11/07/22 09:58:47.13
●2人の関空トップの資質
ここまで危機的状況に追い込まれての関空会社社長と橋下知事の言動を見てみましょう。
通常のトップであれば、事態の打開に向け、身を粉にして働き、事態の打開に向けてあらゆる手段を講じるでしょう。
そしてその「手段」とは、自らが率いる組織の改善であるはずです。
しかし、この両者はどうか。
揃いも揃って「伊丹が悪い」です。関空をどうするというでもなく、「ライバル」を蹴落とせば自分たちに春が来る、という他人任せの態度です。
今回の再編についても、関空会社社長は「伊丹から削るのが筋だ」と、民間会社出身でありながら
採算が取れないスジから削るというビジネスの常識も弁えないような意見を公言しています。
しかも「関西のため」と言いながら、大阪さえよければという本音がありありと窺える訳で、
この期に及んで「自分さえ良ければ」というのはいかがなものか。
関空がなぜ利用者から嫌われているのか。その原因を究明し、改善出来る部分は改善することが先決なのに、
伊丹規制に活路を見出すしかないトップの態度。これではよしんば伊丹や神戸を「廃港」したとしても、その需要は砂漠に水を撒くように消失しかねません。
特に行政のトップとしてサポートできるメニューを豊富に持つはずの府知事がこの発言というのは話になりません。
自らの改善を謳わないままに相手の規制を望むだけというのは、イケメンがいなくなれば自分がモテると勘違いしている
ブサイクな男といったところでしょうか。いや、容姿は変えようが無いですから、味の研鑽をしないで、
ただライバル店を貶めることしか考えてない不味いラーメン屋が、ライバル店がいなくなれば自分の店が繁盛すると考えるようなものでしょう。
そこにはライバル店がいなくなったら、不味い店に行くくらいなら牛丼屋に行くとか、
弁当を買うという回避行動を取ると言うことに思いが及んでいないのですが、2人のトップの言動はまさにそれに等しいものです。
減便の申し入れに橋下知事を訪ねたJALの社長は、伊丹廃港にまで言及しことに対し、
「お客様のニーズがどこにあるかということを踏まえて議論していただきたい」と語っています。
足元の議論は大阪のため、関空のためという議論であり、そこには「今回も」利用者の視点や立場は全く考慮されていません。
いかに「あるべき論」であっても、利用者にそれに従う義務はなく、別の交通機関や目的地を選んだり、旅行の中止も含めて、
その選択は利用者の専権事項なのです。
そう、そもそもの原因は利用者が伊丹を選んだことにあるのです。そしてそれは個々の利用者の専権事項である以上、
「誤った選択」というような批評は出来ません。
甚だしきは関空からなら本数も遜色なく直通便があるのに、乗り継いででも伊丹を選択するというニーズがどうして生まれたのか。
そしてそのニーズを関空にシフトさせることは本当に可能なのか。
よしんば強権的な結果を見たとしても、航空会社も利用者も従うのか。よく考えたいものです。