11/08/10 11:37:42.21 O
実在と表象の中間期位置付けをされる真実在としての「イマージュ」とか。
何でも哲学者かよ。
86:考える名無しさん
11/08/10 11:59:35.30 0
ベルクソンは工業水準です、食用水準ではありません
87:考える名無しさん
11/08/10 13:59:00.23 I
それにしてもドゥルーズのような単なる口八丁をこの国は哲学と言い張るのね。真理のかけらもないインチキなのに。サルトルの方が百倍マシだよ。
88:考える名無しさん
11/08/10 14:45:04.61 0
舶来品を崇めるのがこの国の哲学のあり方ですから
89:考える名無しさん
11/08/10 17:33:35.78 0
ベルクソンは、哲学者の分際で相対性理論に反論したってホントですか?
90:考える名無しさん
11/08/10 19:48:37.99 O
独仏ユダヤ人対決は物理学ではフランスには勝ち目はなかったつう
91:考える名無しさん
92:
あ、中間的位置付けね。オッカムのカミソリでそり落としたくなるけど。 「イマージュ」が現象世界の基盤だなんて言ってりゃ、イメージ先行な 世界にしかならんだろう。
93:考える名無しさん
11/08/10 21:48:25.61 O
機械論的宇宙観が駄目なら有機体的宇宙観にしましょうってくらい
安易な発想じゃないか?
94:考える名無しさん
11/08/10 22:22:58.69 O
ま、こんな下らない世界を支えてるのはこの程度の思想だな。
今更、驚くほどの話ではない。
95:考える名無しさん
11/08/10 22:54:20.85 O
随分前にフランス思想界におけるベルグソンの影響ってのは
未だに残ってるんではないかとか言ったけどな。
ベルグソンを足場にしたポストモダンがそのままアメリカに
持ち込まれた。
ドルイドがベルグソンを引っ張り出したのはワトソンとクリックが
ノーベル賞を受賞してから数年後か。そういう時代背景もあるだろ。
生命の究極の謎がタンパク質の何かだったって世の中が騒いでる頃。
96:考える名無しさん
11/08/27 23:00:08.21 0
ベルクソンは「イマージュ」が現象世界の基盤だ」などとはいっていない。唯物論と唯名論の論理を
厳密におしつめていくと或る点でどちらも矛盾が起こることを説明するためにとりあえず「イマージ
ュ」という言葉をつかった。そのやり方はきわめて数学的なものである。
97:糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y
11/10/02 10:09:59.53 0
これからが本題なのですが、ブログにまとめておきました。
「アンリ・ベルクソン」
URLリンク(hougakukyoushitu.cocolog-nifty.com)
98:あまな ◆I/bnTKgLlU
11/10/03 20:12:41.06 0
ベルクソンの言った言葉で思い出せるのは
エランヴィタール。持続。生命哲学。イマージュ。
他なんかあったっけ。
99:バッカス
11/11/11 21:15:11.27 0
『道徳と宗教の二源泉』のなかの「閉じた社会」と「閉じた道徳」、そして「開かれた道徳」。
いまの世界で「開かれた道徳」は現実的でないとしても、ユーロ発の世界恐慌が起きた後は、
世界全体を一単位として考える「開かれた道徳」は、大きなポテンシャルを持つのではないだろうか。
先進国を覆う資本主義経済の、競争と闘争によりもたらされる精神的窒息状況と強く重い閉塞感。
エゴイズム経済社会でのギリシア・イタリア国民の混乱と、明日はわが身の日本人の悲惨さ。
これらは冥界のベルグソンから見れば、社会の自己愛から来る「閉じた社会」と「閉じた道徳」の当然の帰結だろう。
100:考える名無しさん
11/11/13 17:48:14.60 0
age
101:あまな ◆I/bnTKgLlU
11/11/13 18:25:26.18 0
ベルクソンスレに書き込みが!
と思ったら保守揚げか。
102:考える名無しさん
11/11/13 18:37:18.43 0
義眼と混乱する眼前LAWぜす
103:考える名無しさん
11/11/14 19:49:19.06 0
サルトルは左翼であり、理論の論拠にしているのは所詮ヘーゲル的弁証法とダーウィン的な固定的進化論、存在目的論である。
ベルクソンは欧州白人の二大短所であるヘーゲル的弁証法とダーウィン的進化論の二つを華麗に超越している。
この10年、世界を停滞させていたのはヘーゲル的弁証法とダーウィン的進化論の亜流であり派生である新保守主義・新自由主義、
インチキ金融工学、インチキ投資格付けだった。
米英が自分を守るために発達させてきた新自由主義と金融工学は今や甲冑魚の甲羅のように世界の経済・流通を阻害している。
今こそ世界は米英が作り出した甲冑を脱ぎ捨てて脊椎動物のような思考の自由を獲得しないといけない。
104:考える名無しさん
11/12/04 17:21:12.67 I
上でいわれたことは当たり前だといわざるをえない。問題なのは、いかにして「甲冑を脱ぎ捨ててセキスイ動物のような思考の自由を獲得」するか、である。
その意味でベルクソンは「道徳と宗教の二つの源泉」において宗教に進路を見だしているようであるが、今の私には賛同できない。
105: