【映画】多額の負債を抱えて失踪した伝説の映画監督・曽根中生、20数年ぶりに姿を現す。at MNEWSPLUS
【映画】多額の負債を抱えて失踪した伝説の映画監督・曽根中生、20数年ぶりに姿を現す。 - 暇つぶし2ch1:破産王φ ★
11/08/27 14:02:32.29 0
26日、大分県で開催中の第36回湯布院映画祭で、死亡説が飛び交っていた伝説の映画監督・曽根中生が20数年ぶりに
公の場に姿を現し、空白の期間を激白。『天使のはらわた 赤い教室』『新宿乱れ街 いくまで待って』など
1970年代、80年代の日本映画界で数々の傑作を生み出してきた伝説の映画監督。しかし、多額の負債を抱えた80年代後半に
プッツリと消息を絶ってしまって以来、映画業界でその行方を知るものはいなかった。

関係者の間でも「借金が返せずにヤクザに殺された」「ダンプ(タクシー説もあり)の運転手をやっていた」など、
まことしやかなうわさが次々と飛び交い、いわば都市伝説化。その辺を直撃してみると「東京にいたころ、借金でよく
ヤクザに呼び出されていた。その様子を見た人がうわさを流したのかもしれない」と返答。運転手説も「だいたい僕は
運転が下手くそですから」と一笑に付していた。

なぜ映画界と距離を置いたのか。「(自身が手掛けた制作会社)フィルムワーカーズを倒産させた後で、借金があった。
そんなときに競艇の映画(現時点で監督最後の映画『フライング 飛翔』)にお金を出してくれるところがあって、
それにすがった。そしたら本職の競艇選手に『あなた競艇を知らないでしょう』とこっぴどくやられた。実際、出来た映画も
ひどかったし、これ以上映画を撮ることは罪悪だと思うようになった。それと西村隆平というプロデューサーが若くして亡く
なったことも大きかった。片腕を亡くしたような気持ちになって。そんなこともあって、とにかく映画に捨てられたという
意識が強くなり、映画から離れなければならないと思った」と明かす。

その後は九州で、ヒラメの養殖所で働いたり、競艇場で出会った羽振りのいい怪しい男に小遣いをもらったりしたりと、
映画とは無縁の生活を続けた。その後、九州大学で出会った電子工学の先生のもとで磁気の勉強をしたという。その過程で
二つの特許を取得。一つは、火力・電気を使わずに鉄・ガラス以外の物質をことごとく灰にする「磁粉体製造装置」、
もう一つは油と水を混合して新しい燃料を新しい燃料を作る技術「エマルジョン燃料装置」。現在は大分県でその実験を続け、
その収入で暮らしているのだという。

>2に続く


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