん
10/09/16 09:53:01 0
なにが?
146:世界@名無史さん
10/09/16 17:49:29 O
地名を名字にすること
147:世界@名無史さん
10/09/16 20:45:50 O
御目出度い苗字とか名前とか多いね
148:世界@名無史さん
10/09/16 21:02:08 O
李朝後期には、戦争と儒教の広がりのせいで、地方両班による地方開発は停滞した。
封建制はストップした。
149:世界@名無史さん
10/09/16 21:39:29 0
朝鮮の儒教って本物とはほど遠い代物じゃね?
現世利益を唱えるキリスト教とかと同じで。
昔から捏造・歪曲の得意な国民。
150:世界@名無史さん
10/09/16 22:00:44 0
中国の寺社はたいてい道教と仏教のもの。
儒教というのは本来学問に近いもの。
が、北の蛮族に苦しめられていた宋とか明が儒教を改悪して変な宗教じみた朱子学を推奨した。
「中華の真髄は蛮族にはない、朝廷に従うことこそ正しい道」みたいな教義。
江戸幕府・諸大名も、下克上の戦国武者を寺に侍る従順なお役人として手なずけるためにそれを利用した。
それをさらに劣化させたのが朝鮮朱子学。
儒教などというのは孔子に失礼!
151:世界@名無史さん
10/09/16 22:12:16 0
朱子学だってれっきとした儒学だよ。
学問だって時代に即応して変わっていく。
古学とかいって江戸時代に周代のままを追求するほうが変かもしれないよ。
152:世界@名無史さん
10/09/16 22:24:31 0
>地方両班による地方開発は停滞
これを打破したのが日本?
153:世界@名無史さん
10/09/16 22:49:25 0
朝鮮人が五常(仁、義、礼、智、信)、儒学を理解しているとは思えない。
やはりあいつらの信教は『劣化改悪朱子教』以外のなにものでもないよ。
154:世界@名無史さん
10/09/16 23:05:09 O
>>152
しかし、二回の倭乱とそれによる明の弱体化に乗じた満州族による胡乱が
停滞を招いたおそらく最大の原因だったからなあ。
まあ、地方両班が堕落したのには他にも原因があるのかしらんが。
155:世界@名無史さん
10/09/16 23:10:03 0
>>153
そういうゴリッパな理想というか考えを
現実の世界で実行するのは難しいことなんだろう
156:世界@名無史さん
10/09/16 23:16:10 0
両班制度って、諸悪の根源でしょ
何かいいことあったのかな
157:世界@名無史さん
10/09/16 23:20:24 O
李朝前期に両班が地方に土着化して、
開発を主導したかららしい。
158:世界@名無史さん
10/09/16 23:34:40 0
両班って中央キャリア志向のカタマリみたいなイメージがあるけど、
そんな地道な実業家タイプも居たんだな。
159:世界@名無史さん
10/09/16 23:37:14 0
科挙制度のもとで、文章や弓矢の試験で採用されるわけで
もともと両班は地方の素封家でしかないんだよ。
160:世界@名無史さん
10/09/16 23:53:57 0
両斑が劣化改悪朱子学のとおり、産業もなにも興さなかったせいで、
飢えた農民はいたずらに山の山林を切り開き全土の山をハゲ山にしてしまった。
(もちろん、燃料にするためでもあったが)
今の北朝鮮も全く同じ。
161:世界@名無史さん
10/09/17 00:02:25 0
李朝でクーデターが起こり、江華島へ王が追放になるような事態が発生。
クーデターで功があった者には功臣田が与えられ
不在地主化して世襲で官職を独占するような功臣が現れるようになった。
功臣と科挙官僚の争いがあり、科挙官僚同士も派閥争いをしたのが後期の李朝である。
162:世界@名無史さん
10/09/17 00:05:34 0
世襲っていうのが一番いかんね
163:世界@名無史さん
10/09/17 00:12:19 O
>>158
私利私欲のため、奴隷をこき使っていただけのような気も。そこは中世日本の領主も同じか。
しかしハングルでローカルな農業書作った努力とかは認めてもいいかも。
164:世界@名無史さん
10/09/17 00:22:57 0
いい領主も悪い領主もいたということなんだろう
165:世界@名無史さん
10/09/17 01:17:34 0
ハゲ山化は日本でもけっこう進行しつつあったからのう
前近代テクノロジーの限界って面がありそうな
166:世界@名無史さん
10/09/17 01:40:20 0
良スレage
167:世界@名無史さん
10/09/17 17:55:59 O
両班とハングルの関係は?
中央の両班は単なる記号としか認識してなさそうだが。
168:世界@名無史さん
10/09/17 18:41:50 0
調べてみた。
王位の剥奪、拷問、粛清とろくな記述のない李氏7代世祖(1455~1468)が、反抗文書の「訓民正音」に腹を立ててそれを使用禁止にしたわけだが。
それまでは両斑の知識層も宗教・実用書・文学と「訓民正音」を当たり前に使っていたようだ。
それ以降、「訓民正音」は地下文章用の文字となった。
無著名の小説などが知られているが、これもたぶん両斑の手によるものだろう。
だが20世紀、日本が朝鮮を保護してみると国民の9割以上が文盲で、両斑は漢字を使用し「訓民正音」は完全に忘れさられていた。
169:世界@名無史さん
10/09/17 19:13:36 O
しかし、イザベラバードの本にハングルについて出てなかったか?
170:世界@名無史さん
10/09/18 00:42:09 O
実際の識字率はどのくらいだったんだろうな?
大抵の成人男子は簡単なハングルなら読めたとも聞く
171:世界@名無史さん
10/09/18 02:07:38 0
>>169
なんか朝鮮が日本に保護下に入る当年、一般的にハングルが普及していた、とかありますねwww。
でも一般ってのは識字率5.3%の知識人の中の話じゃないですかね?
漢字を使える知識人はアングラ小説読むために訓民正音も捨ててはいなかった、ってことなんですかね?
172:世界@名無史さん
10/09/18 09:33:28 0
訓民正音はハングルなど表音文字がないと正確に伝達できない。
三十六字母・注音字母・ピンイン・パスパ文字・突厥文字でも構わないが
漢字だけでは何かのきまりごとを作らなければ、正しい音を伝えられない。
>>171のいっているのは、口訣のことかな?
173:世界@名無史さん
10/09/18 10:00:09 0
>>168
10代国王の燕山君(世祖の曾孫)の時代にも同じ理由で諺文禁止令が出されてるんで
その程度のもんだろう
大体女が漢字を読み書きすんのは厚かましいって理由で後宮女性も両班女性もハングル使用してたんだから
使用禁止にしたら男が女に指示することは全て口伝えにしなきゃいけない
庶民についてはわからんが、生活密着型の単語が読めるだけで「全国民に普及」とは言えないだろうし
逆もまた然りだ
174:世界@名無史さん
10/09/18 11:21:37 0
調べてみた。
当時は「訓民正音」あるいは略して「正音」と呼ばれた。
が、当初から「諺文(俗語)」と蔑称されていた。その使用自体反対意見が多かったらしい。
漢文を「真書」とし「諺書」とも呼ばれ、「アムクル(女字)」、「アヘグル(子供字)」とも呼ばれていた。
ハングルという呼び名は最近のものであり、文献上では1912年に確認されている。
日本統治下以前は「諺文(オンモン)」の呼び名が普及していたらしい。
175:世界@名無史さん
10/09/18 11:38:59 0
>>174
元々愚民のための文字だから、偉大なる文字(ハングル)なんて呼ばれるわけがない。
176:世界@名無史さん
10/09/18 12:49:40 O
ハングルの書物は誰が書いてたの
177:世界@名無史さん
10/09/18 18:04:29 0
>>176
初期は知識層(仏典・学問書・実用書・文学書)、後期は覆面ライター
178:世界@名無史さん
10/09/19 13:08:08 O
都市や貨幣経済が遅れてるのは何故?
中世日本の都市の多くが門前町だったことを考えると仏教の衰退が原因か?
