10/10/25 15:53:42 0
①>>455 民主党支持者『っと』どこにいるの?
②>>285 再度、『巣はらしい』解答ですね。
③>>559 異端扱いして基礎づけ主義を『猛信』するのか。
④>>600 結局、頭飛び抜けてるコテは『バレ』だけだね。
⑤>>791 『あまり前のように』習慣づけられている。
⑥>>822 実祭には日常という慣習により作動している。
⑦>>978 現代『のおいて』哲学が批判的であることに ←New!!
982:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 15:54:36 0
修正
①>>455 民主党支持者『っと』どこにいるの?
②>>285 再度、『巣はらしい』解答ですね。
③>>559 異端扱いして基礎づけ主義を『猛信』するのか。
④>>600 結局、頭飛び抜けてるコテは『バレ』だけだね。
⑤>>791 『あまり前のように』習慣づけられている。
⑥>>822 『実祭』には日常という慣習により作動している。
⑦>>978 現代『のおいて』哲学が批判的であることに ←New!!
983:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:01:14 0
とりあえず、まとめますか~
984:第三の波平 ◆JXLBbnYqTY
10/10/25 17:01:51 0
■なぜ日本人はこれほど外来文化にかぶれやすいのか
>>
ああ、それで思い出した。和むかどうかっちゅーと、またちょっと微妙な話だけど、欧米系から見
た日本の評価の話。俺の友人の飲み友達に、人類文化学の教授がおってな。彼の分析と、同
じ研究者として向こうの連中と話しあった結果、欧米が深層心理で日本をどう思っているかって
結果が「同化される恐怖」なんだと。
たとえば、日本になにか新しい文化が投入されるとする。普通の国の反応ってのは、大概それ
に対して拒否反応を起こして反発するか、事大主義のようにそれ一色に染まる二極分化らしい
んだけど。日本の場合、「自国の今ある文化と矛盾がないように、ゆっくり吸収して、同一化す
る」傾向が強いんだって
同じように日本の文化が海外に出た場合、はじめは拒否反応を起こされることが多いんだけ
ど、いつのまにか「COOL!」であると評価をひっくり返し、その後、ゆっくりとその国の文化の中
に溶け込んでいく傾向が強いんだと。
この「同化吸収」ってのが、「いつか自分たちが日本の文化に染まってしまうんじゃないか」って
いう恐怖になるらしい。基本が「征服と服従」である欧米や中国の文化とあまりに違うので、理
解しずらいってのもあるみたい。
で、彼らが一番恐れているのが、「それを日本人は意図しないで、ごくナチュラルにやっている」
こと、であり、しかも、「その現象そのものはなんら苦痛をもたらさず、むしろ心地よいため自然
に受け入れてしまう」こと、だからなんだそうだ。意図を持ってやっているものは、それを見抜い
てやめさせることが出来るけど、意図せずに、呼吸をするように自然にやっていることは、やめ
させることが出来ない。そもそも、いつの間にか自分たちがそれを望んで染まっていくので、ど
うしようもない、って
苦痛もなく、むしろ快感の中でスライムにゆっくり消化されていく状態、とかそれに近い妄想を抱
かせる恐怖らしい
URLリンク(11874.jugem.jp)
<<
985:第三の波平 ◆JXLBbnYqTY
10/10/25 17:02:40 0
外来文化は日本の閉塞した近親相姦的血を薄める
島国日本にはたえず閉じた閉塞感がある。だから外来からの文化に飛び付きやすい。そのとき
に文化的侵略への恐怖がなくのんきだ。こののんきさは日本が単に島国だけではなく、中国と
朝鮮という二重の防波堤に守られてきた歴史にことによる。中国より向こうの侵略は中国が防
ぐ、中国からの侵略は朝鮮が防ぐ二重の防波堤の向こうに日本はある。世界へむけた二重の
防波堤は、日本に安全と閉塞をうみ、のんきさと好奇心を生んだ。
そして日本の閉塞した近親相姦的血は外来文化によって薄められて健全性を保つ。日本人の
異常な外来文化への執着は日本人が生き残るための必然である。
外来文化は世代論として吸収される
また日本人の外来文化吸収にはパターンがある。外来文化は世代論として吸収される。新しい
世代が旧世代を否定する形でその時代の外来文化は吸収される。「大人たちは古いんだよ!」
というわけだ。また次の世代も新たに外来文化で前世代を否定する、というように非連続的に、
年輪のように積み重なって日本文化はできている。だからいざ日本の文化とはどのようなもの
か、といわれると答えられない。
986:第三の波平 ◆JXLBbnYqTY
10/10/25 17:03:23 0
日本の古層は日常生活の中で身体伝承される
しかし日本文化がどのようなものか、答えられない理由はもう一つある。世代ごとに外来文化
を吸収することで、日本人がそれほど違うかといえばそうでもない。新しい外来文化にかぶれ
るが、「古層」とでもいうべき文化の連続性は保持されている。
多様な文化がある大陸では異なる共同体へ伝えるために、言語として現前化することが必要
で、そのための技術が研究される。すなわち多文化人を言い負かすために理路整然と見せる
方法、哲学もそうして研究の一つだ。しかし閉じた島国日本は言わずもがなとしてコミュニケー
ションをおこない、改めて言語として現前化する習慣がない。日本人のハイコンテクストは言語
でなく習慣として、すなわち身体の同期による伝承を基本としてきた。このために、日本文化が
どのようなものか、と問われても言語化することが困難である。
またここにも日本人が外来文化を吸収しやすい理由がある。古層は日常生活の中で身体伝承
されるから、日本人の頭は空っぽだ。だから外来文化を受け入れ、流行りものに次々かぶれて
も問題ない。
外来文化が古層・慣習へ吸収されるときもはや原型をとどめていない
そして文化は古層として身体に刻まれているから、真に外来文化が日本文化として浸透するの
は世代を越えて慣習として根付いてからだ。そのときには元の原型をとどめておらず日本風に
なっている。古くは仏教もそうして神教と同化してきた。アイフォンはまだガラケー世代を馬鹿に
しているが、もう時間の問題だろう。気が付けば、ガラケーに浸食されて忘れられているよ。
987:第三の波平 ◆JXLBbnYqTY
10/10/25 17:04:25 0
>>
芥川龍之介はたくさんの短編小説を書いていますが、素材から見て、主に、明治の文明開化
期、十六世紀のキリシタン、平安時代の「今昔物語」などに依拠しています。それらの選択は恣
意的に見えます。しかし、よく見ると、芥川に、彼が生まれる以前の日本人が、外国の文化や
思想をどのように受け取ったかという問題を検証しようとする一貫した意思があったように思わ
れるのです。
それを明確に示すのが、「神神の微笑」という作品です。これはいわゆるキリシタンものの中で
最も重要な作品です。ここには特に筋のようなものはありません。主人公、イエズス会の宣教
師オルガンティノは、日本の風景を美しく思い、キリスト教の広がりにも満足しているのですが、
漠然と不安を覚える。「この国の山川に潜んでいる力と、多分は人間に見えない霊と」戦わなけ
ればならないと、彼は考える。彼はしばしば幻覚におそわれるのですが、そのなかに老人があ
らわれます。彼は日本の「霊の一人」であり、日本では、外から来たいかなる思想も、たとえば
儒教も仏教も、この国で造り変えられる、と語ります。《我我の力と云うのは、破壊する力では
ありません。造り変える力なのです。》P62
「日本精神分析」 柄谷行人 (ISBN:4061598228)
<<
988:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:07:31 0
今回、波平の打ち間違いというか、
素でそうだと思い込んで打ってる単語間違いは七個もあります。
通常の人間では考えられません。
①>>455 民主党支持者『っと』どこにいるの?
