10/10/03 19:11:51 0
財政が苦しいのに、ほかの国を助けるなんてとてもとても-。そんな声が聞こえてきそうだ。そう思えるのは、
援助を一方的な恩恵と考えているからではないか。発想を切り替えよう。軍事力の行使を自らに禁じている
日本にとり、ODAは発言力を確保するための大事な手段の一つである。いわば国際社会で生き抜くための
道具だ。民主化、軍縮など日本が世界で目指すものを実現するてこになる。地球の裏側の出来事が直接、日本に
響いてくる。途上国の暮らしがよくなり社会が安定すれば、日本経済の成長にもつながる。そして何より、
貧しい人々に手を差し伸べることは国際社会の一員としての義務である。
先の戦争の後、米国は日本に対しララ物資、ガリオア・エロア資金といった援助を注いだ。それは単に、
日本人を助けるためだったのではない。日本を西側陣営にとどめ置いて、米国の国益を実現するためでもあった。
ララ物資による脱脂粉乳の給食を覚えている人は今でも多い。相手国の人々が求めるものに的確にこたえる援助は、
たとえ額は少なくても効果が大きい。東南アジアの国々を訪ねると、日本の援助で整備された橋や道路、空港を
見かける。そうした施設は先々にわたり「日本」をPRし続けてくれるだろう。
日本は中国に対し、累計で3兆円を越えるODAを供与してきた。中国が日本に戦争の賠償を求めなかったことに
対する見返りの色彩も帯びた援助である。中国経済は日本の援助もてこに成長を遂げ、今では世界経済の支え役に
なっている。対中ODAは、その意味が中国の人々に十分浸透していないうらみはあるとしても、戦後日本外交の
成功物語の一つに数え上げていいだろう。情けは人のためならず。この言葉はODAにこそ当てはまる。
>>2以降に続く
ソース 信濃毎日新聞 記事抜粋
URLリンク(www.shinmai.co.jp)