179:世界@名無史さん
10/09/19 13:43:13 0
融通無碍の仏教が衰退して、李珥の主気説朱子学が台頭した。
門前町は市場が立ったり、わりあい商工業者のインフラといえる存在だ。
文禄・慶長の役の後に、朝鮮は異様なまでの農本主義へ梶を切る。
貨幣は卑しいものとして放置されるから、改鋳して流通量を制御したりもしない。
江戸幕府は、勘定方という職種を重要視していて、通貨政策を疎かにしてはいない。
それでも農本主義的な揺り返しがあって、幕末には身動きとれなくなってきたのである。
180:世界@名無史さん
10/09/19 15:29:21 0
>>178
ソウル一極集中だったんで、地方都市が育たなかった
例外的に、元高麗の両班が朝鮮建国後に官職を得ず、
ある程度資本を持って野に下って商人になったものがある
彼らは高麗の旧都開城を根拠に行商を通じて高麗人参や陶器を売買して利益を上げていた
とはいえその商業流通も開城とソウル、あとは清・日本に接する地域
また清朝に逆らって属国に落とされた後貨幣の鋳造権を剥奪されて、
何とか取り戻した後も流通してたのは銅銭だった
181:世界@名無史さん
10/09/19 17:42:38 O
地方開発は地方両班がやるとして、
寺社がないのは痛いなあ。
182:世界@名無史さん
10/09/19 17:51:31 0
ソウルでもプサンでも巫堂シャーマニズムがあるぢゃねぇかw
おどろおどろしい神がかりの踊りとかやるやつ
あれが北鮮なんかにも広がっていて宗教ネットワークが全国に存在してただろう
183:世界@名無史さん
10/09/19 17:57:47 0
ハングルは、併合以前は使い方がバラバラ。
日本同化政策に対抗して、民族性を失わないために、
ハングル統一化作業を行ったみたいだね。
184:世界@名無史さん
10/09/19 19:16:21 O
>>182
日本で寺が無かったら、神社だけで寺の持っていた役割を全部代行できただろうか?
185:世界@名無史さん
10/09/19 20:36:30 0
>>179
何で日本の話が出てくるのか分からんが?
幕末が農本主義なんてなんかのギャグか?w
李朝で朝鮮半島全体で貨幣が流通したことはない。
常に都市部だけだ。
186:世界@名無史さん
10/09/19 23:03:58 O
ああ、吉宗や定信みたいのが儒者か。
しかし、仏教弾圧した罪はでかいな。
地方両班はともかく、中央両班は何か発展に貢献したのか?
187:世界@名無史さん
10/09/19 23:05:02 0
貨幣が流通してないってことは
物々交換?
188:世界@名無史さん
10/09/19 23:31:49 O
>>185
中世日本との比較はかかせない
189:世界@名無史さん
10/09/19 23:42:57 0
>>186
僧侶を還俗させ定員減+寺が抱えている工人を他所に転用
このへんで臭うのは、高麗時代に僧兵がいっぱいいたんじゃね?
弾圧は、織田信長の比叡山焼き討ちみたいなもので
慶尚南道の世界遺産海印寺(曹渓宗)なんかは維持されていたし
山岳仏教の拠点は、全部残っていて活動していたみたいだ。
190:世界@名無史さん
10/09/20 00:26:58 O
山岳に追い払うなって…
せめて港湾か街道沿いかそこら辺に追い払え!!
でも世俗的な都市じゃないと発展できないかな
191:世界@名無史さん
10/09/20 07:55:06 0
>>188
江戸時代は中世じゃないよ。w
余り笑わせるな。
192:世界@名無史さん
10/09/20 08:04:24 0
>>189
仏教って高麗時代の支配民族の宗教だったんじゃね?
上で述べたが、郷歌は新羅、高麗まで作られたが、朝鮮語とは別系統の言語である可能性がある。
193:世界@名無史さん
10/09/20 08:08:38 0
日本と比べるなら、平安時代じゃないのか?
朝鮮には封建時代がなく、ずーと平安時代が続いていた。
194:世界@名無史さん
10/09/20 08:21:43 0
>>189
世界遺産(大笑い)
佛国寺なんか跡形もなかったのに、韓国は再建して世界遺産に登録したんだぜ?
もうメチャクチャだ。w
195:世界@名無史さん
10/09/20 09:19:30 0
厳島神社とかだってオリジナル部分は残っていないぜ。
あれを世界文化遺産に登録したのはめちゃくちゃですかそうですかw
196:世界@名無史さん
10/09/20 09:53:48 0
隣国どうしが互いのボロを出し合ってもつまんね。もっと建設的な話を。
197:世界@名無史さん
10/09/20 10:45:25 0
>>192
14世紀に住民入れ替えなんて、>>24がいうように時代的にありえねーよ。
もしそうなっているならば、周辺国に記録が残っているはず。
ポリネシア人やパプア人の移動のことをマレー人が記録しているように
朝鮮のこともモンゴルや日本が記録しているはず。
支配民族が少数派だったら、満州人が漢語のまま清国を支配したように
在来民族の言語を変更したりする労力を払うより、支配者のほうが換える。
198:世界@名無史さん
10/09/20 12:03:01 O
地方両班は封建領主と違うのか
199:世界@名無史さん
10/09/20 12:19:35 0
在地地主
200:世界@名無史さん
10/09/20 12:25:49 0
両班は基本的に全部が地方両班。
科挙を受験して登用されないと無役なので、>>159のいうように日本の庄屋と大して変わらない。
地方官には、よそ出身の登用された両班が中央から派遣されてくるので、
官に登用されなければ吏員ぐらいにしかなれない。
地方でいくら頑張って産業開発しても、悪代官みたいなのにチューチュー吸われるだけ。
官も試験科目も文官が文章暗記、武官が弓矢が中心なので産業政策に強いとはいえない。
そして、官になってもクーデターで一発あてて、功臣になって
一気に不在地主になることを狙うような陰謀があって政情は安定しない。
201:世界@名無史さん
10/09/20 14:52:08 0
ずーと平安時代、か
分かりやすい例えだなあ
202:世界@名無史さん
10/09/20 15:33:27 O
あれ、両班って一代限りなの?
203:世界@名無史さん
10/09/20 15:35:04 0
功臣になると世襲できるよw
だからダブルスタンダード
204:世界@名無史さん
10/09/20 16:01:37 0
李朝後期にはほぼ階級が固定されてたから「両班階級」とでも呼ぶべき世襲貴族だったけどね
明文化はされてなかったけど
科挙の問題出す方と受ける方が固定されて、新参がいくら勉強して来ても落とされるシステムだった
205:世界@名無史さん
10/09/20 16:46:31 O
なら武士みたいなもん?
206:世界@名無史さん
10/09/20 16:48:31 0
>>202
そこが、朝鮮史の難しいところ。
ある程度の資産を持っている在地地主を「両班」と呼んでいるが
これは正しくなくて、両班予備軍・受験資格者というべき。
文官武官の両方をとって両班というのだが
任官して王から録を貰っている一族に対しての呼び方が、本来の両班。
何世代か前に任官したものも、名誉的に「両班」と呼ばれ続けるので
ただの自作農に没落しても「両班」と呼ばれ続ける。
207:206
10/09/20 16:50:00 0
>>205
ぴんぽーん ですね。
208:世界@名無史さん
10/09/20 17:22:47 0
ヤンバンというのは、中国の読書人・士大夫・郷紳とどうちがうの?
209:世界@名無史さん
10/09/20 17:23:34 O
>>205
なんか最初のギラギラした欲望を失っていく(弱体化?)ところも
210:世界@名無史さん
10/09/20 17:28:30 0
>>186
吉宗は、株仲間を公認したり、蘭学を取り入れ実学を重視してるから、
儒教原理主義みたいに言うのちがうと思う。
定信は田沼と比較したら時代に逆行してるように見えるが、
天明の飢饉後の復興対策とか、江戸市内の都市政策、社会政策とか見ると、
けっして無能ではない。
言論・風俗の統制とか朱子学重視は当時の時代性を考える必要もあるし、
異学の禁はあくまで幕府の聖堂学問所内に限定されたことだし。
211:世界@名無史さん
10/09/20 17:48:22 0
>>205
はい?
江戸時代だって身分固定じゃないのに武士?
212:世界@名無史さん
10/09/20 17:55:38 0
>>197
住民入れ替えなんていってないぞ?
支配民族が入れ替わったんじゃないの?
ルワンダのツチ族とフツ族が入れ替わったようなもんだろ?
>朝鮮のこともモンゴルや日本が記録しているはず。
日本は全く交流がなかったし、モンゴルもそんな小さな属国のことなんか関心あるかどうか?
213:世界@名無史さん
10/09/20 18:33:51 0
ツチ族とフツ族って
面白い例えするねえw
214:世界@名無史さん
10/09/20 18:39:43 0
ツチ族とフツ族は言語も宗教も一緒で
顔つきだけで宗主国が人為的に作ったやつでそ?
215:世界@名無史さん
10/09/20 18:47:37 0 BE:539668433-2BP(240)
URLリンク(www.koreanantijapan.comze.com)
URLリンク(www.geocities.jp)
韓国はこういう歴史を偽造するような国です。
韓国を信じてはいけません
216:世界@名無史さん
10/09/20 19:04:02 0
つまり宗主国明が人為的に
高麗族と(李氏)朝鮮族を作った(分離した)
ということなのかい?
217:世界@名無史さん
10/09/20 22:01:18 0
~韓国の真実~
スレリンク(whis板)
218:世界@名無史さん
10/09/20 22:31:37 O
たしか、北朝鮮や満州の方に高麗人が沢山入植してて、高麗王族を王として半独立の社会を築いてた。
李成桂はその植民者の子孫ということ。
219:世界@名無史さん
10/09/20 22:40:26 0
じゃあバルカン半島だ。
とにかく、古代から雑多な民族が集まってできた中国の属国(一地方)。
220:世界@名無史さん
10/09/20 22:48:39 0
>>218
満州生まれで、かつ女真族の軍団を配下にしていたので、女真族そのものだ。
という説もあるな。
あと、女真族を引き従えるには元の許可が必要で、その資格は女真族出身じゃないといけなかった。
なんて話もある。
221:世界@名無史さん
10/09/20 22:54:51 0
てことは満州語を話していたのか
222:世界@名無史さん
10/09/20 22:55:09 0
Wikipedia
帰化人
高麗時代前時期にかけて異民族が帰化した数字は23万8000人余りに達する[7]。
帰化した漢族は国際情勢に明るく、文芸にたけていて官僚にたくさん進出した。
帰化した渤海人は契丹との戦争に参加して大きい功績を立てた。
チェ・ムソンに火薬製造技術を伝えた人物の以遠も中国、江南地方出身帰化人である[7]。
帰化した女真族は北方情勢を情報提供したり城を築いたり、軍功をたてて高位官職になった者もいる。
李氏朝鮮を建国した李成桂は東北面出身でこの地域の女真族を自身の支持基盤とした。
開国功臣だった二至欄はこの地域出身の女真族指導者として同北方面の女真族と朝鮮の関係を
篤実にするのに重要な役割を担当した。
朝鮮王朝時代、同北方面の領域で領土拡張が可能だったことは女真族包容政策に力づけられた
ことが大きい[7]。
京仁教育大学校の朴チョルヒ教授は、韓国の社会教科書が過度に民族中心的に叙述され、
これら帰化人の存在と文化的影響に対し教科書は沈黙し、女真族との友好的な内容は
教科書で探せない、と女真族を朝鮮民族を困らせる報復の対象にだけ描写していると
批判している[7]。
223:世界@名無史さん
10/09/20 23:20:44 O
渤海人は多いのか?
224:世界@名無史さん
10/09/21 07:57:27 0
もともと少数民族っぽいな
225:世界@名無史さん
10/09/21 13:00:14 0
いつ歪んだのかな
226:世界@名無史さん
10/09/21 20:12:17 O
アイヌ兵を率いた松前氏に李成桂と同じ物を感じる。
227:世界@名無史さん
10/09/21 20:53:17 O
わかった!!
李朝後期になって、両班は守りに入ってしまったんだ。
中世の公家や江戸期の武士みたいに。
228:世界@名無史さん
10/09/21 22:05:27 0
>>227
なぜ日本を引き合いに出すの?
全然関係ないのに。
229:世界@名無史さん
10/09/21 23:03:13 0
ジンバブエあたりと比較しろよ。
日本とは全く違うんだからこっち見るな、シッシッ。
230:世界@名無史さん
10/09/21 23:10:48 O
奴隷達は商業も行っていたから、
新しい時代を託せる。
231:世界@名無史さん
10/09/21 23:22:50 0
・通貨は都市部でのみ流通。
・地方では物々交換。
・商業は行商のみ。
・手工業は発展せず、車輪も塩も作れなかった。
封建時代や近世市民社会や近代資本主義もない。
日本が近代化するまで、奈良時代か平安時代ぐらいだね。
だから、アフリカと比べるのが妥当。
古田先生はインカ帝国と同じと言っておられるが…
李朝=インカ帝国の共通点、古田博司筑波大教授 「李朝にもインカ帝国にも木を曲げる技術がなかった」
232:世界@名無史さん
10/09/21 23:30:41 O
両班が入植開発してたのと封建制の違いが今ひとつ。
233:世界@名無史さん
10/09/21 23:31:38 0
>>212
東アの共通語がシナ語にしても、どの国も内情を探れるよう通訳くらいは養成しとるわ
商人だっていきなり話が通じなくなったらスルーできるわけないだろう
234:世界@名無史さん
10/09/21 23:37:57 0
インカよりはいいでしょ。
1866年フランス軍、江華島占領→撃退(丙寅洋擾)
1871年アメリカ軍、広城鎮占領→撃退(辛未洋擾)
235:世界@名無史さん
10/09/22 00:40:57 0
マジで遅れた地域だったんだね
236:世界@名無史さん
10/09/22 01:15:16 0
>>229
それはグレート・ジンバブエ文明を築いたジンバブエに失礼
比較するならカナリア諸島かタスマニアかマサイあたりかと
237:世界@名無史さん
10/09/22 01:21:51 0
>>236
失礼じゃ無いかw
238:世界@名無史さん
10/09/22 01:45:18 0
【バ韓国歴史】 「箕子朝鮮はなかった」「チンギス・ハーンも韓民族」~韓民族史観定立意識改革会
スレリンク(asia板)l50
(`・ω・´)
239:世界@名無史さん
10/09/22 01:46:34 0
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
240:世界@名無史さん
10/09/22 02:13:38 0
ァ ∧_∧ ァ,、
,、'` ( ´∀`) ,、'`
'` ( ⊃ ⊂) '`
241:源義経
10/09/22 09:07:47 0
な、なんだって?
242:世界@名無史さん
10/09/22 12:30:46 O
李朝は活字か
243:世界@名無史さん
10/09/22 15:15:13 0
インカは穿孔手術とか剃刀が隙間に入らない石組みとか、李朝よりはるかに進んだ文化だろ。
244:世界@名無史さん
10/09/22 16:54:45 0
>>242
何人もの彫金職人が鉛中毒で死んだけどな
245:世界@名無史さん
10/09/22 19:04:19 O
なんで日本の武将は活字を欲しがったんだ?
作るの難しいの?
246:世界@名無史さん
10/09/22 19:39:37 O
金属を混ぜる比率の問題かね?
247:世界@名無史さん
10/09/22 19:40:35 O
てか、ハングルって活字を想定して作られたんだろうな
248:世界@名無史さん
10/09/22 20:34:12 0
残念ながらハングルを活字にしたのは、日本統治時代に日本人によって。
名前は忘れた。
249:世界@名無史さん
10/09/22 20:42:52 0
李朝活字は結局あとに続かなかったんだっけ?
250:世界@名無史さん
10/09/22 20:56:10 O
>>245とも関係するが、多分高級品だったんだ
251:世界@名無史さん
10/09/23 01:03:50 O
なんかいつもの流れに戻ってきたな
252:世界@名無史さん
10/09/23 02:00:31 O
じゃあ、やり直し。
高麗は契丹に何回も勝ってるが、どういう戦い方で挑んだんだ?
253:世界@名無史さん
10/09/23 09:03:13 O
高麗軍は李朝軍に勝てるよ
254:世界@名無史さん
10/09/23 13:11:09 O
三国史記のもとになった史料はどうなったんだよ?戦争で失われたんだろうが…
一冊くらいどっかで出て来ないものかな?
255:世界@名無史さん
10/09/23 13:37:41 0
URLリンク(www.geocities.co.jp)
256:世界@名無史さん
10/09/23 15:44:41 0
>>254
そういうあってはまずいモノは当然意識的に処分してるっしょ。
なにせ三国史記ってのは、実際には三国で最も建国の遅かった新羅を三国で
最も早い建国に書き換えたりと、新羅の正統性を潤色してるヤツだから、
それに反する史料を残すわけがない。
257:世界@名無史さん
10/09/23 15:58:18 O
編纂者が金氏だからか?