②>>285 再度、『巣はらしい』解答ですね。
③>>559 異端扱いして基礎づけ主義を『猛信』するのか。
④>>600 結局、頭飛び抜けてるコテは『バレ』だけだね。
⑤>>791 『あまり前のように』習慣づけられている。
⑥>>822 『実祭』には日常という慣習により作動している。
⑦>>978 現代『のおいて』哲学が批判的であることに
989:考える名無しさん
10/10/25 17:09:49 0
純一の良いところを見つけた。
色が青いというところ。青いから波平の緑が区別される。
990:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:09:52 0
まず、波平の言説の多くは自己言及です↓
① 波平はニートのみすぼらしい状況
(例えば、『ネットで書き込みをする』)を、
『文字(=エクリチュール)で話す(=パロール)
=だからパロリチュールなんや!』と、日常用語で言える事を
わざわざ哲学用語で修飾し、難しく言い換える事で知識人のフリをする
これ↑とこれ↓比べてみ?
完全な自己言及だろ?
> 406 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2010/10/06(水) 07:54:45 O
> 結局、日本人の哲学好きは西洋哲学に憧れた哲学研究をしてるだけ。
> 自らの生活に根ざしてない、どころか日常からの逃避手段になっている。
> ボクは(日本人としての)日常に根ざした哲学をしたいだけ
> それが本来の哲学でしょ
991:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:11:57 0
何故、波平が自己言及を連発するのか?と言うと、
結局、『主体が無いと思い込んでいるから』です。
主体がないと思い込んでいる主体(波平)がいるので、
自分が言いっ放しでも許される、と思い込んでいる。
だから、自分の言った事がまさか自分(波平)の主体に
当て嵌まるとは夢にも思わない。
992:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:14:48 0
ところで、この打ち間違いの多さは、
簡単に言えば、波平が一旦打った文章を
推敲しないという点が一番大きいのですが、
これは図らずも、『推敲=自己反省しない』=主体を省みない
という点で何故か一致します。
993:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:16:56 0
波平が主体が無い、と言うのは良い。
まあ、酒井泰斗も全く同じ事を言っていますが、
この事によって、自分の過ちや失敗を
自分で処理できない、という事態に入っていく。
例えば、赤ちゃんはオムツを必要としますが、
赤ちゃんは自分の排泄が自分のせいだとは思っていない。
これが言いっ放しの状態です。
994:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:20:46 0
だが、現実には赤ちゃんの排泄は
赤ちゃんが初期に認識している様に、
勝手に出てくるものではなく、赤ちゃんの
いわば責任の上で出てくる。
だから、赤ちゃんも成長すれば
自分がやった失態を自分で処理する様になる。
言わば、酒井泰斗や波平が主体が無い、
というのは、つまりは赤ちゃんで言えば、
排泄しっ放しでそれを他人に処理させよう、
と言ってるのと変わりません。
995:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:22:27 0
責任をとりたくない人間は、
波平や酒井泰斗の様に、分析哲学支持者になりやすい。
分析哲学を支持して、主体は無いと言ってしまえば、
例えば、万引きをしても主体は無いのだから、
責任はない、それは環境のせいである、等という言い訳がましい
性格になってしまう。
996:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:24:18 0
ところが、俺に言わせれば
泰斗や波平が言う様に、分析哲学という真理が
万引きを肯定する事実を引き出すのではなく、
元々責任逃れしかしてこなかった波平や泰斗の様な人間が、
主体が無い事にしてくれる分析哲学を支持しているに過ぎない訳だ。
997:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:25:51 0
俺のブログから日本ネタをパクっているにも拘らず、
波平は俺のルーマン批判や泰斗批判、分析批判をスルーしている。
これは波平が俺のブログからパクる際にも
ある種の分別が働いているという事だ。
998:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:28:19 0
その分別とは?
そう、責任をとりたくないという分別だ。
何らかの哲学的真理が主体が無いという事を
証明する訳ではなく、
主体が無いと思い込みたい人間、
それによって責任逃れをしたい人間、
転じれば、いつも責任を問われる様な
犯罪ばかりしている人間が、
主体が無いという分析哲学を支持しがちになる訳だ。
999:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:30:02 0
999
1000:純一 ◆QzuB1xeuck
10/10/25 17:37:22 0
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