ニーチェ24at PHILO
ニーチェ24 - 暇つぶし2ch957:Trauerode
11/02/01 16:48:31 0
>>928 : ◆Snn1vnkV5gさん
>ニーチェの悪用としてナチスが有名だけど、もしニーチェの著作読んでテロ(と言うか暴力)決行への刺激があったのならば、
>それは個人の超恣意的な解釈でしかないと思う。

>>931 :蝙蝠ちゃん出没中さん
>何故にニーチェがナチになるのかさっぱりわからない

ナチスとニーチェの間には、関係が、なくはないでしょうね。

たとえば、次のような断片があります。

「子を産むことが一つの犯罪となりかねない場合がある。強度の慢性疾患や精神薄弱症にかかっている者の場合である。・・・
社会は、生の受託者として、生自身に対して生のあらゆる失敗の責任を負うべきであり、またそれを贖うべきである、したがってそれを防止すべきである。
しかもその上、血統、地位、教育程度を顧慮することなく、最も冷酷な強制処置、自由の剥奪、事情によっては去勢をも用意しておくことが許されている。」
(『権力への意志』734番)

ナチスが障害者を多数抹殺したことが知られていますが、ナチスは上のようなニーチェの著述を、障害者抹殺を正当化するための一つの論拠としたそうです。


958:Trauerode
11/02/01 16:49:40 0
ナチスとニーチェを結びつけた人としては、ニーチェの妹エリザベートの存在が大きいでしょう。
『権力への意志』という本がニーチェの著作だと思っている人がいまだに多いようですが、
この本は、エリザベートがペーター・ガストの協力を得て、ニーチェの遺稿を勝手に取捨選択して編纂した本です。
とはいえ、彼らはたぶん「改竄」(書き換え)はしていないようなので、
ニーチェの思想の中には、もともとナチスの思想と共通するものがあったことも否定できないことだろうと思います。

おそらくエリザベートを中心とするナチスよりのニーチェ解釈への反発もあり、
戦後のニーチェ解釈の多くは、『ニーチェとナチスは無関係』という考え方に立って書かれており、
そのため、上に引用したようなニーチェの文章は、たいていは「無視」(見て見ぬふり)されていると思います。
ナチスよりのニーチェ解釈が非常に偏った見方であるとしても、こちらもかなり偏った見方であるのではないかと思います。

ニーチェの思想と大乗仏教の思想との類似性が多くの人によって指摘されています。
たしかに、とくに「運命愛」などの思想は、仏教的に解釈することができると思います。
しかし、ニーチェの思想の根本には、強者と弱者との差異の思想があり、それが上の引用文のような思想につながっているので、
そういうところにも、大乗仏教の思想との大きな違いがあるかな…と思います。


959: ◆Snn1vnkV5g
11/02/01 19:19:22 0
>>957>>958:Trauerodeさん
ニーチェのその文章の思想を実存に結び付けた結果がナチスの蛮行だったのかもしれません。でも自分は「悪用」でしか無いと思います。
その抜粋は犯罪の事前防止と犯罪者を裁く国家権力(法律とその行使)についての思想では無いでしょうか。
そもそもニーチェはルサンチマンになることを否定しているはず。故にナチスのユダヤの人々や障害者の方々の問答無用の虐殺は否定すると思います。
貴方は著作でも映画でも同タイトルの「夜と霧」はご覧になられたことはありますか?あれはフィクションではありません。

>ニーチェの思想の中には、もともとナチスの思想と共通するものがあったことも否定できないことだろうと思います。
もしその様に思った他の文章の箇所があれば、ここで引用してくださると有り難いです。

医学や医療は進歩していますが、それは心身が弱った者を助ける手段なので自然に逆らうことでもありますね。
過去日本では出産直後に赤子が何らかの障害を負っている場合、赤子の否応無く殺されていたケースもあったみたいですね。
今は医療もあって、病気の赤子や子供が死亡せず助かって生存することが多いです。
例えば身体的にも知的(精神的)にも障害者の方は居ますが、倫理的にも法的にも問題無い人の方が大勢居ます。
もし重度の問題があれば病院もあって、その中への入院や閉鎖病棟もありますね。
そしていわゆる「健康」の方でも、いつか心身が障害や病に冒される可能性は誰しもあると思います。
自然界や動物界では「暴力」や「攻撃性」と言う概念も無く否定もされないのは、人間界には理性を前提にした倫理や法律があるからです。
しかし正当防衛などは別にして、もし他者を殺したならば自分も殺される可能性があるということは当たり前だと自分は思います。
仏教の「因果」が必ずしも存在するとは思いませんが、その様な想像力や前提が存在しないと人間は倫理的にマズイ方向に行きます。
自分がされて嫌なことは他人にしてはいけないし、自分から先に他人に手を出してはいけないとか、他者と接する子供に教育する時もそんなことは前提だと思います。
あと、国家権力によって裁いた者が裁かれるケースも歴史上に存在しましたし、一つの物事でも時代や人々によって評価が変わります。