258:世界@名無史さん
10/09/23 16:18:33 0
いや『三国史記』は王氏高麗国書
259:258
10/09/23 16:21:17 0
>>257
いや、ホントに新羅王家につらなる金富軾の作成でした。
260:世界@名無史さん
10/09/23 16:53:26 0
>>254>>256
日本書紀の中に断片が残されていて、それが三国史記と矛盾し、民族イデオロギーを逆撫でする内容だから
でたらめだ!と怒りくるっt・・・
261:世界@名無史さん
10/09/23 16:58:12 0
「新羅は日本人が建国に関与し三王家ともに日本人と縁が深かった」と書いてある『三国史記』は、韓国では偽書あつかいらしいお。
262:世界@名無史さん
10/09/23 17:05:47 0
>>261 へぇ~
じゃ、真書なんだぁ~
263:世界@名無史さん
10/09/23 17:26:22 0
「百済始祖王は高句麗始祖東明王の息子」とか書いておいて、
分注で「本記はあやまり、別の尉仇台が始祖かもしれない」なんて書いてあるくらいに、
けっこう誠実な史書であるのが『三国史記』だ。
264:世界@名無史さん
10/09/23 17:27:17 O
日本にも記紀より古い史書もないし、当然か…
265:世界@名無史さん
10/09/23 17:43:34 0
三国史記 1145年
古事記 712年
日本書紀 720年
|∀・) ニヤニヤ
266:264
10/09/23 17:55:29 O
ん、記紀より古い書物も消されたのだろうということを言いたかったのだが
267:世界@名無史さん
10/09/23 18:14:58 O
天皇は、外来種くさい描写は確かに多いが、「韓国から来た」などとは書いていない。
268:世界@名無史さん
10/09/23 18:17:16 O
>>265
中国なら「春秋」とか「史記」があるけど
269:世界@名無史さん
10/09/23 18:33:20 0
中国の古さに比べれば日韓はドングリの背比べ
270:世界@名無史さん
10/09/23 18:51:15 0
確かにそうだね
卑弥呼や倭王武の時代に、なぜ記紀のような歴史書を
作らなかったのかが悔やまれる
てか、スレチだね
271:世界@名無史さん
10/09/23 18:57:05 0
>>261
新羅は、秦の子孫の中国人の国じゃなかったの?
272:世界@名無史さん
10/09/23 19:05:11 0
秦は周代の漢人とは違うけどな
273:世界@名無史さん
10/09/23 19:35:29 0
>>270
日本書紀を編纂したときに古い史書はすべて禁書にした。
もちろん、古事記を含めて。
現在の古事記は南北朝時代に真福寺で偶然見つかったもの。
274:世界@名無史さん
10/09/23 19:38:15 0
常陸国風土記
播磨国風土記
出雲国風土記
肥前国風土記
豊後国風土記
こういうのもあるんだけどね。
275:世界@名無史さん
10/09/23 19:42:11 0
日本書紀の編纂時に下敷きにした、百済記、百済新撰、百済本記が残っていれば…
276:世界@名無史さん
10/09/23 20:00:10 0
卑弥呼時代の史書が、偶然見つかったりしたら
面白いだろうね
夢があるな
卑弥呼240年頃
古事記712年
約500年前。
277:世界@名無史さん
10/09/23 20:02:33 0
>>271
新羅の民衆が秦民
王族は百済人(扶余)か日本人
中国史書は百済人が新羅の王
■新羅
・『隋書東夷伝』に、辰韓(後の新羅)の王は百済人、とある。
・『三国志・魏書辰韓傳』に、秦韓(辰韓)の民衆は、先住の倭人と始皇帝から逃げてきた秦の民(漢族。百済王が居住を許可した)とある。
最近の「東北行程」では秦の遺臣が建国したとかにすり替わってるけどね。
日本では『日本書紀』スサノオが新羅を建国、『新撰姓氏録』に新羅初代王は神武天皇の兄、稲飯命(イナヒノミコト)とある。
朝鮮では『三国史記』で新羅三王家はみな日本人に由来する。
278:世界@名無史さん
10/09/23 20:09:53 0
同族なのに、なんでそんなに仲が悪いんだろう
兄弟喧嘩みたいなもんか
279:世界@名無史さん
10/09/23 20:26:13 0
>>278
辰韓の王はその後も馬韓王の許可がないと即位すらできなかったという。
そんなこんなで新羅のストレスがたまっていったのだろう。
直接の対立は日本が油断したすきの加耶国の切り取り、その競争によるもののようだ。
280:世界@名無史さん
10/09/23 21:03:26 0
>>266
漢字がまだモノになってなかったってか史書編纂する必要性がなかっただけじゃないの?
281:世界@名無史さん
10/09/23 21:22:37 O
新羅王が倭人もしくは倭人由来なら、
天皇の祖先はニニギが九州に降りたったり神武が先住民を征服する描写がある(神武に先駆けて到着していたやつまで出てくる)。
玄界灘の両岸に分布してた奴ら(稲作民)が別方向に移動して
先住民を従わせてそれぞれヤマトと新羅を建国したんかもな。
282:世界@名無史さん
10/09/23 21:23:46 O
辰王は扶余なの?
283:世界@名無史さん
10/09/23 21:30:23 0
>>279
なんか伽耶と扶余は同系の可能性あるけども、別の民族のようだ。
同系だといっても、やはり対立があってしかるべき。
284:世界@名無史さん
10/09/23 21:37:59 0
>>280
中国(魏・三国)事情にも詳しかったみたいだし
中国の真似をして史書を作るとか
285:世界@名無史さん
10/09/23 21:49:20 O
日本も韓国も別に自分で作らずとも、中国人に作ってもらえばよい。
286:世界@名無史さん
10/09/23 21:54:57 0
北魏と劉宋で事実認定が違うから
余計にややこしくなんじゃないか!
287:世界@名無史さん
10/09/23 21:59:30 0
>>278
私見ではあるが、百済、新羅、加耶も、倭人と漢人が民衆で支配層は扶余族と考えている。
当時の日本の王権はまだ弱く、北九州に進出した扶余族の王(例えば蘇我氏)が連合政権に口出していたとも考えられる。
騎馬民族の征服などあり得ないが、扶余の朝廷関与はあったのではないだろうか。
288:世界@名無史さん
10/09/23 22:35:58 0
>>287
魏志倭人伝読め。
当時の弥生人は南方から北上してきたと思うぞ?
風俗を読む限り、北方の影響は全く受けていない。
289:世界@名無史さん
10/09/23 22:39:08 0
海峡といえば対馬海峡だろう
扶余族は九州北部から入ってきたのだろう
290:世界@名無史さん
10/09/23 22:39:19 0
男子は大小と無く、皆黥面文身す。古よりこのかた、その使の中國に詣るや、皆自ら大夫と称す。
夏后小康の子、会稽に封ぜらるるや、断髪文身して以て蛟龍の害を避く。 今、倭の水人、好んで
沈没して、魚蛤を補う。文身は亦以て大魚・水禽を厭う。後やや以て飾りとなす。諸国の文身各々
異なり、あるいは左にしあるいは右にし、あるいは大にあるいは小に、尊卑差あり。その道里を計るに、
当に会稽の東治の東にあるべし。
291:世界@名無史さん
10/09/23 22:41:51 0
>>289
>>290
この有名な一節ぐらい知ってるだろ?
これを読んで、北方から来たと思うなら、おかしいぞ?
292:世界@名無史さん
10/09/23 22:46:48 0
黥面文身は扶余族よりも先住民っぽい。
扶余族は別の民族じゃね?
