【韓国】有田焼陶祖の碑文修正~「連行された事実が明記されていない」「日本に渡ったのは本人の意思ではない」[12/29]at NEWS4PLUS
【韓国】有田焼陶祖の碑文修正~「連行された事実が明記されていない」「日本に渡ったのは本人の意思ではない」[12/29] - 暇つぶし2ch1:イマジンφ ★
11/01/02 15:05:00
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「有田焼の陶祖」とされる李参平ゆかりの地、韓国忠清南道公州市に建てられた
記念碑の碑文の一部が修正されていることが28日、わかった。碑文を巡っては、
「連行された事実が明記されていない」などと修正を求める運動が韓国内で起きて
いたが、有田町と連名で碑を建設した韓国陶磁文化協会(金基衡(キム・ギ・ヒョン)
会長)と、修正を求める団体の代表との間で裁判所の調停による合意が成立、
それに基づいて書き換えられたという。(田中良和)

修正された碑文は韓国語で「李参平公は 朝鮮の陶工として 壬辰丁酉
(イム・ジン・チョン・ユ)の倭乱(文禄・慶長の役)に 日本に渡るようになり」となっている。

1990年10月の建立当時の碑文は「李参平公は 壬辰丁酉の乱に 日本に渡り」
となっていた。李参平について研究している公州市の国立公州大学の尹龍爀
(ユン・ヨン・ヒョク)教授によると、元の表現では本人の意思で渡ったことになるが、
修正後の表現では渡ったのは本人の意思ではないことになるという。
 
この碑文については、韓国の李参平陶工碑文訂正推進委員会(李豊鎔(イ・プン・ヨン)委員長)
などが94年ごろから、修正を求めていた。韓国陶磁文化協会の説明によると、李豊鎔氏らが
2006年3月ごろ、自分たちの主張を記述した「補助碑」を碑の前に建てたため、協会は撤去を
求めて提訴。08年に大田高裁で調停が成立し、そこに、碑文の修正も盛りこまれたという。
同高裁の08年6月19日付の決定によると、(1)李豊鎔氏は補助碑を撤去(2)
協会は記念碑を公州市に寄付(3)同市は、市の費用で碑文の内容を修正した後、設置、管理する
―となっている。碑文の内容はこの合意に基づいて修正されたものと見られる。協会は、
調停については有田町側の承認を得たとしている。これに対して、有田町の李参平公顕彰委員会
(会長・山口隆敏有田商工会議所会頭)の当時の担当者は「碑を巡る問題については金会長に
全権を委任していたが、修正された碑文の内容は確認していなかった。顕彰委員会で検討し、
もし問題があれば、対応する」と話している。

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ソース:朝日新聞


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