960: ◆Snn1vnkV5g
11/02/01 19:20:15 0
>>959の続き
医学や文明が人間の退化を招いてるとは断言出来ませんし、人間も単純に「強者と弱者」に分けられないと思います。
超人(強者の思想)を訴えたニーチェ自身ですら、精神的(思想的)に強い部分と弱い部分があったと思いますし、肉体的に実存の方面では弱者の部類になるかもしれません。
一元論から二元論、そして多元論や多様性や多面性を知って初めて哲学や思想も向上して行くのではないかと思います。

ただこの文章も私の解釈でしか無いですから、貴方の解釈はあくまで否定はしません。

961:考える名無しさん
11/02/01 21:06:17 0
ナチスの蛮行、と一言で切ってしまうのはどうでしょうか。
それは他人の言葉に従っているに過ぎません。そもそも、蛮行とは何でしょうか。
汝従うべし、という竜に対し、そのまま従うのなら…それはとても弱い行動です


962:考える名無しさん
11/02/02 01:32:44 0
夜中で疲弊しているせいかもしれんが何だか要旨が捉え難い文章が続いてるな

963:考える名無しさん
11/02/02 02:14:36 0
つまり、ニーチェの悪影響でナチスが生まれた。
もしくは、ナチスがニーチェを誤用した。

so what? w

964:Trauerode
11/02/02 17:11:51 0
>>959-960 : ◆Snn1vnkV5gさん
昨日僕が書いたことの主旨は【ナチスとニーチェの間には、関係が、なくはないでしょう】で、
それは主に、蝙蝠ちゃん出没中さんの【何故にニーチェがナチになるのかさっぱりわからない】に対するものでした。

◆Snn1vnkV5gさんが書いていた「暴力」「テロ」については、これも、ニーチェと無関係ではありませんね。
真っ先に思い浮かぶのは、「能動的ニヒリズム」です。
「ニヒリズムは破壊の暴力として相対的な力の極大に達する、すなわち、能動的ニヒリズムとして。」
この「能動的ニヒリズム」は、ニーチェ自身の立場ではないと思われますが、これをニーチェの立場であると誤解している人が多いことから分かるように、
ニーチェは「受動的ニヒリズム」よりも「能動的ニヒリズム」に対して好意的な書き方をしています。
そしてそれもやはり、ニーチェが「強さ」ということに大きな価値を置いていることの現れだと思います。

そこで、考えなければならないのは、ニーチェはなぜそれほど強者と弱者の差異を強調しようとしたのか、ということだと僕は思います。
(『権力への意志』の第四書『訓育と育成』の中に、「階序(位階秩序)」という章があり、そのあたりに昨日引用した文章に類似した文章が多くあると思います。
『権力への意志』に収められている遺稿を選んだのはエリザベートとペーター・ガストですが、その章立てはニーチェ自身のプランにもとづいているので、
ニーチェ自身が「階序(位階秩序)」ということを重視していたことは確かなことです。)


965:Trauerode
11/02/02 17:15:39 0
僕は、キリスト教思想へのアンチテーゼとしての意味合いが大きいのだろうと思っています。
キリスト教の「平等」の思想へのアンチテーゼです。
たとえばニーチェはこう書いています。
「とてつもなく有害であるのは、『神の前での人間の等価』という概念である。・・・この思い違いがきわめて甚だしくなったので、
まさしく生の偉大な巨匠たちが、最も侮辱的な呼称の烙印を押された。今なおチェーザレ・ボルジアのような人物は否認されねばならない
と信じられているが、これは全く笑うべきことである。教会はドイツ皇帝たちをその背徳を理由に破門してきた。・・・
天国には興味深い人間が一人もいないということに気づいているのだろうか?」(11[153])

キリスト教は「平等」の思想によって、強さと弱さの差異を隠蔽し、それによって弱者が没落することを防いできた、とニーチェは考えています。
だからおそらくニーチェに言わせれば、彼が強者と弱者の差異を強調しているというより、彼は、キリスト教によって隠蔽されてきた強者と弱者の差異を
明るみに出しているだけだ、ということになるでしょう。