293:世界@名無史さん
10/09/23 22:54:38 0
扶余族と弥生人をごっちゃにしないほうがいい。
『魏志倭人伝』のほうが年代が前で2世紀ごろ、古墳時代は後の5世紀。
294:世界@名無史さん
10/09/23 23:04:11 0
>>288
誰も弥生人の話なんて書いてないぞw
日本人平均Y-O2b1-47z(22.1%)が直接渡来長江文明人(倭人)の弥生人と思う。
九州に残るY-C3c-M86(3.8%)がツングースの扶余系ではないか。
ちなみにアイヌに残るY-C3-M217(26%)はそれより古い遺伝子で、イヌイットに近いものだろう。
正直に話せば高天原は長江流域と思っている。
朝鮮渡来かもしれない倭人Y-O2b*(6%)がスサノオの出雲族とも思っている。
295:世界@名無史さん
10/09/23 23:05:20 0
魏志倭人伝に詳しいお方がいるようなので
伺いたいのだが
邪馬台国は文字を使って何かを記録していた様子は
ありますか
296:世界@名無史さん
10/09/23 23:07:52 0
扶余がツングースだなんて
ずいぶん古臭い黴のはえた『騎馬民族征服説』みてぇな決め付けだな
297:世界@名無史さん
10/09/23 23:23:09 O
例えば、稲作や天皇のが朝鮮南部から来たとしても、そこには北から来たのか長江流域から来たのかで全然違うわけで。
298:世界@名無史さん
10/09/23 23:28:45 0
稲作と天皇は切り離して考えればええやん。
宮中水田作って田植えをやりはじめたのは昭和天皇なわけだし。
299:世界@名無史さん
10/09/23 23:46:26 0
>>297
Y-O2b1-47z(日本22.1%)は日本で変異したと想定されている(崎谷満、MFハマー)。
この染色体は朝鮮には8%ほど残っている。
つまり弥生人は直接渡来した長江文明人の末裔でその後日本から朝鮮に渡ったと考えられている(もちろん異説もあり)。
そしてそれとは逆とも考えられるY-O2b*染色体も存在する。朝鮮で24%、日本で6%である。
これは海路直接朝鮮にたどりついた長江文明人かもしれない。
『山海経』で呼ばれた倭人とは、このふたつを合わせたY-O2b系の朝鮮先住民のことであろう。
温帯ジャポニカ水稲が直接長江から日本に渡ったのは現代の常識だぞ。
URLリンク(www.iza.ne.jp)
>>296
穢(ワイ)族、穢四族(扶余、東穢、沃沮、高狗麗)がツングースじゃないなんて資料を探すほうが至難の業だぞ。
300:世界@名無史さん
10/09/23 23:51:28 0
何かスレチな化学記号のヤツがいるな
301:世界@名無史さん
10/09/24 00:03:19 0
今は遺伝子学が考古学や歴史学のツールになる時代だよ。
302:世界@名無史さん
10/09/24 00:14:03 0
ツールに振り回されているのを自覚せず、トンデモ説で邪馬台国論争一発逆転ですか~?
思考の邪魔だからメンヘル板でも池 シッシッ。
303:世界@名無史さん
10/09/24 00:20:54 0
>>295
王、使を遣わして京都、帯方郡、 諸韓國に詣り、および郡の倭國に使するや、皆津に
臨みて捜露し、文書、賜遺の物を伝送して女王に詣らしめ、差錯するを得ず。
「文書」とあるから、文字が使われていたと思う。
304:世界@名無史さん
10/09/24 00:21:17 0
「九州説」とか「さきたま説」やってるとメンヘルになるぞ(笑)
305:世界@名無史さん
10/09/24 00:23:27 0
中国人がいて通訳してたのかもしれないが、文字が読み書きできる者がいたことは
おそらく事実だろう。
306:世界@名無史さん
10/09/24 00:30:16 0
隋書倭国伝に曰く
文字はなく、ただ木に刻みをいれ、繩を結んで(通信)する。仏法を敬い、百済で仏教の経典を求めて得、
初めて文字を有した。
とあるから、日本人が文字を読み書きできるようになったのはおそらく、4、5世紀以降…
それまで通訳に頼っていた?
307:世界@名無史さん
10/09/24 03:31:08 0
馬鹿?
308:世界@名無史さん
10/09/24 06:00:20 0
魏志倭人伝に詳しいお方、ありがとう
文書がどこかからゴッソリ出てきたら、面白いね
309:世界@名無史さん
10/09/24 07:09:23 O
>>299
現代の常識?
例えば、稲作の道具や害虫など色々なものの広がりを考えて
長江→山東→朝鮮西部→北九州
というルートが考えられたんだが。
310:世界@名無史さん
10/09/24 08:48:18 0
>>309
稲作の伝播ルートが稲作地帯でないところを通ってるって?(笑)
311:世界@名無史さん
10/09/24 10:46:54 0
稲作の朝鮮ルートなんてあり得ないんだよな。
証拠が何もない事を主張する奴は何なの?
312:世界@名無史さん
10/09/24 12:07:56 O
309のルートに稲作地帯じゃないところあったか?
313:世界@名無史さん
10/09/24 13:01:12 0
稲作の話題は以前、粘着基地外が一人いたからやめたほうがよし
314:世界@名無史さん
10/09/24 14:12:40 0
>>312
昔の耐寒性のない米が中国東北部、北朝鮮で穫れるって?w
アホ?
315:世界@名無史さん
10/09/24 14:18:29 0
>>309
>山東→朝鮮西部
どうやってきたの?ワープ?w
まさか船で運んだとか、寝ぼけたこと言わないよね?
米の伝来っていつなんだよ?w
316:世界@名無史さん
10/09/24 14:59:48 0
>>312
山東省はいまだに小麦の大収穫地帯です。
稲作には不向きです。まして古代では不可能!
317:世界@名無史さん
10/09/24 17:46:52 O
>>314
そんなとこは主張してないでしょ。
318:世界@名無史さん
10/09/24 18:37:56 O
1ルートに限定しなくてもよいのでは
319:世界@名無史さん
10/09/24 18:47:08 0
それでも北方ルートはあり得ないなw
320:世界@名無史さん
10/09/24 19:13:47 O
そうでもないらしい。
321:世界@名無史さん
10/09/24 20:05:24 0
>>317
じゃあどうやって山東から朝鮮西部に来たんだよ?
ワープしたのか?
322:世界@名無史さん
10/09/24 20:31:03 0
>>320
朝鮮人の脳内はな。
323:世界@名無史さん
10/09/24 20:50:51 O
ちなみになぜ北方ルート説が生まれたのかというと、
324:世界@名無史さん
10/09/24 23:29:24 0
>>321
船?
325:世界@名無史さん
10/09/24 23:34:50 0
>>323
☆ チン マチクタビレタ~
マチクタビレタ~
☆ チン 〃 ∧_∧ 続きマダー?
ヽ___\(\・∀・)
\_/ ⊂ ⊂_)
326:320=323
10/09/25 00:13:35 O
なんか、農具やある種の農法(水稲じゃない)は実際に遼東半島を通って
朝鮮南部に到達したらしい。
朝鮮南部で長江下流域から入って来た水稲栽培に交じって
さらに日本に入ったとのこと。
327:世界@名無史さん
10/09/25 00:17:43 0
>>326
”らしい”とか”とのこと”じゃなくて、誰それの論文とか
学説とか考古学的遺物とかちゃんとしたソース上げろよ。
328:世界@名無史さん
10/09/25 00:59:57 0
あのなあ、華北や北朝鮮なんていまだに米なんてほとんど作ってないんだよ。
そもそも気候が稲作には向いてないの!
華北は小麦だし、北朝鮮は軍隊が芋作ってるんだよ。
329:世界@名無史さん
10/09/25 01:24:05 O
>>328
326をもう一度読んで
330:世界@名無史さん
10/09/25 01:35:49 0
お前は小学生かっ !?
お前の駄文なんぞ読んでられんのだよ
まともに読めるソースだせ、カス!
331:世界@名無史さん
10/09/25 02:38:23 O
松菊里遺跡とかいうやつかな。
332:世界@名無史さん
10/09/25 02:48:13 0
蔚山には世界最古1万6千年前の水田跡があることから
原産地は熱帯地方であると予想されるが
水稲というものは蔚山から世界に広まったと考えるべきだ
333:世界@名無史さん
10/09/25 03:55:50 O
>>331
土器や農具が北方由来だったが、実は日本にも広がっていたらしい。
334:世界@名無史さん
10/09/25 05:32:13 0
>>328
黒龍江省は稲作地域だぞ。佳木斯へ行ってみそ。
夏に暑くなれば短粒米は育ち、現在はきらら397やあきたこまちの系統の品種を栽培。
335:世界@名無史さん
10/09/25 06:42:40 0
>>334 二千年前も?
336:世界@名無史さん
10/09/25 07:28:25 0
>>335
黒龍江は8世紀以降。契丹人が耕作していた時期からしか継続していない。
1200年弱の歴史しか確定していない。
337:世界@名無史さん
10/09/25 08:05:54 0
その黒竜江沿いの稲作はいつから?
またどこから?
