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▽末代までの恥
釈放を迫られた法務省幹部は官邸に泣きついた。「釈放理由に『外交関係に配慮した』という趣旨を
入れさせてほしい。それがなければ検察として末代までの恥だ」。検察は起訴に絶対の自信を持っていた。
官邸側はこれを容認。那覇地検は9月24日の記者会見で「日中関係を考慮すると、身柄を拘束して
捜査を続けることは相当ではない」と、異例の「政治的配慮」に言及した。検察当局のせめてもの抵抗だった。
しかし日本側の期待に反し、船長釈放後も中国側に軟化の兆しは見えない。
釈放直前、日本の建設会社員4人が中国で拘束されていることが発覚。
中国から日本へのレアアース(希土類)輸出停滞も判明した。
焦りの色を深める仙谷ら。事態打開を折衝できる対中人脈は存在しなかった。
9月下旬、政府は仙谷名で「漁船衝突事件の処理でお願いしたいことがある」と、
要人との接触を求める趣旨のファクスを中国側の複数の人物に送付。
苦し紛れの呼び掛けが、逆に中国側に足元を見られる結果になったのは否めない。
▽非礼だ
「民主党政権には対中ルートがないから、こんな手を使うのか」。
要人との会談を調整する際、長期間にわたって築いた人間関係がものをいう中国。
いかに人脈不足とはいえ、ファクス1枚で会談を申し込む日本側に中国側は「非礼だ」と憤慨。
菅外交の底の浅さをさらけ出してしまった。
9月29日、仙谷の「密使」として北京を訪問した民主党前幹事長代理細野豪志は、
中国国務委員戴秉国たいへいこくとの会談にこぎ着けた。仙谷の知人で中国通の経営コンサルタント
篠原令も同席していた。
細野「漁船衝突事件とは別問題と認識しているが、拘束された日本人4人の処遇はどうなるのか。
政治家として気にかかっている」
戴「お気持ちはよく分かる。1人はもう少し取り調べるが、3人は明日釈放します」
余裕の表情で語る戴。言葉どおり、3人は翌日に釈放された。10月9日には残る1人も釈放。
関係改善に向けた中国側の「メッセージ」とも読み取れたが、優位に立っていたのは中国だった。
▽外相外し
日本外務省は一貫して蚊帳の外だった。外相前原誠司が「対中強硬派」として中国側から
忌避されていることを危ぶんだ仙谷の“差し金”。「外相は了解済みなのか」。細野の北京入りを知った
周辺が尋ねると、仙谷は「前原には何も言わなくていい」と言い放った。
11月13日、横浜市の国際会議場。菅はAPEC議長として中国国家主席胡錦濤こきんとうとの会談に臨んだ。
9月7日の衝突事件発生から、約2カ月間の混迷を経てたどり着いた「晴れ舞台」。
「心から歓迎する。わが国と中国は一衣帯水(の隣国)だ」。
菅は、手元のメモに目を落としながら自信なさげに言葉を連ねた。