そのように(キリスト教の「平等」思想へのアンチテーゼとして)解釈すると、
ニーチェが強さと弱さの差異、位階秩序などを重視する理由(そして昨日の引用文もある程度)は、僕にとっては理解しやすくなります。
ニーチェにとってキリスト教の存在は、それほど大きなものだったのだろうと思います。

さて、昨日書きましたが、あの引用文のような内容(および「位階秩序」)については、「無視」(見て見ぬふり)されている場合が多いように思います。
(その中ではドゥルーズがそれをかなりまともに扱っていたように思いますが・・・)
それはおそらく、「平等」の思想が現代においても一つの「錦の御旗」になっており、
それに対して真っ向から異を唱えることが、しにくいからではないでしょうか。


966:考える名無しさん
11/02/03 00:50:27 0
「平等」が善いと何の疑いも無く考える人に対し、その考えには根拠が無い、
というのがニーチェ思想でしょう。ニヒリズムからの諸価値の低落。

善いという考えの根拠、進歩という思想。それらの源泉は神に集約されます。
神の最小単位は他人でしょう。他人の中に無限の価値を見ることは、他人の中に神を見ています。
キリスト、賢者、先生…あるいは、優れた同輩。幼い子供にとっての大人。

何故人は他人の承認を得ようとするのか。それが弱さなのでしょう。
そうして、より優れた他人を見つけた後は―より多くの人に、その素晴らしさを認めさせようとします。
何故なら、他人の承認こそが価値を保証するからです。そしてやがては、従え、と言うようになるでしょう。

967:蝙蝠ちゃん出没中 ◆MINORKEYcM
11/02/03 03:42:40 O
>>957
>強度の慢性疾患や精神薄弱症にかかっている者

これをどう定義するかだと思うな
障害者の大半は当てはまらないだろうし
そもそもニーチェの「正常と異常」の定義は通念の価値判断と違うもんね

968:蝙蝠ちゃん出没中 ◆MINORKEYcM
11/02/03 03:51:28 O
>>957
>しかもその上、血統、地位、教育程度を顧慮することなく、

と言っている以上、むしろナチスの白人至上主義や人種差別とは真逆だと思うの~

969:考える名無しさん
11/02/03 04:55:32 0
>>968
真逆ではなく、むしろ、血統が良かったり白人であっても
なおも去勢するという、より強い意味での差別でしょうよ。

970:蝙蝠ちゃん出没中 ◆MINORKEYcM
11/02/03 08:27:56 O
う~ん…
『力への意志』を読んでからまた考えてみるよ
まだまだ先は遠いのだ

971:考える名無しさん
11/02/03 10:48:02 0
ニーチェのいってることも間違ってない
新興宗教じゃないむかしの宗教の教祖がいってることも間違ってない



972:考える名無しさん
11/02/03 10:55:24 0
矛盾でしか成立されない人間存在


973:考える名無しさん
11/02/03 10:58:28 0
結局、なにもわからないままで死んでいく人間


974: ◆Snn1vnkV5g
11/02/04 02:31:34 0
どうやらすべては「灰色」らしいぞ

975: ◆Snn1vnkV5g
11/02/04 02:34:04 0
>>964>>965:Trauerodeさん
レス非常に有難うございます。しかし今夜はもう眠くて眠くて…申し訳ございません…また後日に…

976:考える名無しさん
11/02/05 05:10:36 0
>>971
ニーチェ思想から行くと、真に正しいものはありませんからね。
真に間違っているものも無いというのは肯けます。

ナチスがニーチェの発言と矛盾している、というのは、ニーチェ思想と相反しているという事を指しません。
力強く、己の思うままに為したヒットラーは、その意味でニーチェ思想の体現者と言えます。
ナチスを批判するニーチェも、己の思うままに批判したという意味で、ニーチェ思想の体現と言えます。

ユダヤが悪である、とヒットラーは直感したのでしょう。
結果論から言えば、ユダヤが去った後ヨーロッパは平和になりました。
ユダヤが移住した中東は現在も紛争が絶えません。

977:考える名無しさん
11/02/05 05:14:21 0
もちろん、結果論だけから答えを出すのは誠意があるとは言えません。
しかしながら、ナチスの虐殺を批判する一方、
パレスチナの住民を暴力と殺人で追い出したユダヤの姿勢は、誠意があると言えるでしょうか。


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