338:世界@名無史さん
10/09/25 08:07:36 0
8世紀からだと書いてあるじゃん
339:世界@名無史さん
10/09/25 08:13:47 0
室韋が南からやってきたんじゃろね
340:世界@名無史さん
10/09/25 10:12:51 O
>>330
『農耕の起源を探る-イネの来た道』(宮本一夫:吉川弘文館)
341:世界@名無史さん
10/09/25 10:30:32 O
北方ルートはあくまで農具や土器や金属器のルートなので、
水稲栽培の跡が見つからなくてもかまわないでしょう。
342:世界@名無史さん
10/09/25 10:48:05 0
そういうは土器etc.の北方ルートであって稲作の北方ルートとは言わない。マジ小学生かw
343:世界@名無史さん
10/09/25 10:53:53 O
稲作を語るうえで欠かせないよ。稲作というのは高度で、様々なものが一セットで渡来したんだから。
ところで、何ルート支持なの?そしてその根拠を
344:世界@名無史さん
10/09/25 11:15:15 O
一ルートに限定する必要はないんだって
345:世界@名無史さん
10/09/25 12:16:59 0
江南の人が籾袋を担いで河北平原~熱河~遼河河口域~朝鮮半島南部へと
稲作可能なところを探して歩いていったというの?
346:世界@名無史さん
10/09/25 12:18:17 0
長粒米のインディカをですか? !?
347:世界@名無史さん
10/09/25 12:20:09 0
2000年前に籾袋や俵があったん?
348:世界@名無史さん
10/09/25 12:28:25 0
2000年?
弥生時代が始まったのは3000年前。
陸稲は6000年前からだぞ?
349:世界@名無史さん
10/09/25 12:30:09 0
ある土地が稲作可能かどうかは、田植えから稲刈りまでの期間をそこで過ごさなきゃわからんだろ
350:世界@名無史さん
10/09/25 12:35:07 0
今問題になってるのは6000年前に日本に伝わった陸稲の話だと思うが?
違うの?
351:世界@名無史さん
10/09/25 12:38:34 0
>>350
違うみたい。
陸稲で蕎麦や粟と輪作して焼畑農業なら、短粒米が結構どこでもみつかる。
黄河流域の全てで見つかる。チベット自治区のチャムドからも出てくるぐらい普遍的。
352:世界@名無史さん
10/09/25 12:44:34 0
なんか陸稲は彩陶とセットっぽいな
353:世界@名無史さん
10/09/25 12:44:51 0
陸稲の収量は水稲の4~5分の1
354:世界@名無史さん
10/09/25 12:47:18 0
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
355:世界@名無史さん
10/09/25 12:52:17 O
>>345
だからそれは種籾のルートじゃないんだってば。
356:世界@名無史さん
10/09/25 12:53:56 0
以下wikipediaより。
2005年岡山県彦崎貝塚の縄文時代前期(約6000年前)の地層から稲のプラントオパールがみつかって、
縄文中期には稲作(陸稲)をしていたとする学説が出た。それに加え、遼東半島や朝鮮北部での水耕田跡が
近代まで見つからず、畑作米の確認しか取れないこと。また、朝鮮半島で確認された炭化米が紀元前2000年
が最古であり、日本の水稲よりさかのぼれないこと、極東アジアにおけるジャポニカ種の稲の遺伝分析において、
朝鮮半島を含む中国東北部からジャポニカ種の遺伝子の一部が確認されないことなどの複数の証拠から、
水稲は大陸(中国南部以南)からの直接伝来したとする学説(対馬暖流ルート・東南アジアから南方伝来
ルート)が見直され、更に日本から朝鮮半島へ伝わった可能性を指摘する佐藤洋一郎の説も出されている。
現在、炭素14による日本最古の水田稲作遺跡は2800~3000年前とされている。
357:世界@名無史さん
10/09/25 12:59:12 0
>>356
長江じゃなくてサルウィン河やメコン河の上流のほうかもな。
東シナ海のほうの河姆渡インディカじゃないんだよ。
358:世界@名無史さん
10/09/25 13:02:55 O
>>356
穴多くない?
・北方ルートを水稲のルートであると主張してる奴はいない。朝鮮ルートは、長江→山東半島→朝鮮南部→日本
・日本の陸稲が発展して水稲になったわけではない。
水稲栽培は灌漑や道具などを伴って最初から完成された形で来日してる。
・ルートは一ルートに限らない。高床式とかは昔から、長江から直接きたのかもと言われてる。
359:世界@名無史さん
10/09/25 13:06:25 0
長江まぎらわしい
河姆渡,屈家嶺,三星堆みんな別系統なのに
いっしょくたにして、印象操作みてーだ
360:世界@名無史さん
10/09/25 13:13:45 0
屈家嶺や三星堆だと陸稲になってしまう。
山東-遼寧-朝鮮-日本において
はじめて水田&ジャポニカのセットが成立する
361:世界@名無史さん
10/09/25 14:14:54 0
なんかキチガイ工作員が集結してるみたいだが、
そもそも蔚山の水田遺跡が捏造だろ。BP16000なんて最終氷期終了の6千年前だぞ。
20世紀、日本が朝鮮を保護したとき水田なんてほとんど無かった国がどうやったら1万6千年前に水田作れるんだよwww
362:世界@名無史さん
10/09/25 14:39:16 0
by 青木
363:世界@名無史さん
10/09/25 14:42:57 0
遼東半島や朝鮮北部での水耕田跡が近代まで見つかっていないこと、朝鮮半島での確認された炭化米は
紀元前2000年が最古で畑作米の確認しか取れないこと(水田跡については日本が2500年前であるのに対
して、半島は1500年前)、極東アジアのジャポニカ種稲のDNA分析において、一部遺伝子が朝鮮半島を含む
中国東北部稲からは確認されないなどの点から、この説(朝鮮伝来説)の支持者は少ない。
近年では教科書などからも説が除外された。
364:世界@名無史さん
10/09/25 14:51:57 0
大嘴子遺跡から水田遺構らしきものが出ているのだが
365:世界@名無史さん
10/09/25 15:06:38 O
農具農法はどうなんだ
366:世界@名無史さん
10/09/25 15:08:39 0
農機具だと犂が着目アイテムだな
367:世界@名無史さん
10/09/25 17:47:15 O
①北方ルート
②山東→朝鮮南部ルート
③直接渡来ルート
368:世界@名無史さん
10/09/25 18:49:15 0
崎谷満・MFハマーの想定シナリオでは、Y-O2b系が長江文明人・弥生人。
BP4000~BP3000に北のY-O3系に侵略・滅亡させられたのが長江文明人。
Y-O2b系は海路東に陸路南に逃亡して現在の華南ではほとんど見られなくなった。
現在弥生時代はBP3000前後~にまで広げられていて、長江文明滅亡にぴったりと当てはまる。
そして華南に今でも残るY-O2a系は武闘派長江文明人で後の呉越楚を興したとしている。
北から迫る残虐なY-O3系、逃げるY-O2b系に北に逃げる陸路があるはずもない。
まして山東半島は軍事的にも経済的にも要衝であり、よそ者の入り込む余地などない。
ちなみに長江文明系の国が山東半島を手中にするのは、楚の戦国末期の一時期だけに過ぎない。
長江文明人が水稲を携えて山東半島から遼東半島へ、それから朝鮮へ逃れることができたのはこの時期以外にはありえない。
だが現在の朝鮮には、楚のY-O2a系はほとんど残っていない。
日本に逃れたY-O2a系も海路直接渡ったと見るのが妥当だ。
北方ルート・山東半島ルートなど朝鮮人の妄想以外ありえない。
369:世界@名無史さん
10/09/25 18:50:49 0
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| つよい電波がでています |
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370:世界@名無史さん
10/09/25 23:58:02 0
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| 電波が強すぎます。. |
|__________|
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//ビビビビビィィィ!!!
どかーん! _
从";从 /||__|∧,
(( ; ;"、; :(O´Д`) kamomeがブットビ
((;";从.")と )) ))つ
`;Y ;"、 Y ノ ノ ノ
(_ノ、_ノ
371:世界@名無史さん
10/09/26 00:52:46 0
>>326,>>340
>『農耕の起源を探る-イネの来た道』(宮本一夫:吉川弘文館)
>>330じゃないが読んでみた。
で、全然ダメじゃん。どうやら著者は中国考古学が専門らしいが、まず北方ルート説ありきで
自分の都合の良いように論を組み立てているだけに見える。
「現象的には山東煙台地区から黄海を越えて最も近接する朝鮮半島中南部へ海路伝播したというふうにしか
解釈できないものであるが、この間の交流には稲以外の物質文化の交流を示すものがない。」102p
(だが遼東半島から鴨緑江下流までは同一土器圏なので)
「こうした文化伝播は物質文化を伴うことなく朝鮮半島中南部へイネ作技術あるいはイネそのものが
伝播することにより、より気候が湿潤温暖化している朝鮮半島中南部以南の栽培適地において栽培が
始まったのではないかと想像される。」103p
つまるところ北部九州と朝鮮南部の稲作におけるような物証、著者の言うところの”物質文化”的類似は全くないのにも
関わらず、著者の想像だけで山東半島から遼東半島経由で朝鮮中南部に広まったと主張しているに過ぎないな。
やはり近年の遺伝子解析からの伝播ルートの説明の方がよほど説得力があるだろ。
372:世界@名無史さん
10/09/26 01:08:10 0
遺伝子解析だけに頼るなよw
373:世界@名無史さん
10/09/26 01:09:54 0
´: /二二二二二`丶
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/: : : : :/: :/: :/: : : : ハ: : :ヽ: :\: \
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`ー一'| : { ( ̄ ¨ ¨ ': :レ'┘
|: :{\ノ ' {: :| くやしいのうくやしいのう
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|: : : :Y⌒゙ト 、 `ー -'´ イ: : :|
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/ ヽ ::::::| : : | ヽ. /  ̄|: : :|:::}`\
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374:世界@名無史さん
10/09/26 01:14:03 0
佐藤洋一郎が1992年に言い出したことを
18年一日のごとき金科玉条のようにこぴぺ
もう18年間時計が止まっておるのかw
375:世界@名無史さん
10/09/26 01:15:30 0
. … .
:____:
:/_ノ ー、\:
:/( ●) (●)。\:
:/:::::: r(__人__) 、::::\:
:| { l/⌒ヽ |:
:\ / / /:
必死過ぎだお
376:世界@名無史さん
10/09/26 01:17:31 0
例の青木さんってこのスレにいるの?
377:世界@名無史さん
10/09/26 03:18:00 O
まだ発見がなされていないので、どうともいえんが…
その書き方だと山東半島から伝わった稲作と北方ルートを通ってきた農具とか農法が朝鮮南部でドッキングしたみたいじゃないか。
直接渡来ルートとあるようだが中国南部と日本では農具や農法は一致するのか?
378:世界@名無史さん
10/09/26 07:02:13 0
中国南部という言い方だとボケてしまうので
① 浙江・福建・広東・広西南部
② 湖南東部・広西北部・雲南西南部
③ 雲南中央部・貴州・四川
ブロック化して考えないといつまで経っても話がまとまらない。
379:世界@名無史さん
10/09/26 13:05:32 0
何かもう稲問題だけ別のスレ行ってやってよ
380:世界@名無史さん
10/09/26 15:01:21 0
>>371
証拠なしで想像(妄想?)で説を立てるところなんか、あの国の住人とそっくりだな。
もしかして在(ry
381:世界@名無史さん
10/09/26 16:24:01 0
ペンネームが漢字で書くと左右対照らすぃ
382:371
10/09/26 17:32:53 0
>>380
在日かどうかはともかく、他の章では勾玉は朝鮮半島起源で、縄文人はそれにあこがれて
模倣したということを書いているので、かなり特異な歴史観の持ち主ではあるらしい。
「九州縄文人にとっては進んだ先進社会として半島南部はあこがれや尊敬の対象になっていた。
そうした地域と 何らかの関係を持っていることを社会集団内に見せることが、またその社会内での
立場や地位を高めることにつながる。それが勾玉や管玉の始まりであったのである。」232p
383:世界@名無史さん
10/09/26 17:35:20 0
いや>>371がまともな人間で、
>>380が糞チョンだろwww
384:世界@名無史さん
10/09/26 18:17:15 0
日本語が通じないフィールドを身に纏い、嫌韓厨がやってきた!
385:世界@名無史さん
10/09/26 18:18:24 O
長江下流域→山東半島と
朝鮮南部→北九州
の間が農具農法の面で繋がらないんだな。
しかし、農具農法は北方ルートでは繋がっていると。(遼東→朝鮮南部→北九州)
どういう経緯が考えつくか?
386:世界@名無史さん
10/09/26 18:23:15 0
>>385
>しかし、農具農法は北方ルートでは繋がっていると。(遼東→朝鮮南部→北九州)
水稲は遼東と朝鮮南部とは繋がってねーよ。朝鮮南部までの北方ルートはヒエ・アワの
雑穀栽培だけだな。
387:世界@名無史さん
10/09/26 18:24:42 0
まだやるんですか? >>385
嫌韓厨を呼び込むだけですぜ
388:世界@名無史さん
10/09/26 19:12:48 0
>>382
>特異な歴史観
…
どう見ても在日です。
本当にありがとうございました。
389:世界@名無史さん
10/09/27 13:25:03 0
1万6千年前の水田跡という確固たる証拠があるにもかかわらず
なぜ日本から大韓半島に米が伝わったと主張できるのやろか
390:世界@名無史さん
10/09/27 13:29:12 0
( ´,_ゝ`)プッ
391:世界@名無史さん
10/09/27 14:04:37 0
大氷河期の真っ最中の水田跡って
どこまで朝鮮人って能無しなの?
392:世界@名無史さん
10/09/27 16:54:44 0
>>389 160年前に訂正
393:世界@名無史さん
10/09/27 20:19:08 0
「160年前」と訂正
394:世界@名無史さん
10/09/28 21:05:58 0
百年前日本が朝鮮を保護して見たとき、
半島ではほとんど水稲耕作が消滅していた。
その60年前には水田があったというのか?
大発見だな!
395:世界@名無史さん
10/09/29 07:43:58 0
昔、半島で水稲耕作やってたとしても別民族だろうな。
396:世界@名無史さん
10/09/29 08:04:40 0
松菊里から文字なんか出ないからいまだに謎
ガイコツ出てこないのかな~
397:世界@名無史さん
10/09/30 02:07:40 0
その松菊里の何百年か後の時代には
百済地域にも前方後円墳が作られるし
人骨も出てくる
398:世界@名無史さん
10/10/02 11:01:35 O
朝鮮仏教って色んな宗派混ぜてたんだろ。
割と経済活動にも寛容かもな。朱子学よりは遥かに。
399:世界@名無史さん
10/10/03 16:46:14 O
わかった!高麗の王建が南に移動せず、
北に行って渤海の遺民を率いて渤海を再興すれば良かったんだ。
国名はもちろん「高麗」で。
朝鮮は後百済が統一すればいいよ。
400:世界@名無史さん
10/10/03 17:05:12 0
李朝創世記のころの仏教は
密教のモンゴル流に消化されたものが入ってきていたんだよ。
モンゴル人が青海省の同仁に曼荼羅画工房を建てていた。
同仁の曼荼羅が高麗にも納められて
ラサに納められたものと同じ様式であったといわれる。
密教の経典には、中期密教の高野山真言宗にある「理趣経」があった。
後期密教では「時輪タントラ」が捨てられているようだが、「秘密集会タントラ」のほうは
高麗に伝わっていたらしい。
高麗にはモンゴルを伝ってきた西方文化が結構あったので
李朝は脱モンゴル政策として仏教を街中から追い払ったのでしょう。
401:世界@名無史さん
10/10/03 17:46:37 0
日本にも南北朝期に立川流が入ってきていた
402:世界@名無史さん
10/10/03 22:06:12 O
>>399
契丹のせいで扶余高句麗系の国家が消えたのはすごい惜しいわ。
渤海の南半分の扶余系部分だけでも独立してればなあ。
403:世界@名無史さん
10/10/03 22:51:49 O
モンゴルの影響が大きすぎたため、それを排除するとなると、
社会全般が被害を受けるな。朝鮮に限らないが最終的に文化や経済に及ぼしたモンゴルの負の影響は
どれほどのものか計り知れないな。
404:世界@名無史さん
10/10/03 22:59:03 O
中公新書の「両班」読んだ。
在地両班は農業開発に積極的だったよう。各地域の気候に応じた農書を書いたりしてる。
南部の一部以外では水田では直播きを推奨してる。
反面、経済活動は消極的でここが日本との差を生んだ原因か。
405:世界@名無史さん
10/10/03 23:35:19 0
扶余系じゃない、穢(わい)系だ。
406:世界@名無史さん
10/10/04 00:06:11 O
>>399のプランは採用したい。
407:世界@名無史さん
10/10/04 00:33:52 0
扶余系と穢系は基本違うだろ
扶余系は高句麗・百済(支配層)・渤海
穢系は新羅
日本に渡って来たのは扶余系
だから、渤海が消えてしまったのは、朝鮮語と日本語の関係を考える上で障害となっている
408:世界@名無史さん
10/10/04 01:00:12 0
『漢書』『後漢書』より
BC126年漢の武帝が穢族に「穢王之印」を授け独立を認めた。
BC107年玄菟郡(楽浪郡の北)設置、穢族は北に逃走、鹿山の地で「扶余国」が興り「東穢」は江原道に移動。
BC75年玄菟郡、西に縮小移転、咸鏡道(日本海沿岸)放棄、「沃沮」独立。
BC59年玄菟郡、さらに西に縮小移転、中朝国境山岳地帯放棄、「高狗麗」独立。穢族四派分裂終了。
「東穢」、「沃沮」は首長乱立で勢力低下、後に消滅。
「高狗麗」は中国と対立、「扶余」は逆に中国と同盟して「高狗麗」と敵対した。
穢四族
URLリンク(upload.wikimedia.org)
409:世界@名無史さん
10/10/04 17:49:17 O
>>403
朝鮮は停滞しただけじゃん。
モンゴルに根こそぎ文明崩壊させられたところもある。
410:世界@名無史さん
10/10/04 19:24:48 0
南朝鮮の歴史教科書では、元朝廷でウリナラ文化が大流行と
教えているけどな。(・∀・)
411:世界@名無史さん
10/10/04 20:10:03 O
奇氏の関係かな?
412:世界@名無史さん
10/10/05 03:34:47 0
てか奇氏が皇后になったとたんに元朝が傾いたんだよな
「朝鮮と組むとダメになる」法則発動例
ところでサッカーW杯韓国代表に奇誠庸ていたが
奇皇后の一族の子孫かしらん
413:世界@名無史さん
10/10/05 08:16:54 O
元は奇氏よりも前から身内争いで衰退してるが…
白村江とかはどうなん?滅亡後の百済のせいか
414:世界@名無史さん
10/10/06 20:04:49 0
中国がモンゴルに支配されたことで
朝鮮に今も残る悪しき思想、小中華思想が盛んになり
後の劣化改悪朱子学全盛の魁ともなった。
415:世界@名無史さん
10/10/06 20:11:17 0
朱子学なんか、もとから
仁愛の精神の順位下げをやった劣化した学問だろ
416:世界@名無史さん
10/10/06 23:06:17 0
>>410
まあ双方向に影響はあったけど
後金に身の程知らずに逆らってコテンパンにやられたのと違って
元からは何とか皇族女子を降嫁させてもらってたわけだから
元(モンゴル)の高麗文化て高麗餅くらしか思い出せないが
高麗の方はスラ(水刺=王の食事)とかチョンゴル(鍋)みたいな食事系から
女性の帽子(チョクトゥリ)や懐剣(粧刀=サンド。元は肉切りナイフ)、
パスパ文字→ハングルの原案の一つ、と色々きてる
417:世界@名無史さん
10/10/07 09:00:43 0
【噴水台】ノーベル賞の季節
URLリンク(japanese.joins.com)
:
何かと騒がしかった金大中元大統領の平和賞受賞があるが、基礎科学・経済学分野で韓国は依然としてノーベル賞の不毛地として残っている。
418:世界@名無史さん
10/10/13 19:38:15 0
氷河期に天皇家と日本人が日本列島に辿り着いた経緯
Origin of Imperial House of Japan
URLリンク(www.cjapan.net)
天皇家の先祖は縄文・アイヌだった
Imperial family descended from Jomon/Ainu of Japan
URLリンク(www.cjapan.net)
419:世界@名無史さん
10/10/16 09:53:28 O
【食文化】<丶`∀´>「日本のお菓子は韓国の菓子のパクりニダ!」→日本のパクりです→<丶`Д´>「………」★5
スレリンク(newsplus板)
420:世界@名無史さん
10/10/16 09:58:06 0
安重根と世界のナベアツは似ている
URLリンク(sokkuri.net)
421:世界@名無史さん
10/10/16 10:15:45 O
またクソコピペ投棄所になるのか
422:世界@名無史さん
10/10/16 11:59:43 0
>>419
飛鳥・奈良時代から始まり、幕末には細かく分ければ数万種類あったと言われる日本のお菓子と、
李朝末期まで行商によって売られている駄菓子しかなかった朝鮮と比べるのはかわいそすぎるw
423:世界@名無史さん
10/10/16 12:14:34 O
室町の菓子とかどんなのがあるだろ
424:世界@名無史さん
10/10/16 12:17:18 0
今便宜上韓菓と呼ばれるものはあるけど
カンジョンとか油蜜菓とか
425:世界@名無史さん
10/10/18 03:06:44 O
韓国には日本のパクリ菓子がいっぱいあるらしいね。韓国人はそのこと知らないで日本の悪口を一生懸命言ってるの。惨めだね。
426:世界@名無史さん
10/10/21 00:17:29 0
>>424
あっちはハチミツ良く使うね
ハチミツにつけて、とかハチミツで練って、とか
427:世界@名無史さん
10/10/21 12:37:31 0
熊の子孫だもの(・∀・)
428:世界@名無史さん
10/10/21 22:10:26 0
なるほど。納得します太
429:世界@名無史さん
10/10/24 09:33:22 0
「任那日本府」改め「安羅倭臣館」とは如何なものか? 韓国側の歴史歪曲を糺す!! (2010.4.16)
URLリンク(www004.upp.so-net.ne.jp)
430:世界@名無史さん
10/10/26 07:24:34 0
ユーラシア大陸にあるニキビ
431:世界@名無史さん
10/10/30 18:45:04 O
ニキビケア使っても消えない
432:世界@名無史さん
10/10/31 16:19:05 0
自称中原文化の恵み深き乳房、だっけ?w
勿論その乳を吸ったのが倭、という文脈で
433:世界@名無史さん
10/11/02 00:05:01 0
新羅の4代王「昔脱解」について三国史記は
「脱解本多婆那國所生也。 其國在倭國東北一千里。」
と記すが、韓国ではこの多婆那國は済州島だということになっているw
済州島の古名が耽羅(タムラ・タムナ)だというのが根拠w
方角逆じゃん
434:世界@名無史さん
10/11/02 01:33:04 O
多婆那國が済州島なら百済の南って書くだろ~
済州島の位置を説明するのに半島ではなく半島より遠くに位置する倭を引き合いに出す必要がドコにあるんだろうね(笑)
435:世界@名無史さん
10/11/02 09:31:57 0
韓国ドラマの李朝期の朝廷の考証って、どこまで正確なの?
専制君主がどうやって政務を執るか、イメージが出来なくて雰囲気を掴む為に見てるんだけど
専制君主としてこれはありえないor李朝のみにありえる事象を教えていただけませんか。
436:世界@名無史さん
10/11/02 09:48:01 0
粛宗あたりが、「光海君が云々」と言って
常に幽閉されてしまうことを意識していることだよ
437:世界@名無史さん
10/11/02 09:54:14 0
>>436
それは、李朝の封建性の強さですか?
それとも、君主の力はもう少し強いので、簡単に幽閉とか無いからw
どちらですか?
438:世界@名無史さん
10/11/02 09:58:33 0
光海君以降の王は全部傀儡だといっていい。
燕山君という前例があって光海君で二度目。
国王は二度あることは三度あるとgkbrしながら、高級官僚の顔色伺いながら印璽を押していた。
439:世界@名無史さん
10/11/02 10:02:40 0
ありがとうございます。
そうか、他所はあんなに空気を読んで仕事しないんですね。
440:世界@名無史さん
10/11/02 10:08:16 0
王の印璽は玉璽と呼ばれていて、歴代の王は肌身離さず持っていたそうだ。
それを奪われて他の李一族の誰かの手に渡ったら、江華島へ幽閉ケテーイ。
441:世界@名無史さん
10/11/02 16:03:25 0
>>437 李朝は封建制などやってませんが
442:世界@名無史さん
10/11/02 19:42:04 0
わかって書いてるんだと思うが、
「封建性」って否定的なニュアンスで書くときの「封建」は、
社会の保守性とか前近代性とか後進性を批判的に表現する言葉であって、
封土の授受をともなう主従関係である「封建制度」の意味ではない。
日本でも、封建制度が廃止された明治~戦前の社会(どうかすると戦後も)に対し、
その後進性や前近代性を批判する場合、本来の封建制とか関係なく使うだろ。
慣用句みたいなもんだ。
443:世界@名無史さん
10/11/03 11:14:57 O
両班は封建領主にはならないの?
444:世界@名無史さん
10/11/03 11:20:10 0
封建というより律令制みたいなものだ
両班はものすごく小規模な庄屋でしかない
445:世界@名無史さん
10/11/03 12:38:58 0
封建領主というよりは中国近世の郷紳(士大夫、読書人)にあたる。
要は知識人を兼ねた平民地主層。官僚の供給源である。